第27話 ジンガーとサリーザ

 サリーザの脳みそが筋肉にでもなったかのような発言に、開いた口が塞がらなかったが……、冷静に考えてみよう。

 もしも本当に王様を……つまりクランプかアーミィをぶん殴りにきたのだとしたら、どうして人目につかないような倉庫で、しかもタルの中に隠れていた……?


 サリーザの性格を考えれば、ちまちまとした潜入行動は向いていないだろう。できなくもないだろうが、そんなことをしている暇があるなら正面から堂々と喧嘩を売るタイプである……、にもかかわらず。


 彼女はこうしてここで隠れていた。


 ジンガーが見つけたのはたまたまだろう……、まさかサリーザが狙って、ジンガーに開けさせたとは考えにくい。

 仮に狙い通りなのだとすれば、不確定要素が多過ぎる……。

 偶然に頼るほどに追い詰められていたとも言えた。


 恐らく、地上で練られた作戦ではないのだろう……――サリーザの独断専行。


 思いついて即行動したはいいが――いざ目の前にして、躊躇ったのかもしれない。


「おまえ、船長にびびってるだろ」


「っ、ち、違……っっ」


「違うならどうしてこんなところに隠れてるんだよ。王さまをぶん殴るんだろ? だったらほら、連れていってやるから――思う存分に喧嘩を売ってくれ」


 サリーザの手を掴むジンガー……さり気ない行動に彼も自覚がなかったが、しれっと手を繋いでいる。さっきまでの、顔が急接近したことに戸惑う彼ではなかった。


 ジンガーも男だ。

 嘘で強がりを見せ、内心では怯えている少女を前にすれば、気も大きくなるというものだ。


「道案内してやるよ」


「――……ぅよ」


「ん?」


「そうよ! びびったのよッ、さっきの朝礼に紛れ込んでみればッ、王さまは体が大きくて顔が怖くて、筋肉がすごくてッッ! ……あれを殴れるわけないじゃない……っ!!」


 相手が誰であろうと、なんてことない少女の拳だろうが、殴れることはできるだろう……と言い返すのは違うのだろう。


 ジンガーも分かっている。


 圧倒的な強者を前にすれば、たとえ翼王族でも強気では挑めない。……地上に落ちた翼王族だからこそか? 雲の上に君臨し続けていた『力』を持った過去の翼王族ではないのだ、人間にさえ組み伏せられる今の翼王族には、太刀打ちできない相手である。


 サリーザの中では、大きな椅子にふんぞり返る、ひ弱な王様、とでも思っていたのだろうか……、でなければ『ぶん殴る』なんて発想は出ないはずだ。


 ジンガーはわざと言っていないが、船長は二人いる。……決定こそしていないが、クランプとアーミィであり――妹の方であれば、サリーザでもなんとかできる相手だ。


 たぶん……、プレゼンツが使えなければ、サリーザでも勝ち目があるだろう。


 でも……、朝礼に紛れ込んでいたのであれば、今の土竜族の内情を理解しているはずだが……。もしかしてクランプの存在に気づいて、他のことなど頭に入っていなかった……?


 あり得るか。


 一か八かの大勝負を、挑む前に撤退したのだ、まともに頭が機能しているとは思えない。


 それに――、


「勢いできたはいいものの、怖気づいたの! なによ文句あるの!? いいから離し、」


 彼女の言葉を遮ったのは、大きな腹の音だった……そう言えば。


 さっきの朝礼の時も、同じ音が聞こえてきたような……?


「あ……、あの時の音……、サリーザだったのか」


 納得したジンガーが見たのは、顔を真っ赤にさせたサリーザの顔だった。


 お腹の音が鳴ったくらいで大げさな、と思ったが、彼女にしか分からない恥ずかしさがあるのだろう……。頭に冷水をぶっかけられたように、ジンガーが冷静になる。

 手を握っていたことに気づいて慌てて離すと、サリーザは土竜族に紛れ込むために身に付けていた黄色い作業着の中に、隠れるように頭を引っ込めた。


 大きなサイズだからこそすっぽりと頭が隠れてしまう……、ただし背中を破いた大きな翼はどうしても隠せなかったが。


「そりゃそうか……腹、減ってるか」

「……笑えばいい」


「ぷ、ははっ――腹減ってるなら、飯にしよう、用意されてる飯があるんだ、分けてやるから。……とりあえず腹ごしらえをしたら、今後のことを考えよう。

 地上がどうなっているのかも聞きたいしな」


「……匿ってくれるの? なんで、どうして!! あんたもだって、土竜族でしょ!?」

「土竜族だけど、サリーザの友達だし」


 ジンガーはメンテナンスを終えたプレゼンツに布を被せ終えてから。


「とも、だち…………」


「その翼はやっぱり目立つよな……どうにかして押さえ込んで……包帯でぐるぐる巻きにすれば広がったりしない?」


「できないことはないけど……、あんたには分からないかもしれないけどね、気を抜くと全部を破って広がっちゃうのを、意識して押さえておくのって難しいからね?」


「もしかして、痛い?」


「無理やり押さえつけられたら痛いけど……、

 ちょっとの隙間を開けて余裕を作ってくれるなら別に……」


「じゃあそれでいこう」


 淡々と、ジンガーが包帯を取り出してサリーザの翼を体に押さえつけていく。

 裸になる必要はないのだが、それでもやっぱり、裸の方がやりやすいのは確かだ。


 ジンガーからはとてもじゃないが言えない。

 だけどサリーザの方から自主的に服を脱いでくれているなら、「いいのか?」なんて聞くのは野暮だ。『いいから』脱いだのだから……――たぶん。無知だからこそ、じゃないよな?


「なに、恥ずかしがってるの? 友達なんだからこれくらい普通でしょ」


「普通だけど! 胸は隠せよっ、そこは友達以上の部分だ!!」


 広げていた両手を高速で畳んで胸を隠す。……潜入している身だ、さすがに悲鳴を上げることはなかったが……、包帯を巻いて翼を押し付けている最中、ずっと非難の目を向けられていた……早とちりしたのは自分だろうに。


「お、意外と隠せるものなんだな」


 作業着で上から隠してしまえば分からない……、ただサリーザの容姿は土竜族の中でも特に目を引くので、どうにかしなくてはならない。

 土で汚したからと言って消えるわけではないだろうし……フィクシーのように前髪で隠すか?


「さっきまでは帽子を被ってたから……それじゃダメなの?」


「帽子と、上着に顔を埋めて口元を隠せば……まあ。でも目立つよな……」


 朝礼の時のように大勢の中に紛れていれば誤魔化せるが……、ジンガーの隣にいれば目立つだろう。その子は? と当然、聞かれるだろうし……、ちょっとでも探られてしまえばすぐにばれる。中途半端な変装で、よくもまあ潜入しようと思ったものだ、と呆れてしまう。


 まさに勢いでやってきた、と言ったノープランだ。


「……ふむ」


「ねえ、腕を組んで考えたフリしてるけど……手に持ってるそれってメイク道具よね……? あんたが持つと女の子のそれじゃなくて、子供の工作にしか見えないんだけど!!」


「粘土? ……特殊メイクで使うやつか。仮面は怪しまれるから――これとこれ……ブサイクな方が怖がって近づいてこないだろう」


「ねえ!? 聞いてる!? わたしの顔になにしようとしてるわけ!?」


「想像してる通りだよ」


「いやぁーっっ!!」



 数分後、サリーザの面影を失くした一人の土竜族が誕生した。

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