第二部 新年の幕明け/「支配者は誰だ?」

第22話 新時代・天空の支配者

 新年――。


 子供たちのためのクリスマスを終え、

 長かった今年も終わり、新しい一年が始まろうとしていた。


 人間も、土竜族も……翼王族も。

 最愛の家族と共に過ごし、食卓を囲んで、新年へ向けてカウントダウンを刻んでいる……、やがて、新しい年を迎えたことを祝福するだろう。


 ……例年通りであれば。


 だが、今回は事情が違う。

 新しい一年を迎えるよりも先に、過ごした今年の終わりに、年どころか、が起きたのだ。


 プレゼンツの暴発事故。


 プレゼンツに限らず、人間が使用していた道具が、ほとんど使い物にならなくなっていた。

 握った拳銃の引き金を引けば、自身の手首が吹き飛ぶ――そんな事故だった。


 ……問題は事故の有無ではなく、その数だ。


 多発。


 時間差はないと言ってもいいだろう……同時期に。


 プレゼンツを含めた、土竜族が製作した道具が暴発したのだ。

 ……ただの事故だと思うだろうか? 目の前の一件だけを見ればそうだろう……、しかし、世界中で多発していれば、意図的であると予測が立つ。

 しかも、分かりやすく土竜族が製作したものだけが暴発しているとなれば――。


 恐らく、彼らは待っていたのだろう。


 世界中に浸透する、この時を。


 そして、仕込んでいた爆弾を起動させたのだ――、日常に潜り込んだ便利な道具を『兵器』に変えることで……、

 手に馴染んだ武器の刃を、一瞬で反対向きに変えるように――人間を攻撃した。


 これからの支配者が誰なのかを示すように――……宣言、か?


 このタイミングで決行したのも気になる……。

 まるで新年と同時――、【新時代】の到来を告げるかのように。


 支配者が切り替わる。


 人間に支配されていた土竜族は、従うフリをして、地の底で反撃の機会を伺い、着々と兵器を製作していたのだ。


 ……依存。人間の攻撃手段のほとんどが、土竜族の手腕で作られていた。

 つまり、土竜族が裏切れば、同時に人間の攻撃手段がなくなったも同然だ。


 土竜族が裏切ることを想定していなかった?


 人間の甘さが招いた事件だったのだろうか……否。


 土竜族が、人間の信頼を得て、裏切るはずがないと思わせた『演技』の賜物だ。


 反抗心を見せない。不満を漏らさない。指示されたことを文句の一つも言わずに達成させる……、無茶ぶりも理不尽も全て受け入れ、笑顔で人間に媚を売り、人間がいないと自分たちは生きてはいけない弱い存在であることを訴え続け――、


