第21話 土竜が飛び立つ

 ジオとアンジェリカが見つめ合い、しばらくしても場に変化がないことに訝しんで、顔を上げる。覆い被さっていたアンジェリカが先に膝を立てた。

 揺れで頭に積もっていた雪が落ち、広い視界を取り戻した。


 目の前にいたオリバーを見る。

 狙ったわけではなかったが、オリヴィアの攻撃によってオリバーを脱落させることを寸前で思いついた……、その結果になっていないことに――残念がる、というのは、人としてどうなのだと、アンジェリカが自問する。


 無事だったのなら良かったのではないか?


 怪我をしていないに越したことはないはずだ。


「……あれ? オリヴィアちゃんは?」


 てっきり、アンジェリカの狙い(偶然だが)に気づいて、プレゼンツの使用をやめて追いかけてきているのかと思えば――そういうわけでもないらしい。


 ……となると気になるのは、小さな爆発音である。


 オリヴィアの方で、なにかがあったのか……?



 縛ったオリバーを連れて、ジオとアンジェリカが音の方へ向かうと、


 ……オリヴィアが倒れていた。


 ――



 白い雪を黒く染めた原因は――履いていたプレゼンツの、爆発である。



「――オリヴィアちゃんッッ!!」


 駆け寄ったアンジェリカの手が、オリヴィアの手によって掴まれた。


 ぐいっと、引き寄せたつもりだろうが、オリヴィアが思っているよりも力が出ていないようで……、アンジェリカの頭が若干、傾いた程度である。


「……凍った、壁を、鏡、にして……アタ、シを、騙す、なんてね……」


 環境に変化を与えるアンジェリカのプレゼンツ……、環境変化だけでも充分な性能に加え、相手を欺くというオプションもついている。

 初見殺しに留まらず、分かっていながらも、制限された空間内で鏡面に映る赤いアンジェリカを視界の隅に入れてしまえば、反射的に意識を奪われてしまうのが人間というものだ。


 オリヴィアは見えた鏡の中のアンジェリカの油断を好機と捉え、自身のプレゼンツの決定打に賭けた――、実際は、武器の暴発という格好悪い敗北の仕方になってしまったが……。


 寒さで思考力が鈍っていたのもあるだろう……、いつもの冷静なオリヴィアであれば、きっとこんな単純な罠にははまらなかったはずだ。


 環境変化と同時。


 相手の思考力も鈍らせる……、決定打こそ撃てないが、周囲を固めることで自身の平凡な力を決定打まで押し上げる効果が、このプレゼンツにはあるようだった――。


「オリヴィア、ちゃん……」


「あは、色々な、アンジェリカの顔が見れたなあ……」


 痛みはないのか? 片足が吹き飛んで……、限界を越えた痛みは感じないのか、それとも寒さによって感覚が麻痺しているのか……。

 どちらにせよ早く処置をしなければ、このまま彼女の片足はくっつかないままだ。


「すぐに病院に連れていくからね! だからっ、がんば、」


「好きよ、アンジェリカ」


 ……へ? の口で固まるアンジェリカが、微笑むオリヴィアへ聞き返すよりも早く、


「でも、あなたは別の誰かを見ていた……だからね、たとえ敵対してもいいから、見てほしかったの……――見てくれるなら、それが好意じゃなくてもいいって、思ったから――」


 痛みが消えたことで口が回るようになる。

 だが、それが良いことだとは、思えない。


「ひどいこと、言って、ごめんなさい……心にもないこと言って、ごめんなさい……アタシはただ、あなたに見てほしかっただけなの……」


 遅れて、やっと理解が追いついたアンジェリカが、オリヴィアの手を握り締める。


「見てたよ……ずっとオリヴィアちゃんのこと、見てたのに!!」


「……、一番が、良かったの……ただの嫉妬よ、笑いなさいよ……」


 オリヴィアの意識が明滅する。


 感覚が麻痺していても、体は正直に警告しているのだ……このままではまずいと。


 少なくとも、意識を落としていなければ、体の機能が順番にストップしていく。

 迅速な処置が求められている。


 寒さでこの場の悪化をしのいでも、治る方向へは進まない。


「笑わない……笑うもんかぁ!!」


「わらい、なさいよ……かわいい顔を、もっとよく見せて……」


 目を閉じるオリヴィアを呼び戻そうとするアンジェリカ……、

 その声を制止したのは、後ろにいたジオである。


「ジオくん!」

「すぐに病院だ……オリバー=キッズ。ロープは外した、任せてもいいよな?」


「もちろんです。彼女は私のサンタクロースですから。ここは私の役目です」


 自由になったオリバー=キッズが、オリヴィアを肩に担いだ。


「こんな結果になって言うのは、傷に塩を塗るだけだろうが――任務失敗だな」


「覚悟はしていますよ。相手は王族ですから……面倒なことにはなりそうですが」


 願いを叶えることができなかった……そのペナルティは、たとえ王族でなくとも重いものだが……、翼王族と同じくらいわがままな人間の王族が、任務失敗を咎めるだけで終わるとは考えにくい。ペナルティはもちろん、私的な罰を与えてもおかしくはなかった。


