第17話 万能型プレゼンツ
「アンジェリカ。……犯人はサンタクロースだ。――サリーザを取り返すぞ。
たとえ相手の仕事が失敗しても構わない……、俺たちの仕事を優先する。
サリーザを救い出し、守るんだ、知り合いだろうと関係ねえよ――手加減は、なしだ」
「え、それってつまり……相手のサンタクロースと、戦うの!?」
「ああ。だが怖いのはサンタクロースではなく、トナカイなんだが……」
サンタクロースはヒーローだが、本質はアイドルであり、祀り上げられただけだ。持ち上げられてよく目立ってはいるが、敵対したところで脅威には感じない。
そう、脅威なのは彼女を持ち上げているトナカイの方だ……、
本物の戦士がそこにはいる。
元兵士がごろごろといる世界である。
戦争を体験した本物が、強化された武器『プレゼンツ』を利用して襲い掛かってくれば、平和を満喫していたジオには敵わないだろう……。
たとえ手元にプレゼンツがあったとしても、相手も同じことだ。
手元にある武器が同じなら、あとは経験がものを言う、強者が勝つ世界である。
それでも――。
諦める言い訳にはなっても、理由にはならない。
「アイニール、村のみんなを避難させておけ」
「え?」
「場合によっちゃあ、村が更地になるかもしれねえぞ」
ジオが育った施設付近の村は、特に畑を集めているため見晴らしが良い……、自然豊かで閑散とした場所であり、人が住めるようなところではないと思えるが……、ひとたび横の路地を抜けると、高さが同じ建物が並ぶ住宅地に出る。
ここも含めて『村』だが、農場を見た後だとガラリと変わる雰囲気に、まるで都市部へやってきたかと錯覚してしまう。
……都市部はもっと人通りが多く、高い建物が多いから、似ても似つかないのだが……。
せいぜい、こっちは二階が限度だった。
避難はまだ、完全に終えてはいないが、だらだらしているとターゲットを逃がしてしまうだろう。高い建物でもあれば見下ろして探すこともできたのだろうが、ないものねだりをしても仕方ない。屋根の上から見渡せば、異物が動いていればよく分かる。
ちなみに下の路地はアンジェリカが捜索している。
「避難警報と一緒に怪しい人物がいたら知らせてくれ、とも連絡済みだからな……、あえてそれを相手に聞かせたのは、こそこそと隠れることで足止めになるからだ――」
見つかることを覚悟で、大胆に屋根の上を逃げようとするならすぐに見つけられる。
見つかることを恐れてこそこそと建物を陰にしながらゆっくりと逃げるつもりなら、避難民の目とアンジェリカの嗅覚が相手を追い詰めるだろう。
どちらに転んでもいい――、
見つけさえしてしまえば、あとはジオがなんとかする……その自信がある。
屋根の上で。
ジオの前に立ち塞がったのは、見覚えがある男だった。
「……あんたか」
「邪魔をさせるわけにはいきません。私は彼女の『トナカイ』ですからね」
「それを言われたら俺もそうだぜ。あいつの『トナカイ』だ……。悪いが、初仕事の大事な依頼者をみすみす奪わせるわけにはいかねえな――オリバー=キッズ」
姿勢正しい、ぴしっとしたスーツを纏う初老の男性だ。
――オリバー=キッズ。覚えやすい名前である。
抱いた印象と名前でワンセットだ……、短期間であれば忘れにくい人物だろう。
「おや、覚えていましたか……彼女ではなく私に注目するとは、ひねくれ者ですか?」
「バカか。サンタクロースよりもトナカイに目を付けておくべきだ。キラキラ光る飾りに目を奪われて、鋭い牙を見逃していたら、すぐに噛みつかれるからな……。
オリヴィアなんかに意識を割いている余裕はねえ。あんたを優先して抑えておく。アンジェリカ一人きりだと不安だが、まあそこはなんとかしてくれるだろ」
サンタクロースとサンタクロースだ……、実力は拮抗するはず――。
……ただし、持っているプレゼンツの性能にもよるが。
「アンジェリカ様が不利でしょうね」
「……なに?」
