第26話 タルの中の天使

 布を被せておいた自分のプレゼンツを見つける。

 布を取り、久しぶりに見た作品の隅から隅まで見る……、疑っているわけではないが、誰かに触られていないか、という確認だ。


 布が取られた形跡はなかったし……(一度、取って元に戻したのだとしたら、そういう違和感があるはずだが、それもなかった)、布に変化がなければ中身も問題ないだろう。


 持参したタオルで大砲を拭うジンガー。

 はっきりと分かるほど汚れているわけではなかったが、気持ち的に、一度、拭いておきたかったのだ。……このプレゼンツが活躍する日はまだまだ遠いだろうけど、いざその時になって『動かない』最悪を想定するなら、数日おきにきちんと見ておくべきだ。

 未完成品だからこそ、日々のカスタマイズで、完成品に近づくかもしれないし――。


「ん?」


 拭き終わった時、屈んだジンガーの足下にあったのは……白い、羽根だった……。


 ここにあるはずのない――翼の欠片。


 翼王族の証明。


 ……誰かのプレゼンツに紛れ込んでいたのだろうか? ……ジンガーのプレゼンツについていたのだとしたら……地上でついたものか? それとも――、


 飛空艇に持ち込んでからついたものか?


 羽根を拾い上げ、観察するが……さすがに羽根だけで誰かを特定することはできない。


 ジンガーが知る翼王族は一人しかいないのだ。


 浮かんでくるのは彼女だけで――。


(不器用なやつだよな……、友達になりたいのに強く当たってくるって……、友達が離れていくって分からないのかな……。だけど、頭を下げてへこへこしながらおれたちの後ろをついてきても、それは友達じゃないし……)


 対等な関係だ。


 彼女の口調は上から目線だが、そういう個性であり、彼女自身、人間のことも土竜族のことも見下しているわけではない。

 それに気付ければ、友達になることへの心の障害はもうなかった……、あとは、彼女が素直になってくれることを待つだけだった……。


 個性を隠す必要はない。


 改善しなくてもいい……あれが悪いわけではないのだから。


 個性はそのままで、友達になりたいのなら最低限、言うべき言葉があるのだ――それさえ言ってくれれば、ジンガーはいつだって、受け入れるつもりだった。


 支配者が入れ替わるような――こんな革命さえ起こらなければ。


「今頃、サリーザも混ざって、楽しく施設で暮らしていたんだろうな――」


 そんな言葉が漏れた時、がたた、と近くから物音がした。

 ……壁の向こう側の音じゃない。この部屋の、すぐ傍の――タル、か?


「………………まさか」


 子供一人なら余裕で入れる大きさのタルに近づき、ゆっくりと、蓋に手をかける。


 もしも――想定している通りになれば……、どうする?


 見なかったフリをした方が絶対に良いに決まっているけど……だけど、放っておくこともできないだろう……。

 だってここは敵陣地の、ど真ん中である。

 どうして彼女がいるのか、どうやってここに潜り込んだのか、疑問は尽きないが――匿うことの難易度は最高だ。


 居住する全員が土竜族の飛空艇で……、誤魔化せるか?


 翼を持つ、翼王族の存在を?


 蓋を開けて中を覗けば――いた、最悪が。


 最悪なのは彼女ではなく、状況が、だが。



「…………なにしてんだ、おまえ」


「ばれたなら仕方ないわね、素直に出てあげるわ――」



 純白の翼が左右に広がり、散った羽根が床に落ちる。


 ……侵入者がいたことが一発でばれる証拠を、こうもばら撒いていくとは……。


 少し成長した? と、ジンガーが彼女の翼の大きさの違いに気づいた。少し前は両手を広げた幅よりも小さかったのが、今ではそれ以上に……。

 翼を丸めれば、細い体を包めるほどに大きくなっている。成長期? それとも危機を察知して、急成長を遂げたのだろうか……ともかくだ。


 タルから出ようとした翼王族の少女が、バランスを崩して前に倒れてくる。

 咄嗟に抱き止めたジンガーと少女の距離が近くなり……――ぐ、と彼女の肩を掴んだ手に力が入ってしまうのは、仕方のないことだろう……、鏡を見てほしい。


 美少女である自覚があれば、こんな風に男子に急接近するような行動は慎むはずだ。


 狭い部屋で二人きり……、襲われてもおかしくないことを知らないのか?


「サリーザ……」


「ジンガー、痩せたわね」


「え? ……うん、まあ。ストレスかな……運動は、していないし……」


「ふうん。土竜族からすればちょっとふっくらしてる方が良いのかもしれないけど……、こっちの感性で言えば、痩せたこっちの方がカッコいいわよ」


 ぺたぺたと体を触ってくるサリーザ……、くすぐったい感触にジンガーが身をよじる。


「やめ……っ、離れろ!」


 突き離しはしないが、ぐいっと肩を押して距離を取る……、なぜ不満顔なのかは分からないが、ジンガーの中の理性がまともに機能している内に、距離を取るべきだ。


「でも、細いけど、過ぎるわよね……筋肉をつけなさい」

「検討するよ」


「良い男になるわよ?」


「こっちの世界では、良い男は良い職人なんだ。見た目じゃなく、生み出した作品の良さで男が決まる……、そういう意味だと、男の方の船長は例外だけどな」


 クランプは作品よりも腕っ節である。

 まったく作れないわけではないだろうけど、彼の立場と名前の浸透に比べると、作品の存在がまったくと言っていいほど出てこない。

 恐らく、プレゼンツを『使う方』なのかもしれない……。


 別に、そういう土竜族がいることが珍しいわけではないが……少数派である。


 職人ではなく、戦士なのだ。


「で?」

「……? で、って、なによ」


「なんでここにいるんだよ、サリーザ」

「決まってるでしょ」


 サリーザの単独行動? それとも人間、もしくは翼王族からの命令だろうか?


 土竜族の飛空艇に潜入し……潜入し? なんだ、情報を盗んでこいとか、内側から崩壊させろとか、物騒な目的で潜入してきたのだろうか……こんな子供が?

 サリーザに任せることではないだろう。


 まともな大人が彼女に依頼するわけがない。


 なら、サリーザの単独行動と見るべきだ。


 ――決まってるでしょ。


 サリーザはいつものように胸を張って、




「――土竜族の王さまをぶん殴りにきたの。

 戦争なんか、しないでよね、ってねっ」

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