「全ての責任を背負うのも、トナカイの役目です」

「ああ、そうかい……」


 背を向け合うトナカイ二人……、

 すると、オリバーが最後に言い残した。


 ……気になる疑問である。


「ジオ様は……この暴発を、偶然だとお考えで?」

「あん?」


 振り返った時、既にオリバーの姿はなく……、

 積もった雪は既に膝まで到達していた。


 この中を素早い動きで移動したのか……? さすがは元兵士である。


「やべ、俺たちも早く村から出ないと、こんなところで埋もれたら洒落にならねえ!」


 まだオリヴィアのショックが抜けないのか、アンジェリカは呆然と立ったまま……。

 そんな彼女の手を引き、二人で歩きづらい雪道を進んでいく。


 しばらく会話もなく、やっとの思いで村から出た後――、電波が届くようになったからか、ジオが持つ端末が着信を知らせた(アンジェリカのプレゼンツには電波を遮る効果もあるのだろうか……?)。


 相手はネムランドである。


「社長?」


「ジオ――大事な話があるの」


 ジオ隊員、などと茶化さないところ、本当の本当に、真面目な話らしい……。


 それをこうして、顔も合わせずにするとは、違和感があったが、急ぎなのかもしれない。


 とにかくジオは隣にいるアンジェリカの手を握り締めながら――ネムランドの言葉を待つ。


「はい、なんですか? あ、それとアンジェリカの初仕事は成功ですよ。

 ただ……別のサンタクロースは失敗したことになるので、ペナルティが発生しますけど――」


「もうそんな小さな話じゃないのよ」


 小さな話?


 ……サンタクロースに関するあれこれは、大きい話になるのではないか?



「ジオ。あなたと、そしてアンジェリカは――クビにする。もう会社には顔を出さないで」


「………………は?」


「いい? 興味本位で会社には近づかないこと――絶対よ、いいわね?」


「待っ――どういうことだよ、社長!!」



「……ありがと、ジオ。私の夢に、付き合ってくれて」



 ジオが怒声を浴びせる前に――通話が切れた。


 かけ直しても繋がらないとなると、拒否されているのか、端末ごと壊したか……。


「なんでだ……なんで俺を、巻き込まない……ネム……っ!!」


 絶対服従のトナカイが、ここにいるって言うのに……ッッ!!




「いた、痛いよ、ジオくん……ッ」


 ぎゅっと握り締めていた手に力が入り、アンジェリカが痛みを訴える。

 すぐ傍にいる彼女のことを忘れるほど、ジオは冷静さを欠いていた。


「あ、悪い……」

「なにがあったの?」


「それが分からねえんだ……、急に、俺たちのことをクビにするって言って――」


 ネムランドの意図が分からない。となれば、やはり知ろうとするしかない。

 会社にくるなとは言われたが、詮索をするなとは言われていない。


 ネムランドの身に――それとも会社になにかあったのかもしれない。


 危険から遠ざけるためにジオたちを離したのであれば、余計なお世話である。

 このままフェードアウトすることに納得すると思うのか?


 普段、社員のなにを見てきたのだ?


 会社が傾き、社長が困っていながら、見て見ぬフリをするほどクズではない。


 だから、


「都市に戻って調べるぞ……、社長と会社になにがあったのか!!」




 そして、【デリバリー・エンジェル】兼【願掛け結社・サンタクロース】の事務所に押しかける王族たちの姿があった――世界への被害は甚大。

 原因はどうあれ、責任者はネムランドである――。


「詳しい話を聞こうか、ネム=ランド」


「……私は関わっていないですよ……と言っても、信じないのでしょうね」


「残念ながら。ろくに調べもせずに無罪にすることはできない……分かるだろう?」


 ネムランドの額に突きつけられる拳銃……、それは数少ない、……つまり『プレゼンツ』ではない、武器である……。



「世界各地で起こっている『プレゼンツ』の暴発事故について――どこまで噛んでいる?」

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