第33話 絶体絶命!?

 びくんっ!? と二人の少女が肩を跳ね上げさせた。


 焦りを生む大音量の警告音が響き渡り、部屋が真っ赤に染まった……。とりあえず、サリーザをベッドの下の隙間に隠し(無理やり押し込んだので「いたたっ、いたぁ!?」という悲鳴が聞こえたが、警告音でかき消されていた……、彼女に配慮している余裕もジンガーにはなかった)――すると、どんどんどん!! と扉が叩かれ、船員が顔を出した。


「ジンガーとフィクシーだな? 異常はないか?」


 順番に顔を出しているのだろう……元々、長居する気はないようで、二人の安否を確認したその男はすぐに扉を閉めて、隣の部屋を同じようにノックして安否確認をしていた。


 時間と共に、警告音と真っ赤な光も収まっていく……、一時的な異常だったのかもしれない。

 体感だが、飛空艇に問題があったわけではないらしいが――ではなぜ警告音が?


「もう大丈夫?」


「そうだな――いや、」


 顔を出したサリーザの頭を踏んづけ、ベッドの奥へ押しやったジンガー……後のサリーザが怖いが、今のは仕方なかった――扉が開く。


 順番に部屋に顔を出していたさっきの男が戻ってきたのだ。


「侵入者だ」


「え……」


「翼王族がいる」


「っ」


 顔に出ないように意識したジンガーとフィクシーだが、隠し過ぎていることに違和感を抱かれるかもしれない、と後になって気づくものだが――幸い、戸惑いがなかったジンガーとフィクシーは、彼には怪しいとは映らなかったらしい。


「……らしいけどな。警告ボタンを押した奴の早とちりってこともあるし、勝手な行動はするなよ。人間の首輪がついていない翼王族であれば、無傷で捕獲ってわけにもいかないしな。

 船の中で数百人が同時に動かれても困る。ひとまず指示があるまでは部屋で待機だ」


「……ちなみに、どうして翼王族がいるってことが……?」


「白い羽根が倉庫に落ちていたんだ。翼王族が倉庫にいた証拠だが、まあ、プレゼンツに元々挟まっていたものだとしたら、杞憂だろうけどな」


 意識して拾ったつもりだったが、サリーザの翼を押さえつけた時に落ちて、拾い忘れた一部がまだあったらしい……。それとも彼が言う通りに、運び込まれる前、プレゼンツに挟まった一枚だったのか……だとしたら運がない。


 今のところ、本気で捜索はされていないようだが、もしも全員が本格的にサリーザのことを探そうとすれば、ジンガーとフィクシーでは隠し切れない。


「翼王族を見つけたら報告を頼む。匿って、隠れて私的に使ったりするなよ……まあ、お前の場合はがいるから関係ないかもしれないが……」


 彼の視線はフィクシーへ向いている。


 ジンガーとフィクシーの関係性を誤解している様子だが、早く出ていってくれと願っているジンガーは、特に否定をしなかった。


 誤解されているなら、それはそれで都合が良い。

 フィクシーに悪い虫がつかないに越したことはない。


 男が去った後、ふう、という安堵の息が三人分、部屋に浸透する。


 もぞもぞ、とベッドの下から這い出てきたサリーザが、やはりと言うべきか……怒っているようには見えない満面の笑顔で、ジンガーの胸倉を両手で掴んでいた。


「足蹴にしたわね?」

「仕方なかったタイミングだろ!? ああしなかったら今頃、ばれてたはずだ!」


「それは……分かるけどお……っ」


 分かるけど納得できない、みたいな反応である。


 胸倉を掴む手が緩んだところで、ジンガーがサリーザの手を解く。


「とにかく、今はまだ違和感がある、って認識されているだけだ。サリーザの姿を誰にも見られなければ、徹底して探される心配もないはず……。

 ちょっとの間、窮屈な生活が続くかもしれないが、内でも外でも戦争が始まれば、大勢の注意がそっちに向くはずだし、その時になってから脱出をしよう」


「そうね……今、焦って無理に脱出しようとすればかえって危ないだろうし……」

「あれ?」


 横にいたフィクシーが声を漏らした。


 彼女の意識は扉に向けられており――、



「そうだ言い忘れていた、簡単に部屋のチェックを――」



 扉が開き、三度、顔を出した男が、増えている住人に違和感を抱いた瞬間だった――、


 サリーザが飛び出した。


 彼女が相手の男を気絶させようとしたところで、しかしサリーザの動きがいつもと違う。翼を畳んでいるせいか、体が重そうで、繰り出された拳にも体重がまったく乗っていない。

