第18話 初めての大喧嘩
オリバーは後ろで手を組んでおり、ゴムボールの出所が分からなくなっている……、後ろ手に隠した武器があるのだろうが、見えなければどこから発射され、どの壁、地面に反射し、襲ってくるのか予想がつかない。
見えない砲台、と思えばいいか。
それでも最終的な着地点は分かっているのだ、急所さえ守っていれば、ゴムボールの出所を特定する必要はない。
ただし、
(……急所だけを守っていれば立ち続けられるわけじゃねえ……)
急所以外の全てが破壊されたら同じことだろう。
急所だけが無事でも、人間は生きてはいけない――少なくともオリバーを討つことはできなくなる。やはり最低限、見抜く必要があるのだ……。
オリバーのプレゼンツと、その戦い方を。
「プレゼンツに頼り切っているようじゃ、足をすくわれるぜ、おっさん……」
「ふ、当然でしょう。言われなくとも身を以て知っていますよ――あくまでもプレゼンツは補助であり、決定打ではない。
特にトナカイとなれば。……全盛期から遠のいた老いぼれだと思われることは納得しているが、それでも初歩中の初歩を指摘されるほどに落ちぶれたつもりはないぞ、小僧」
オリバーの雰囲気が変わった。
ジオの挑発に、スイッチが入ったか……?
視野を狭めることができれば儲けものだと考えていたが、全盛期の血を騒がせてしまったのは失敗だったか……。
いや、感覚だけを思い出させれば、全盛期のつもりで動いても体はきちんと老いている。その差に、肉体が悲鳴を上げれば……勝機を探れるはずだ。
――ぱぱぱん、ぱんっっ!!
ジオの意識を引き寄せたのは、上空に打ち上げられた花火だった――正確には火、ではない。
響く音は火薬を使用しているものの、飛び散ったそれは火ではなく、『雪』である。
『ホワイト・クリスマス』――特化型プレゼンツである。
「アンジェリカのやつ、早速使ったのか……」
まあ、彼女の場合はプレゼンツの仕様上、使わないとまともに戦うこともできなくなるわけだが……。これも特化型の特徴を踏襲しており、使い切りである。
環境に変化を与えるという一点に特化させたプレゼンツであり、特化型でありながら決定打を撃つことができないという最大のデメリットを持つ。
――そう、トナカイの補助を、本当の意味で前提にしたプレゼンツ……。
大半の特化型プレゼンツは、トナカイの補助を前提にしていると言いながらも、単独で高威力を発揮する。武器としての性能は充分にあるのだ。
だが、アンジェリカのプレゼンツは単独では変化を与えるだけ。
相手を討つことは一生できないタイプのものである。
もしも攻撃をするとしたら、アンジェリカが自身の力でどうにかするしかない――。
アンジェリカがプレゼンツを使用する数分前……、
彼女は白い袋を肩に担ぐオリヴィアの背中を発見した。
「――オリヴィアちゃんッ!!」
呼びかけても止まらない彼女を追いかけ、身軽な身のこなしで屋根を渡って彼女の前に着地する。……白い袋の中にはきっとサリーザが入っているのだろう……、子供とは言え、人間一人を担いで走る女の子に、手ぶらのアンジェリカが追いつけないはずもない。
オリヴィアも、アンジェリカと同様に赤いサンタクロースの衣装を身に付けていた。アンジェリカとは違ってミニスカートではなくパンツスタイルである。
本人の好みもあるだろうが、彼女が履いている足のサイズよりも一回りも大きいブーツに合わせたのだろう。
大きなブーツだが、踵が上げられた、ハイヒールである……、動きづらいはずだが、オリヴィアはそんな足の事情ながらも、子供を抱えて走っていた。
慣れたものだった――既にハイヒールを使いこなしている。
「――どうしてッッ、オリヴィアちゃん!!」
「……なに、分かってて追いかけたんじゃないの?」
分かっていた……、アンジェリカが信じる、頼れるお兄ちゃんの言う通りだった。
「アタシが担当する子供のお願いなのよ……『嫌です』とは言えないでしょう?」
「でも……ッ、だからって……ッッ」
アンジェリカは否定したかった。