 圧倒的な弱者という地位を手に入れた。


 その全てが、土竜族による『反撃』への布石だということも知らずに――。


 人間はまんまと彼らの策にはまったということだ。


 ……気づくべきだった。


 彼らは泥を被り、冷たく暗い世界の住人ではあるが――『竜』である。


 人間の下につくような種族ではない――。




 世界中から土竜族が招集された。

 大人も子供も関係ない。希望すれば誰でも『乗る』ことができる……、

 まあ、拒否をすれば土竜族でありながら土竜族の敵になる、ということでもあるが。


 大半の土竜族がその招集に応じたらしい……、

 大半、ということは、人間側に残った土竜族もいるのだ。


 ……人間への逆襲が種族の総意ではない――のかもしれない。

 人間に服従をするフリをしている内に、本当に友好的になった者もいたのだろう。


 そしてそれは、珍しいことでもなかった。


 それに、人間に服従する(フリ)ことを決めた後に生まれた子供たちは、フリをしているわけではないのだ。

 生まれた時から人間に服従……と言うよりは、友好的だったのだから、今更、人間から支配権を奪うぞと言われても、自分の意思でついていく子供は多くない。

 まだ子供だから訳も分からず大人についていっているだけだろう……、そして子供だからこそ、招集に応じた方が安全である。


 人間の世界にいて巻き込まれるよりも、土竜族の懐で保護されている方がマシだ……だから『彼女』は背中を押したのだろう……。

 あの時は自分たちのことが嫌いになったのかと思い、ショックを受けたものだが、今なら分かる……彼女は――【アイニール】は。



「……おれたちの安全のために、ここへ送ったんだろうなあ……」


 土竜族の少年である。

 名はジンガー……、もぞもぞと、彼の横で眠るのは、幼馴染の少女・フィクシーだ。


 二人にとって愛着があった汚れた服装は、土竜族の大人に心配され、高価なものへ取り換えられた。……『土竜』だからこそ、土で安心できるのだが、復讐に燃えている大人たちは、人間に泥をかけられた、と思っているらしい。


「違う」と否定しても、聞く耳を持たない大人たちの説得は諦めた。まあ、古くなっていたし、新しい服を用意してくれるなら、ありがたく貰っておこうと思ったのだ。


 高価と言っても、ドレスやタキシードではない……(高価と言えばそういうイメージしかないのは、ジンガーが服装に興味がないからだ)、新品の作業着である。


 汚いから、と処分された自前の服とまったく一緒だ……、いや、細かいことを言えば、製作者は違うのだろうけど。ブランドの違いだ。


 濃い黄色の上下の作業着と、深く被れる帽子だ……、土竜族の基本衣装は昔から変わらないし、たとえ支配者になっても変わらない価値観があるのだ。


 誰になにを言われずとも、プレゼンツに限らず、暇さえあればなにかを作っていた種族である……、作業着が、やはり最も落ち着く服装なのだ。


 服装、ふかふかのベッド、隣室の声が聞こえない分厚い壁。

 部屋にいるのはフィクシーとジンガーのみ……。ジンガーの身の回りの環境は快適と言っていいだろう。大人たちが気を遣って、安心できるように整えてくれたのだ。


 ぐっすり眠れるはずだが……しかしジンガーは、眠気をまったく感じていなかった――、ここ二日間、まともに寝ていない。


 ふと、一瞬だけ意識が落ちていることの繰り返しで、横で熟睡しているフィクシーのような、深い眠りに落ちてはいなかった……眠れるわけがない。


 施設はどうなった? 

 アイニールは? 

 人間たちは……、翼王族は?


 大人たちは外の様子を、大雑把だが教えてくれるが、細かいことは明かしていない……、子供に聞かせるべき内容ではないのだろうけど……。だからジンガーは蚊帳の外なのだ。


 そしてここは、鳥カゴのようでいて……。


 地中から出た土竜は空を飛び……しかし、大人たちによって管理されている土竜の子供は、自由に外へ出ることもできない。


 これなら施設に残っていた方が良かったかもしれない。


 フィクシーを巻き込むわけにはいかないけど、自分だけなら……――だけどそうなれば、フィクシーはきっとついてくるだろうし、それを許すジンガーではなかった。


 その感情こそ、アイニールが自分たちに抱く心配だと分かり……知れば戻れなくなる。


 このカゴの中にいることが最も安全で、アイニールが安心できることなのだと思えば、安易に脱出することもできない……、したくてもできないのだが――……だって、空である。


 上空。


 雲の上。


 まるで翼王族になったようだ……、恐らく、彼女と同じ景色を見ているのだろう。


 土竜はやっと、天空に飛び立てたのだ。



 あらためて。


 世界の支配者は新年を迎えると共に切り替わった。


 人間でも翼王族でもなく、新たな支配者は、土竜族である。


 そう――巨大な『飛空艇』に、大勢の土竜族を詰め込んだ――『天空国家』である。


 世界を見下ろす土竜は、これから圧倒的な『力』を示す。


 つまり――、地上を蹂躙する、

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