第28話 ジンガー&サリーザ&フィクシーの生活
顔に粘土を貼り付け、膨らみを作り、髪はまとめて帽子の中へ。
メイクで太い眉毛を書き加える。これなら翼王族どころか女の子にも見えないだろう……、体型に関しては大きなサイズの作業服でなんとか誤魔化せる。
元々、押さえた翼の膨らみもあるので、ふくよかな男性に見えていることだろう。
「くっ……くくっ、ぷっ」
「あんたねえ……ッッ」
途中から楽しんでいたことは否めない。あの可愛いサリーザが、段々とブサイクになっていくのだから、そのギャップに笑いが止まらなかった。
下手なメイクなのが良かったのかもしれない。
なまじ技術があって整えてしまうと、彼女の面影が残ってマシになってしまうが、落書きのようにめちゃくちゃにしてしまえば、彼女の面影も消えてくれる……。
まあ、見ようによっては異形の生物にも見えるが……。
少なくとも、こんな化物を掘り下げようとする者はいないだろう。
案外、なにもしなくとも誤魔化せるかもしれない……。
「全部が解決したら、覚えておきなさいよ……ッッ!」
「全部が解決したら、な――いくらでもおまえの
フィクシーへするように、彼女の頭をぽんぽんと叩いて――無意識だった。
サリーザだから手が動いたのだ……彼女の容姿がいつも通りなら決して出なかった手である。
「そう怒るな。腹が減ってるからだろ?」
「わたしを腹ペコキャラにしないで。
……でも……ほんとにお腹が空いたから、ご飯にしましょ」
二人は倉庫を出て、セルフサービスの食堂へ寄ってから、自室へ戻った。
当然ながら満腹になるまで食べられるわけではない。
おにぎり二つ……その程度だ。
日によってはパンだったりもするので、飽きはしないが、やはり量は足らないだろう。
一度、上空へ出てしまえばなかなか物資の補給はできず、いくら土竜族が製作の達人とは言え、農業などの知識があるわけではない。
農業に使える道具を作ることはできるが、農業そのものは人間に頼りきりだった……。
見よう見まねで船内で挑戦してはいるものの、やはり定期的に地上へ降りて、物資を調達する必要がある。
次に、地上へ降りるのはまだまだ先だ。
状況によっては変わるだろうが、少なくとも今週中は雲の上である。
それまでは、食糧は節約されているはずだ……、ただ裏技として、戦闘部隊に入れば優先的に食糧が回ってくる……が、ご飯をたくさん食べるということは消費も激しいのだから、あまり得をしているわけではないだろう。
戦争に出て死ぬ可能性がある以上は、損が大きいかもしれない。
ともあれ、おにぎり二つを胃の中に入れ、ジンガーはともかく、サリーザは満腹になったようで、満足そうだ。自室へ向かいながら――「あ」と声を出したのは、ジンガーだ。
「え、なに」
「同居人……、どうしよう」
部屋は基本、二人で一つだ。さっき顔を見せた時、ジンガーの同居人は部屋にいなかったが……最初からいなかった、わけではないだろう。
居住者が奇数であれば、一人部屋も存在するはずだが、そんなもの、誰もが羨ましがるはずだ。なんの取柄もないジンガーが選ばれるわけもなく、仮に一人部屋だったとしても、すぐに交代させられるはず……。
このままサリーザを(変装しているとは言え)部屋に招くのは危険だろう……。
「その同居人をロープかなにかでぐるぐるに縛って、隠して、わたしがその人のフリをするのは?」
「危険だな……、相手のコミュニティが分からないし、コミュニケーションの仕方も分からない。よく知らない相手の真似をすればすぐに足がつくぞ。
怪しいと思われたらすぐに正体を暴かれる……、翼王族だってばれたら――どんな扱いを受けるか、分かるだろ?」
分かっていて、覚悟をしているつもりだった――と言わんばかりの表情を見せるサリーザだが、震える肩を隠し切れていなかった。
死体を綺麗に保存したいから殺されるケースもあれば、性欲処理の目的として使われることもある。美女を傍に置きたいだけの金持ちの道楽ならまだ優しい方だ。
恥辱を受けるだけならまだがまんできる、けど……。
痛みの恐怖はやはり消えない。
被害に遭っても、遭っていなくても――最も分かりやすく、脅しとして力を発揮するものだ。
「……どうにかする」
「え。で、でも、どうやって……っ」
「なんとかするんだよ。
おまえを、被害に遭った翼王族と同じ目に遭わせるわけにはいかねえし」
友達として。
そう最後に付け足したが、それはもう、友達の領分を越えている。
少なくとも――友達以上には思っているということだ。
「様子を見てくる……、サリーザはちょっと待っててくれ」
自室に誰もいないことを確認しようとしたら、先に扉が開いた。
部屋から出てきたのは、男性である。
「ん? 同居人の……ジンガーか?」
「そう、ですけど……」
「ちょうど良かった。俺がこの部屋の同居人だったんだが……、お前の妹さんの強い意向でな、やっぱり兄妹は一緒の部屋がいいってことになったんだ……だからここは譲るぜ」
「え……」
「まあ、それは表向き。お前の妹と同室の相手が、俺の恋人なんだ……、別に変なことを部屋でするつもりはねえが、こういう状況だ、できるだけ一緒にいたいってことさ――悪いな、いや、感謝してくれてるか?
