第32話 危険信号
「試行錯誤の途中ですね。全部隊を空まで飛ばせるのは現実的ではありません。なので、少数精鋭を送り込み、飛空艇の内部から、飛空艇の高度を下げさせる――、我々が高く上がるのではなく、土竜族を下げる戦法が良いのではないかと」
「人間らしい戦い方ね」
翼王族を支配した時も――土竜族を懐に収めた時も――、
人間たちは自身が強くなったわけではない。
相手が不調になったその時を狙って、ウィークポイントを狙い、勝ちを取りにいった……、それが悪いわけではないが、最初からこれまで、人間は一度も、強くなったことがない。
純粋な種族としての力で挑めば、人間は最も弱い種族になるだろう。
個々は弱くても、数で補ったのが人間だった。
数さえいれば……、対抗できる――しかし数だけ多くても、統率するリーダーがいなければ、人数の利も半減だ。
みなが好き勝手に動けば、大きな力を持つはずの一極の力が散ってしまう……そうなれば意味がない。
(兵士に限れば、隊長が命令すれば構わないですが……、翼王族の統率を取るのは難しいですね……。交渉で手を組んだとは言え、仲間になったわけではないのですから)
こんな時、ネム=ランドがいてくれれば……――ないものねだりである。
彼女は今もまだ、牢獄の中であり……出られるかも分からない大罪人扱いだ。
このままだと責任を取らされ、死刑になる可能性も……。
(お咎めなしは無理ですが、それをすれば翼王族との溝はもう、埋められないでしょうね)
現時点でも既に、埋められない溝はさらに深く、広くなっているのだが……。
すると、ジオの部屋に響き渡る一本の電話があった。
オリヴィアが「なにあれ」と聞けば、
「固定電話ですよ。携帯型しか見たことありませんか? 人間の『製品』ですよ」
と、オリバーが説明していた。
小さく、高機能にさせる……土竜族の『技術』である。
受話器を取ったのはもちろん、家主であるジオだ。
「はい……、アイニールか? どうした?」
『お兄さん……そっちに、サリーザが顔を出していたりしませんか?』
「サリーザ? いや、きてないが……」
アンジェリカにも聞いてみるが、見ていないと言う。……当たり前だ、もしも顔を見せていれば、誰かがアクションを起こしていただろう……。こんな状況だからこそ、翼王族の扱いはマシになっているとは言え、戦争前夜で緊迫しているのだ。
翼王族であると同時に、サリーザは子供だ……一人で出歩いていれば説教をするし、保護もする……しかし、誰もなにもしていないということは、サリーザはここにはきていない――。
アイニールがわざわざ電話をかけてきたのだ、近場を探した末に、遠いジオの家まで、もしかしたら『きているか』どうかを訊ねたのだ……まだ見つかっていないのだろう。
サリーザがいきそうなところは……ジオには予想がつかなかった。
『もしかして、なんだけど……ジオお兄さん』
「なんだ、心当たりでもあるのか?」
『ジンガーと、フィクシーと、仲が良かったんだよね……、あの子たちは雲の上にいるの……土竜族の飛空艇に乗ってる』
「……まさかサリーザのヤツ、飛空艇に向かったのか!?」
『翼、あの子の成長と一緒に、大きくなっていたから……不可能じゃないと思う……』
もしも、土竜族の中に翼王族が混ざっていれば……、歓迎はされないだろう。
地上ならまだしも、土竜族の巣の中である。
捕まるか、叩き出されるか……殺されるか。
飛空艇内にいるはずのジンガーとフィクシーに、強い発言権があるとも思えない。
「いなくなったのはいつだ?」
『……今日、ううん、でも分からない――、サリーザだけを見ていたわけじゃないからっ、いつどこでいなくなったのか、分からないよお!!』
「落ち着け、アイニール。今のお前は子供たちの保護者だ、お前が焦れば、子供に伝染する……だから落ち着いて、大人として振る舞え」
アイニールも大人になったばかりで、まだ子供とも言える年齢だ……、そんな彼女には荷が重いが、しかし、彼女にしかできないことだ。
代わりはいない。
子供たちをまとめるだけの手腕であれば、他にもできる人はいるかもしれないが……信頼は一朝一夕では得られないのだ……。やはりこれは、アイニールにしかできないことだ。
「お前ならできる。だからそっちは任せたぞ、アイニール」
『じ、ジオ、お兄さん、は……』
「サリーザのことは任せておけ。探しておく……、もしも飛空艇内にいるのなら、保護して連れ戻すさ――どうせいくつもりなんだ」
兵士として。
ジオは突撃部隊に選ばれている。
最も早く、戦場へ飛び込む役目だ。
「必ず連れ帰る。たとえ――」
俺の命と引き換えにしてでも、と言いそうになったが、言えばアイニールを不安にさせるだけだろうと思い、寸前で踏みとどまった。
それでも、恐らく受話器の向こうでは薄々勘付いてはいるだろうが……、背後から突き刺さる視線を考えれば、リアクションがないだけで、アイニールも同じ気持ちだろう。
ジオを好いてくれている女の子は、ジオの自殺願望をすぐに見抜いた。
「……二人で帰るから、安心しろ」
その言葉だけでも。
……口に出してしまえば、やらざるを得ないのだ。
地上も上空も、戦争への下準備を進めていた。
ただし、飛空艇内の目下の敵は、同じく土竜族の『兄妹』である。
内輪揉め……、まずは邪魔者を消さなければ、地上にいる人間を相手することはできない。
中途半端な状態で人間を相手にすれば、隙を見て隣から首を掻っ切られる可能性もあるのだから……。
「ん? 今なにか落ちたぞ……?」
プレゼンツが保管されている倉庫に、自身の『製品』のメンテナンスに訪れた一人の土竜族がいた。
居住エリアを分けていながら、しかし倉庫は共有なので、こういう場所で敵対勢力と交流できてしまうのだが……、あえて残した繋がりなのかもしれない。
兄か妹か……、意見の違いで仲間との繋がりを断つことを強いるのは違う、とでも思ったからこそ、余白を作ったのかもしれない……。
兄の発案か、妹の親切心なのかは定かではないが。
製品のメンテナンスは、たまにしかしない者もいれば、数時間に一回など、頻繁におこなう者もいる……そのへんは個人差によるし、製品にもよるとしか言えない……。
だからついさっきまでこの場に人がいたのだとしてもおかしなことではなかった。
もっと人の出入りが多くてもよさそうなものだが、倉庫にいるのは下っ端の男、一人だけである。彼は自身のプレゼンツを移動させようとしたところで――、足下に落ちたそれを見つけたのだ。
拾い上げる。
白い羽根だった。
――翼王族の、欠片。
「……紛れ込んでいたのか?」
プレゼンツに――白い羽根が……? しかし。
こうも考えられるのではないか?
この飛空艇に、紛れ込んでいる?
羽根どころではない――翼王族、そのものが。
「…………」
男は近くにあったガラスを割り、中の固いボタンを叩くようにして押した。
すると、部屋が真っ赤に染まり、飛空艇内に響き渡る警告音――。
侵入者を知らせる大音量が、全員の耳にも届く。
船長然り、船員然り……、ジンガーもフィクシーも……そして。
サリーザも、例外なく聞き届けた。
「侵入者め、逃げ切れると思うなよ……――人海戦術で追い詰めてやる」
ただし。
今の土竜族が団結できるかどうかは不明であるが。
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