第20話 雪上の決着

「…………はっ!?」


 破片の下でうつ伏せで息を潜めていたら、意識を失いかけていた……積もってきた雪のせいだ。

 寒さがジオから意識を奪っていく――まずい、気休めでもいいから動いていないと、体よりも早く手足が凍ってしまう……。


 悪手を打つことにはなるが、息を潜めているのは限界だ――ジオが駆け出し、遠くにいるオリバーもその動きに気づいただろう。


 小銃から撃ち出されたゴム弾がやってくる!!


 だが――、


 ジオの前方で反射したゴム弾は、ジオの体に当たることはなく、明後日の方向へ飛んでいってしまった……ミス、か?

 そりゃ何度も繰り返していれば、一度や二度のミスはあるだろうが……。


 それが何度も続いた。

 百発百中の精度が、ここにきてがくんと落ちている……、寒さが相手の手を鈍らせたのだ……さすがに元兵士とは言え、久しぶりの過酷な環境に手元が狂ったか。


「……いや、違う。オリバー=キッズの不調じゃなく、反射する『壁』の方か……」


 壁に触れる。

 こすると剥がれるのは、付着した雪だった。


 固まった雪もあれば、まだ触れたら溶けてしまう柔らかさの雪もある。

 こんな状態で撃ったゴム弾が反射しても、想定した方向へ向かってくれないだろう……。


 アンジェリカの雪が、ジオの環境を変えてくれた。


「ここまで『反射』が機能しないのであれば、直接、撃ってしまった方が早いですね」


 オリバー=キッズが屋根を渡り、ジオの頭上へ。

 ジオを狙う小銃の銃口から避けるために、雪の上を転がる。積もった雪に足が取られてしまうが、屋根の上に立つオリバーも気を抜けば滑ってしまう……、お互いに意識が散漫している。

 片方が万全であればすぐに決着がついただろうが……。


「環境変化の特化型ですか……、

 特殊なプレゼンツを選んだのですね、アンジェリカ様は」


 環境変化能力は、文字通りである。町の規模になると分からないが、村程度の規模であれば全体を変化させることが可能だ。

 環境を変化させ、自身の世界へ引き込んでしまう。

 アンジェリカにもっと経験があれば、独壇場になる可能性もあるが、まだ未熟な彼女では、彼女自身もこの雪の世界に苦しむことになるだろう……。


 せめて滑り止めの靴でも履いてくれば良かったか。


「信頼されているようですね」


「まあ、そうかもな。

 村ではあいつの『頼れるお兄ちゃん』だったわけだし……」


「訂正しましょう、信頼はもちろんですが、それ以上に。

 ……まだあなたに縋っているように見えますね」


「……なに?」


「環境を変化させるプレゼンツを選んだのが、アンジェリカ様なのかは分かりませんが……単独で決定打を撃てないプレゼンツを選んだ時点で、彼女はパートナーに任せるつもりなのでしょうね。自分の手を汚したくないのか、あなたに花を持たせたいのか――」



「アンジェリカ様は、まだ自立できていないようです」




「――だからどうした」


 ジオが振り回したロープを振り下ろし、先端の爪で、オリバーの足下の雪を崩す。

 足場が動いたことでバランスを崩したオリバーが落下を回避するが、再び雪の上に足をつければ同じことだ――屋根から落下したオリバーが雪の中へ着地した。


 積もった雪のおかげでクッションにはなったが、受け身も取れず、スムーズな体勢の移動もできなかった。彼にとっては珍しく、尻もちをついた状態である。


 その隙に。


 オリバーの体をロープでぐるぐる巻きにする。


 小銃を奪わなければ意味がないが、たとえ縛られた状態でも撃てるとしても、反射が通用しなければ脅威はなくなったも同然だ。

 ――雪の世界が、反射を殺してくれている。


「自立できていないからどうした? できないことをできないと言って、人に頼ることは悪いことなのか? ……違うだろ、適材適所って言うじゃねえか。

 あいつにできないことを俺がやり、俺にできないことをあいつがやる――俺とアンジェリカだけじゃねえ。人と人が集まるチームであれば、どこの誰もが当然のようにやっていることだ。

 なんでもできる一人の人間がいたところで、そいつが偉いわけじゃない。すごいとは思うがな……、思うだけだ。なんでもできるやつがチームを組んでも旨味は少ない。仲間を頼る前に自分でやってしまえば話が早いじゃねえか……。

 使わない技術が出てくる以上、なんだか損をしている感じがするしな……。だったらできないことを補ない合うチームが理想だ……。サンタクロースとトナカイ、まさにこれだろ?」


 表舞台と裏舞台。


 演者と脚本……、それほどの違いはあるものの、それぞれが必要である。


 足りないことが前提だ。

 だったら、弱点があることは欠点ではない。


 そういう意味では、オリヴィアとオリバーはそれぞれが自立しており、単独で行動できる……、確かに優秀だが、しかし発展がない。


 これ以上の広がりがないのだ。


 二人はパートナーでありながら、お互いに協力をする気がない様子だ。

 ……なぜならできてしまうから。

 他人を頼りにすることがない――そうなるといざという時、選択肢の中に『人を頼る』が生まれない。

 自分でどうにかすることを軸に考えてしまう……、二人でならあっという間にできてしまうことを、一人で時間をかけてしまい……――きっと、それが今の差を生んだのだろう。



「ジオくん、伏せて」


 それは意図的か、偶然か。

 屋根の上から落ちてきたアンジェリカがジオを押し倒して、積もった雪に埋もれた。


 ――身を隠す。


 そう、民家の向こう側では、まさに今、が、残りの片足の能力を発揮させるところだったのだ。


 一直線に、あらゆるものを破壊する衝撃波が通り抜ける。


 その道の上には、ロープに縛られたオリバーがおり……、


 ――気づくのが遅かった。

 一瞬早く気づいたところで、回避はできなかったが――。


「オリヴィ、」


 一直線に民家を破壊するプレゼンツの脅威が迫――――――いや?


 音沙汰がなかった。


 代わりに聞こえてきたのは――、




 小さな爆発音だった。

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