第19話 二撃目のプレゼンツ
アンジェリカが、握るボールの突起物を親指で押した。
そして――、
ぷしゅー、という空気が抜ける音と共に白い煙が周囲に広がり、互いの姿を隠した。
オリヴィアは担いでいた白い袋を下ろして、道の端へ転がす……、戦いの最中で巻き込まれて壊れてしまえば意味がない……――誰を助けたかったのか? だ。
オリヴィアからしても無傷で届けるべき『
そのため視界を潰す煙は、アンジェリカからすれば悪手なのだが……、見えていない隙に攻撃をしてくるわけでは……ない?
これはどういうプレゼンツだ?
オリヴィアの耳に届いたのは、ぱぱぱん、ぱんっ、という音だ。
近い音を探せば、花火か……? 爆破よりは軽い音である。
煙が晴れた時、アンジェリカの姿はなく、見えたのは白い…………雪だ。
低くもない気温なのにもかかわらず、太陽の光を遮った雲から降ってくるたくさんの雪……、風がないのでまだマシだが、段々と雪の量が多くなってきている……。
数十分も経てば、くるぶしあたりまでは雪が積もりそうなペースだ。
アンジェリカのプレゼンツの効果だろう……、しかし、じゃあこれが特化か……?
ただ雪を降らせる……それだけのプレゼンツ――。
「う、寒っ……!」
雪なのだから当たり前だ。オリヴィアの肩と頭に積もっていく雪を、体を左右に振って落とす。……ショートパンツスタイルで、肩を出した衣装は失敗だった……、ただ、似たような服装のアンジェリカも同じく、この寒さに苦しんでいるはずだが……。
それとも、自分のプレゼンツなのだから、寒さ対策くらいはしているか?
「うぅ……寒い……っっ!!」
アンジェリカも同じく寒さに震えていた。
寒さ対策? そんなことしているわけがない。
多少、服を重ねて着ることで対策にはなるが、ほんの気持ち程度である。
オリヴィアを圧倒できるほど、寒さの影響を受けないわけではない。
民家の陰で、アンジェリカが屈んで、体を丸めている……、寒さに動けなくなったわけではなく、地中から顔を出した、弟同然の子供に、あるお願いをするためだ。
「ジンガー? 避難した後でごめんね、フィクシーと協力して、サリーザを助けてあげて」
「それはいいけど……寒っ。あ、アンジェリカは、大丈夫か? 戦えるの?」
「こう見えても半年、みっちりと訓練したんだから!
――大丈夫! だってジオくんだっているんだし!」
サンタクロースを補助するためのトナカイである。
……なのだが、さっきから姿が見えない。
どこで油を売っているのか、と思えば、同じくオリヴィアにもトナカイがいるわけで……、トナカイを止められるのはトナカイしかいない。
となれば、ジオのアシストは期待できないということだ。
分かってはいたが、そんな不安を彼に漏らすわけにもいかず、だから強がりでもいいから安心させる言葉を吐き出す。
「あたしに任せて! ちゃちゃっといって、勝ってくるから、」
ふ、と――言葉が途切れる。
破壊の波が通り過ぎていった。
……アンジェリカも、地中から顔を出した土竜族の少年も――。
右。
突然の暴風に目が引き寄せられ、唖然としていた……。
並んだ民家が一直線に、崩壊していた。
まるで巨大な鉄球でも転がってきたかのように、端まで一直線に、痕跡だけが残っている……。民家の中身ごと、あらゆる全てを吹き飛ばして、『一』の文字を村に刻んだ――。
大きな傷跡。
その原因は、たった一人の少女である……。
「お、オリヴィア、ちゃん……?」
民家から顔を出して、見通せるようになった道の先。
足を上げた彼女が、重たそうなブーツ……、にも見えるハイヒールを地面に下ろすところだった。カツン、とヒールが音を立てる。
それを合図に、片足のハイヒールに亀裂が入り、やがて、ぱきんっ、と割れた。
ハイヒールが砕け、素足が露出される……、あれが、オリヴィアのプレゼンツ……。
「え、ちょっと待って……っ、両足、あるんだよね……?
じゃあ、この威力を出せるプレゼンツが、もう一個……?」
特化型プレゼンツは基本、一発しか撃てない使い切りの武器である……、だからこそ飛び抜けた威力を発揮できるし、形勢逆転を狙うことも、初手でとどめを刺すこともできる。
そのため一人一回が原則だが、彼女のハイヒールは両足にあるため、必然、もう一回、使うことができる――。
「見ーつけた、アンジェリカ」
「っっ!?」
ちょっと顔を出しただけで見つかった――オリヴィアの方も、ここまで痕跡を残せば、アンジェリカが様子を見るだろうと決めつけていたようだ。
まんまと、アンジェリカは誘われた形である。
「あんなの喰らったら吹っ飛ぶ程度で終わるわけない!!」
腕が取れるのでは?
……それで済めばいいけど……。
「……アンジェリカ」
「なに!?」
余裕がなくなったアンジェリカが、弟同然のジンガーに焦りを見せてしまった。
……毅然としたお姉ちゃんでいるべきだったのに……。
「ちゃちゃっといって、勝てる……?」
ジンガーの、心配した表情と言葉に強がって返す。
大丈夫大丈夫っ、と言いながら見せた笑みは、しかし、引きつった笑みだった……。
隣の民家が吹き飛ばされたことで、飛び散った破片がジオの体を埋もれさせた……、間一髪だった。
もしも身を隠している民家が、まさにいま破壊されている『隣だったら』と考えるとゾッとする――割れた破片の鋭利な先端が、ジオを八つ裂きにしていたかもしれない。
(だが、不幸中の幸いか……)
破片に埋もれたことで、ジオは本当の意味で姿を隠すことができている……、これまでは敵のトナカイ/オリバー=キッズに、なぜか隠れても居場所が特定されていたのだ。
障害物だらけの立地なのにもかかわらず、だ。
屋根の上から観察していたとしても、民家の裏は死角である。灯台下暗しも同様にだ……、目が届く範囲にいないからと言って、じゃあ死角にいると決めつけても、その死角も多いのだ。
まさか全てを虱潰しにするわけにもいかない。
「ある程度、予測を立てて撃ってんのか……? バウンドを繰り返すゴム弾なら、おおよその範囲を狙って撃てば、あとはゴム弾が俺を狙うってことかよ……っ」
恐らく、ジオの心理も読まれている……、と言うよりは、こういった戦場での戦い方には、教科書通りの動き方があるものだ……そして、その教科書を作っていたのが、オリバーの世代なのだとしたら……。
自身が作り上げた土俵の上で負けるわけがない。
オリバーがジオの心理を読んでいるのではなく、オリバーの心理を、ジオがなぞってしまっているのだ。だから幾重に壁があっても筒抜けなのである。
だからと言って、教科書通りの行動をやめれば、そのまま悪手に繋がる……、定石は実績があるからこその定石であり、それを外せばリスクを負うに決まっている。
……どっちか、だ。
読まれる覚悟で行動するか、
リスク覚悟で悪手を打ち続けるか……。
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