だが、できないのだ。
どんな願いであれ、手段を選ばずに、依頼されたその『お願い』を叶えるのがサンタクロースである。
それがたとえ、人攫いになるのだとしても。
……たとえお願いの内容が『翼王族』だとしても。
サンタクロースであるオリヴィアは、拒否することができないのだ。
「……そう言えば、オリヴィアちゃんの担当地区は、王族が集まるところ、だったよね……?」
「そうよ。あなたにしてはよく覚えていたわね、偉い偉い」
えへへー、といつもなら頬が緩むアンジェリカだが、今はそのオリヴィアの褒め言葉(?)には反応しなかった。
……人間の王族が欲した翼王族。――連れていかれたサリーザがどんな目に遭うかなど、いくつもある前例が証明してしまっている……。
「王族の……? っ、じゃあ、サリーザはどうなるのっっ!?!?」
「言わないと分からないの? ……まあ、さあね、と言っておくわ」
オリヴィアは、『翼王族が欲しい』と言われただけで、その使い道については知らされていない。仮に聞いて、相手が答えてくれるとも思えないし、万が一に答えてくれたとして、それが正しいとも思えない。王族のすることなど理解したくもなかった。
「……ダメ…………っ」
「って、言われてもね……。アタシがこの子を攫いたいから、と言って攫ったわけじゃないのよ。分かる? 仕事なのよ、お・し・ご・と。
誰かに丸投げしたところでこの子が被害者になることは同じだし、アタシが仕事を放棄すれば、それはサンタクロースの信用に関わる……それは社長が望んだ、『翼王族の人権を得る』ことが遠のくことを意味しているでしょ?」
サンタクロースとデリバリー・エンジェル……、その社会的な利益と発展を王族が認めることで、翼王族が幸せに暮らせる社会の基盤ができる予定だ……、
たった一人のために、多数の翼王族を不幸にさせることはできない……分かってる。
なのに。
「……握り締めてるそれ、なにかしら」
アンジェリカは自覚がなかったが、スカートの内側、太ももに巻きつけていたポーチから、気づけばボールを取り出していた……、彼女の手の平に収まらないほどの大きさだ。
ボールにある突起物……、安全装置を外してそれを押せば、もう止められない――アンジェリカのプレゼンツが起動するはずだ。
つまり、
ボタン一つで、たった一人の翼王族のために動くことを意味する――。
「……サリーザだって、守るべき翼王族だよ……っ、それに! あの子はあたしが担当している優秀な子なの! お願いだって、まだ叶えてあげてない……っ!!
サンタクロースの信用を言うなら、あたしだって譲れないッ! サンタクロースは失敗しちゃいけないんだからっっ!!
……サリーザを奪い返して、あの子のお願いを――叶えるの! 相手がオリヴィアちゃんでも関係ないよ、あたしの邪魔をするならけんかしてでも、」
「なら、やりましょうよ。ここでこうして口で言い合っていても埒が明かないわ。いいじゃない、簡単で、分かりやすくて。
お互いにプレゼンツを持っているんだから――同期として一緒に研修も訓練もした仲よ、差はとんとん、ってところかしら。拮抗してる実力なら、どちらが有利で不利もないわよね?」
「え、オリヴィアちゃんの方が……」と、アンジェリカは謙遜ではなく、本来の実力差を指摘しようとしたが、弱気になるな、とあらためる。
……気持ちで負けていたら勝てるわけがない。
研修も、訓練の時も、確かに成績は同レベルだったが、なんとなく、違和感があったことは確かだ。……なんだか、オリヴィアはまだできそうな余力を残している気がして……。
まるで長距離走を、友達と並走したいからペースを落としているような……。
きっと。
オリヴィアは、見えている実力以上にまだまだできる。
「……あたしが勝てば、サリーザを返してもらうからね!」
「勝てたらね」
お互い、負けた時のことは考えない。
負けをイメージした方が、負けるのだ。
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