 殴られても痛くもなさそうだったが、男はサリーザの拳を手の平で受け止めた。


 ぐっと下に引き、バランスが崩れたところを足で払って転ばせる。その衝撃で作業服の内側でぱつん、と、包帯が切れたようで――


 溢れ出るように翼が左右に広がった。


 白い羽根が部屋中に舞い上がる。


「あ……っっ」


「隠れていたか。いや、匿っていた、か?」


 男がジンガーとフィクシーを睨みつける。

 すぐに視線は地面に倒れるサリーザに向けられた。


「翼王族を所有するとは羨ま……じゃない、匿っていたなら、これは問題だな」


「サリーザ!?」


「離しなさいよ……ッ、土の中の陰キャが、わたしの体に触れるなッ!!」

「陰キャ、か。昔の話だろ。今は俺たちが最も太陽に近い『陽キャ』だ」


 土竜族の大きな手の平が、サリーザの口を覆い隠す。

 それは助けの声を遮るためか、それとも悲鳴を押さえつけるためか……。


「報告をすればお前たち二人は罰せられることになる。ついてくる土竜族は家族として受け入れるが、裏切るなら人間や翼王族と同じく、敵として見るぞ……。

 支配下に置かれ、どんな境遇へ落とされようが文句は受け付けない……当たり前だろ?」


「それは……」


 裏切りました、だけど仲間でいさせてください、というのはさすがに虫が良過ぎる話だ。ジンガーの頭の中では既に、自分が助かることではなく、フィクシーをどう許してもらえるか、へ焦点がずれている。

 もはや、サリーザをこの場から助けることは頭にない。


 それは単純に、ここまで追い詰められてしまえばどうしようもないということだが、二人いて、優先できるのが一人であれば『フィクシー』を選ぶ、というのがジンガーである。


 翼王族だから、サリーザを見捨てたわけじゃない。

 優先順位が低い方を後回しにしただけである。フィクシーの安全を確保した後、サリーザの救出に着手するつもりだが……、もしもフィクシーを人質に取られてしまえば、サリーザの救出は不可能になる……。

 言わずとも伝わるだろう。そもそも侵入してきたのはサリーザなのだから。


「クランプ船長は中途半端な覚悟じゃあ、許してはくれないぜ?」


「…………、おれ、は、どんな罰でも受ける、ので……、フィクシーだけは……」


「ふひほうふぁい」


 口を塞がれているサリーザがなにかを言っていたが、大きな手で遮られているために声は曇って聞こえてしまう……なにを伝えたかった?


 サリーザがじたばたと暴れているが、拘束は振り解けなかった。


「船長へ報告するのは俺だ……だから俺が黙っていればいい話だろ?」

「……? 報告をしない……? でも――」


「この翼王族を俺に寄こせ。そして口外するな。

 条件を飲めるならお前たちを裏切り者として報告することは控えよう……簡単だろ?」


 つまり、彼は私的な理由でサリーザを抱え込みたいのだろう。

 見ているだけでも癒される翼王族の容姿――、実際に『使う』となれば、制限された飛空艇内では、最上級の娯楽である。


 それを独り占めしたいのであれば、二人を見逃す条件としては充分過ぎる。


 ジンガー側はあと一つ二つ、要求をしたところで渋られることはないだろう。それだけ、サリーザの価値は高い。

 翼王族は性格も行動も厄介だが、口を塞ぎ両手両足を拘束してしまえばデメリットが消える。


 理想のおもちゃの完成だ。


「翼王族を手離すことで、お前は大事な恋人を失う危険を犯すこともない……、お前自身も助かるんだ、悪い話じゃないだろう?」


 ……ない。確かに美味しい話ではある……が、受ければつまり、サリーザが奪われるということだ。

 今後、手が出せない場所へ連れていかれることであり、土竜族の支配が終わった時に奪い返しても、その時になればサリーザは使い潰されている可能性が高い。


 奪われたらすぐにでも奪い返したいが、裏切り者の判断を相手が握っている以上、手を出せば土竜族を全員、敵に回すことになる……それは避けたいところだった。


 自分の身、可愛さではなく……フィクシーの安全を考えれば。


 ここは頷くしかなかった。


「……え」


 服が引かれ、視線を回せば、フィクシーがジンガーを見ていた。非難の目ではないけれど、サリーザを見捨てることを咎めているようにも思える……、ジンガーの思い込みである。


 だけど、そんな被害妄想をするくらいには、サリーザへ気持ちが寄っているのだ。


「いいの?」


「フィクシー……」


「本当に、これで、いいの?」


 よくない。分かってる。

 だけど……、これ以外の、この場を誤魔化す方法があるのか!?


「おい、返事は? 早くしろ、じゃないと――あふう!?!?」


 と、男が声を上げて横に倒れた。

 ごろごろ、と床の上でぷるぷると震えている彼は、両手で股間を押さえており……、



「鼻まで塞がないでよっ、死ぬかと思ったわ!!」

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