お互いにメリットがあるってことで、これ以上の詮索はせずに素直に交代しようじゃねえか――妹さんは部屋にいるぜ、じゃあな、ジンガーくん」
と、ジンガーの返答を待つことなく、軽い足取りで部屋を後にした男性……、サリーザの存在にも気づいてなさそうだった。
一気にまくし立てられ、理解が追いつくまで時間がかかったが……、とりあえず、ジンガーの妹、と勘違いしているが、ようするにフィクシーのことだろう。
彼女と、ジンガーの元々の同室相手が入れ替わり……フィクシーがジンガーと同室になった……つまり。
サリーザを匿うことは、できるということだ。
「……、追い風になってきたな」
「問題解決?」
「目の前の障害は突破した。……何枚もある壁の内の一枚だけだぞ?」
「分かってるから」
部屋に入った時、ベッドに座っていたフィクシーがジンガーを見て笑顔になり――彼の後ろにいた異形の化物を見てさっと血の気が引いて、ばたん、と後ろに倒れた。
ベッドの上で良かった、と安堵の息を吐く。
「……ショックなんだけど」
「今までちやほやされてきたんだから、こういう対応にも慣れておけば? そうそうないでしょ、こんな機会」
「地上にきて散々、蔑まれてきたんだけど……?」
「本音でやってるやつなんかいねえよ」
サリーザのためを想ってやったことだ……、ワンクッションを置くために。それを知るサリーザは、「……そっか」と、本音はそうじゃないということがあらためて身に染みて、表情がにやける……、特殊メイクの裏で「良かった」と安堵しているが……しかし。
(プロの腕前じゃないから、表情は丸分かりなんだよな……)
言わないでおこう。
そう思っているジンガーもまた、フィクシーを見るような目で微笑んでいた。
フィクシーが気絶から目覚めたのは十分後のことだった。
それだけ時間があれば、サリーザがメイクを落とすことも充分にできる。
「フィクシーも元気そうね」
「…………あ、れ……? サリー、ザ……?」
サリーザに膝枕をされていたフィクシーが、状況を飲み込めずに目をぱちくりとさせる。
夢か、とでも言いたげに再び目を瞑ったので、慌てて彼女を引き止める。
「フィクシー、ちょっと話があるんだ」
「うちに言わずにサリーザを匿ってたの?」
「これから匿うつもりなんだけど……、さっき再会したばかりだし……。フィクシーに隠してたつもりはないんだよ。
伝える余裕がなかったというか……、翼王族が船内を満足に歩くことはできないしさ」
「…………そっか……あれ? でもじゃあなんで、サリーザがここにいるの?
てっきり最初からジンガーくんが誘って、隠していたのかと思ったのに……」
フィクシーの勘違いのタネが分かったところで、ジンガーがこれまでの経緯を説明する。と言っても、ようするにサリーザの独断専行によって、彼女のピンチ(自業自得)なので、なんとかばれないように船内でやり過ごそう、というわけだ。
翼王族であることを、土竜族にばれるわけにはいかない。なので、親に隠れて子猫を飼うように、狭いこの部屋でサリーザを匿うことになるわけだが……、
当然、食事やトイレなどの生活の問題が出てくるはずだ。
ジンガーだけでは全てを網羅できない。
やはりフィクシーの存在は必要だった……、いま考えると、即席の案だったとは言え、ジンガーの同居人のフリをして過ごすのは危ない案だった。
危険は百も承知だが、土竜族にばれるばれない以外の問題も出てきたわけだし。
これで最低限のスタート地点には立てた気がする……、実際に匿ってみないと分からないが、サリーザが倉庫のタルの中に隠れ続けて餓死をする、なんて最悪は避けられたはずだ。
「よろしくね、フィクシー……でもいいの?
わたし、翼王族だけど、その……友達になっても、いいの……?」
「ジンガーくんとは友達?」
「え、うん……まあ、そうね」
なんだか不満そうなのはジンガーの勘違いか?
ただの照れならいいが、内心、嫌がっているならショックである。
「ならいいよ。ジンガーくんの友達なら、うちの友達でもあるし」
「そ、そう……? ありがと、フィクシー」
「で? フィクシーはなんでほっとしてるの?」
「ジンガーくんは知らなくていいことだよ」
そう言われると気になるが、押し倒して聞くわけにもいかない……、
隣にはサリーザがいるのだ、できるスキンシップではなかった。
「じゃあサリーザ、聞かせてもらってもいいか?」
「え? なにを?」
「地上のこと。施設のこと――アイニール、アンジェリカのことだよ」
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