第31話 作戦概要

 拗ねたアンジェリカが、ジオの頬に指をつんつんと突き刺してくる……、ベッドの上にいるジオとの距離は鼻の先だ。


 忘れているのかもしれないが、ジオは全裸で、アンジェリカは上半身が下着である。そして気づいていないのか、バランスを取るために手をついたアンジェリカの手の中には、ジオの大事な部分が収められており……、


「アンジェリカ、降りろ」

「やだよ。放っておくとオリヴィアちゃんとばかりお喋りしそうだし!」


「お前とお喋りするから降りろ。いや、降りなくてもいいから、手をどけろ。痛ぇんだよ」

「あ、ごめんなさいっ、怪我してた、と、こ…………」


 言葉が途切れ、アンジェリカも気づいたらしい。


 自分が『ナニ』を触っていたのか、ということに。


「な、なな、な――」

「ずっと丸見えだっただろ? 見慣れなかったのかよ……」


「柔らかい……ッ、なんでッッ!!」


「アンジェリカ、下着姿なのにね」


 目の前にいながら、しかも密着していながら柔らかいままだと、魅力がないと言われているようだった……。

 実際、ジオはそれどころではないだけで、本調子であれば多少の変化はしていただろうが……。未成年を前に、するべきではない下品な会話である。


「ジオくん、安心して、すぐにガチガチにしてあげる」


「やめろバカ。あと、本当に体の痛みでそれどころじゃないんだよ、いくらお前が誘惑しようがどうにもならねえって……――おい、まじまじと見るんじゃねえ!」


 毛布を掴んで体にかける。

 普通、こういうアクションを起こすのは女子の方ではないか?


 まさかこの年齢になって襲われるとは思わなかった。

 しかも年下の……未成年の少女に。


「隠すってことは……この中では変化してるのかも!」


「めくるな! 潜り込もうとしてんじゃねえ――」


 もぞもぞと、毛布が動き出す。

 中に入ったアンジェリカがなにをしているのか、外側からは確認することができなかった。


 上下する動きは――色々と想像してしまうが、たぶんなにも起きていないだろう。


 押しに強いアンジェリカだが、防御が堅いジオがあってこそだ。意外と、ゴール前まできてしまうと戸惑うタイプである。

 ……ご褒美を目の前にすれば、疑って手を出さずに引き返してしまうはず……というのが、オリヴィアの推察だった。


「二人とも、元気になったみたいで良かったのかしらね」


「落ち込まれるよりはマシと言ったところですか。

 あまりはしゃがれても困りますが……今は戦争の、前夜みたいなものです」


「……ねえ、本当に起きるの、戦争……。人間と土竜族の――」


 見上げたオリヴィアが見たオリバー=キッズの目からは、人の感情が得られなかった。


 彼の目に意思はない……、命令を遂行する意志ならあるが。


 兵士として再び目覚めた彼の言葉は、一切の感情を挟まない。


 見えている事実を並べたものである。


「戦争は起きますよ。

 なぜなら人間側から土竜族への攻撃が予定されていますから」




 土竜族が製作したプレゼンツ――それに限らず、世の中を便利にしていた道具が多く存在している……。

 オリヴィアの片足を吹き飛ばしたプレゼンツの暴発は極端な威力だが、日常生活に溶け込んでいる製品の暴発は、部位欠損まではいかない……。

 それでも充分、国の病室がすぐに埋まってしまうほどの怪我人を生み出したが。


 規模が大きくなれば、当然、暴発による威力も上がる。

 プレゼンツは小さく威力が大きいのだ……、プレゼンツでなくとも、道具としての規模が大きければ威力も上がる……代表的なのが乗り物だろう。


 自動車、列車、船――そして、飛空艇。

 土竜族が製作した飛空艇は軒並み、動かなくなっている……。仮に動いたところで、墜落する罠が仕掛けられた乗り物に命を預けることはできないだろう。

 まともに動き、安心安全が保証されているのは世界で一機だけだ……、土竜族が現在、根城にしている、国家としての意味を持つ飛空艇、ただ一つ――。


 つまり、


 人間に、土竜族が集まる飛空艇に辿り着くことは不可能である。



「乗り物であれば、土竜族の手が入っていると疑うべきです」


「人間が作った乗り物はないの? ……ないわよね、そりゃあ。銃や剣なら、人間にも作れるでしょうけど、『製品』となれば土竜族に頼り切りだったものね。

 ……ほんと、今更だけどよくも任せられたものだわ。病室の機材だって土竜族の手が入っているわけで」


 オリヴィアが片足を諦めたのも、それが理由である。繋げようとして別の部分にまで悪影響が出てしまったら……今のような車椅子生活さえもできなくなりそうだ。


 寝たきりで、常に栄養を供給し続けることで延命されるような状態は避けたい……、その延命のための装置も、土竜族が大元を作っているとなれば、全面的な信用はできないのだから。


「土竜族に攻撃を仕掛けるって言っても……どうやって? まさか二十年、三十年も遅れている人間の技術力で作った武器で対抗するつもり?

 拳銃を空に撃って、偶然、飛空艇のエンジンに穴をあけるような奇跡でも狙うって言うの? 気が遠くなる話ね――」


「そのやり方では、そうですね……。奇跡も偶然もなく、恐らくは不可能でしょうけど……、射程距離の外にいる目標に当てることはできませんよ、オリヴィアさん」


「分かってるわよ。だからこそ、攻撃って、なによ」


「乗り物であれば、土竜族の罠を警戒して、利用することはできません。ですが、乗り物でなければ――土竜族は『製品』を作れますが、それしか作れません。

 彼らは生命にまで罠を仕掛けることはできないのですから――」


 まあ、彼女たちにはめた『首輪』が『製品』であれば、罠として機能するだろうが……、土竜族にも手が出せない相手はいる。

 人間の支配下にあり、所有物である彼女たちになにかを仕掛けることはできないのだ。


 翼王族も、人間には従っているが、相手が土竜族となれば反抗するだろう。


 昨年までの支配者は人間であり、そんな人間の横に立っていただけの土竜族を、支配者とは認めていなかったのだから。


「翼王族と協力し、飛空艇への侵入を試みる予定です」


「翼王族と……? あ、飛んでいくってこと?

 でも、翼を持つ翼王族は少ないんじゃなかったっけ……?」


「愛玩用として買われた翼王族は翼を残したままのようです。コレクションとして翼王族を集めていた王族との交渉が成立しまして……まだ死体にしていなかった子たちに協力を要請……、王族から解放、その後の安全を保証することで、協力して頂く運びになりました」


「さらっと最低な言葉が出てきたわね……、翼王族とは言え、アタシとそう変わらない女の子を薬で殺して、綺麗な死体のまま保存するってことでしょ?

 ……自分やアンジェリカでなくとも、人間の女の子が同じことをされれば嫌悪感で元凶をぶっ殺したくなるけど、翼王族ってだけで『仕方ない』って思っちゃうのはやっぱり……、習慣かしらね……」


「生活に溶け込んだ『洗脳』ですね……翼王族だから、という枕さえ付けば、どんな非道なことでも受け入れてしまうことができる……。それが人間の最大の罪でしょう」


 洗脳。


 そういう意味では、土竜族の『製品』も同じく、安全が保証されていると思い込まされた『洗脳』なのだろう……。


「翼王族がよく協力を……でも、自由を条件にされたら、たとえ嫌いでも協力はするわよね」


 多少のがまんで今後の展望が明るくなるなら、やらない理由がない。


「背中にしがみついて、飛空艇まで運んでもらうの?」

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