第35話 兄の真意
寄り添って、小さな窓の外を眺めていた三人が振り向いた。
そこには、狭い部屋には似合わない大男が、あぐらをかいて座っている……。
「それで?」
と、切り出したのはサリーザだった。
「どうして助けてくれたの?」
「無償だと思うか?」
「いいえ? わたしたちに、望むものがあるんでしょうね……」
もちろん、そうだろうが……、
クランプがジンガーたちに頼むことだろうか。
彼が抱える問題なら、彼の方が上手くできるだろう……。
対立中の妹側ではなく、自分の勢力へ移動してくれ、とでも交渉するつもりだろうか。
あり得るが、尚更、なぜジンガーに? だ。
もっと有能な人材がいるはずだ。フィクシーも言わずもがな、翼王族とは言え、サリーザだって、秀でた特徴があるわけでもなく……代用できる人材でしかない。
なのに、クランプは危険を冒してまで、アーミィ陣営の居住エリアへ姿を見せた。……警告音を理由にすれば、近くまできていたことへのフォローはできるだろうが……。
ただでさえ大きな体だ、すぐにばれる存在感でありながら、アーミィ陣営の土竜族の目に映れば、集中砲火を受けても仕方なかった……にもかかわらず。
彼からすれば痛くも痒くもない攻撃だったとしても、黙って受けるべきではないだろう。
……堂々と、ではなく、こそこそと身を隠しながら訪れたことが気になった。
実際のところ、彼の目的は、なんだ……?
「あんたの妹に、毒でも盛れって? ……確かに彼女についているわたしたちなら、接近もできるし、料理に毒を盛るくらいできるかもしれないけど……」
と言ったが、片割れとは言え、便宜上は王である……女王……言うなれば、姫か。
土竜族の姫の食事に毒を盛ることが簡単でないことは、サリーザも分かっているだろう。
できる、できないは、今は気にしない。
させるつもりか? というのが本題である。
「そうじゃねえ……、逆だ」
「逆?」
首を傾げるサリーザの横で、クランプの真意に気づいた者が一人……。
ジンガーだ。
彼は横にいるフィクシーを見下ろし、
「……なんだ、一緒なんだ」と親近感を得た。
クランプに、恐怖を感じることは、もうないだろう。
「なによ、どういうことよ?」
「協力するよ、船長」
「悪いな……助かる」
「ちょっ、はぁ!? 男同士で分かり合ってんじゃないわよ! それとも土竜族にしか使えない音波でも出して交信でもしてるの!?
わたしに分からないように、こそこそと密談なんかして――」
「守りたいものが一緒なんだから、そりゃ分かるよ……おれはフィクシーで、船長は――」
クランプは腕を組み、目を瞑る……自分の口から言うつもりはないようだ。
それは見た目では分からない、土竜の王・クランプの、照れている姿である。
「――クランプ船長は、妹を守りたいんだよ」
だから。
矢面に立ってしまう王という座から引きずり下ろしたい。
兄・クランプが望むのは、妹を倒すことではなく、救うこと――。
妹の暴走を止めることだ。
たとえ、その手段が物騒なものになっても。
矢面に立ち、戦争の渦中で命を落とすよりは、マシである。
「妹を止める。だから手伝ってくれ。その代わり、ではないが……、きちんとお前らにもメリットがあるように交渉するつもりだ。翼王族の侵入は、黙っておいてやる」
「結局、脅してるじゃない……っっ!」
「脅してねえよ。別に、侵入を広めるつもりもねえし、捕らえろと命令するつもりもねえ。……が、お前を見つけた奴がお前をどうするかまでは、オレも口を挟めねえからな――。
落ちたあいつも、オレに隠れて私的利用しようとしていたじゃねえか。あいつ一人だけが望む特殊な性癖ってわけでもねえぞ。
……自分で対処できるならすりゃあいい。いつまで匿い続けられるか、見届けてやるよ」
クランプはサリーザを捕まえるつもりはないし、情報を流すつもりもないらしい……同時に、彼女が危機的状況に陥っても助けるつもりはない、と言っている。
……交渉次第では、飛空艇内での安全を確保してくれる、ということだ。
最初からそれを示している……、
クランプが望むことは『手伝い』であり、ジンガーたちがアーミィの首を取ることではない。
絶対服従まで望んでいるようではなさそうだが、便利な駒をいくつか手元に置いておきたいと思っているようだ。
絶対に裏切らないことを確信している相手……、サリーザは飛空艇内での安全を保証することで駒にできる……フィクシーはジンガーに従うだろうし……であれば、ジンガーさえ口説いてしまえば、クランプにとっては計画通りだろう。
「力になるよ、船長」
「……手応えがないまま協力を得るってのは、こっちが不安になるな……」
ある程度、てこずらないと安心できないタイプだろうか?
傷を作らないと勝った気になれない?
クランプの性格なのだろうが、ジンガーからすればそこまで合わせるつもりはなかった。正直なところ、クランプに手伝ってくれと言われれば、条件なんかなくても手伝うつもりだった。
王と部下という関係性でなくとも、強者と弱者でなくとも――兄(代わり)という同じ立場なら、気持ちが痛いほど分かるからだ。
いずれフィクシーも自立するだろう……、ジンガーの後ろではなく、前に立つこともあるかもしれない……それは嬉しいことだ。
妹分の成長を喜ぶべきことなのだろう……けど。
戦場となればまた話が違う。
弾丸が飛び交う戦場で先頭に立ち、みんなを守ると意気込むフィクシーをそのままいかせることができるか? ……無理だ。
ジンガーだって、止める。たとえフィクシーが反発したとしても、その反発ごとを押し潰して、自分の後ろに下がらせるだろう……、
クランプが今していることは、それだ。
状況は違うとしても。
土竜の王として戦場の先頭に立とうとしている妹を、いかせるわけにはいかない。
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