「オリヴィアさんの特化型プレゼンツは、少し特殊なものでしてね――二つで一つなのです」
特化型プレゼンツとは、万能型プレゼンツとは違い、能力が一つだけ飛び抜けている武器のことを指す。
そして、使用すればその一発で、武器としての『形』を保てなくなるほどの威力を発揮するのだ。――使い切り。頑丈さが売りだ。何百、何千――いや何万と使用しても壊れないことを売りにしている万能型プレゼンツとは違う。
その分、耐久性と攻撃性では真逆の性能を持つ特化と万能だが――オリヴィアが持つプレゼンツは、特化型プレゼンツの飛び抜けたゆえの弊害を、多少は緩和させている。
さすがに克服はしていないが……、サンタクロース同士が衝突した場合、彼女の緩和された一面は、アンジェリカにとっては致命的な優位性だった。
「『キック・バック』というプレゼンツをご存じですか?」
「……いいや」
「職人と、その人物が製作を得意とする武器の傾向は把握しておいた方がいいですよ。気に入れば、似たような性能とスタイルの武器を一人の職人に頼むことができますからね……、お得意様はなにかと得をするものです」
「ああそうかい。その忠告、ありがたく受け取っておくぜ」
ジオが、服の内側に隠していたプレゼンツを手の内に忍ばせる。
万能型はシームレスに攻撃へ転じることができる。
手の中にさえあれば、いつでもどこでも使うことができるのだ。
特化型はやはり、パワーを溜めるためにも時間を要するのが、よく目立つネックである。
「ジオ様のプレゼンツも把握していますよ。万能型の中でも多岐に渡って利用できるロープですか。爪は、アタッチメントでしょうね……、付け替えることもできるはずですよ。
爪を意識させた上で、戦闘中にロープの先端を付け替えることで、別の攻撃ができるようになる……確かアタッチメントの種類もカタログには載っていましたね――」
「チッ」
「――手の内を探るのでは遅い。
戦闘前から手の内は把握しておくべきです」
先に仕掛けたのはジオだった。
振り回したロープに勢いをつけ、真下へ振り下ろす。
先端についている爪がオリバー=キッズを狙うが――当然、避けられる。ただ、これは避けさせるために振り下ろしたに過ぎず、当たるとは露ほども思っていなかった。
すかさず、ジオがロープを操る。
波打つロープはまるで蛇のように屋根を這い、後ずさるオリバーを追った。
「思ったよりも短いですね」
オリバーの指摘にジオが目を見張る。
思わず反応してしまったことで企みが完全に露見した……っ!
「射程の誤認ですか? 私でもまずは試すでしょうね。
ゆえに、奇策にはなり得ない。誰もが使う正攻法ですよ、警戒されて当然でしょう?」
「なら――存分に長さを活かしてやるよ!」
たわんだロープがジオの周囲を囲んだ……見えているロープの長さから、限界まで伸ばせばかなり遠くまで届くことが予想される。
想定以上の射程範囲に、いらない心配を抱かせることができれば儲けものだ。
「長いから良い、というものでもないですが……」
オリバーが冷静に。
「遠距離に届かせようと思えば、滞空時間が長くなりますからね。スピーディさが求められるこの時代の戦いには向かないプレゼンツと言えるでしょう……。ただ、そのプレゼンツはやはり戦闘向きではないですから、デメリットとは考えていませんよ」
ジオが想像する使い方は、オリバーも思いついていると考えるべきだ。
……想像の上をいかなければ、死地を何度も潜り抜けてきた彼には敵わない……。
「っ、下に降りたか」
わざわざ戦いにくい路地へ降りるとは……。しかしジオからすれば好都合だ。ジオからしても戦いづらくはあるが、ロープを張り巡らせ、動きを止めることに特化すれば、これ以上にない優位に働く地形である。
オリバーの後を追って地面に降りたジオはロープを動かし――たところで、
「おぶッ!?!?」
顎から脳へ衝撃が抜けた。
……真下から、なにかが飛んできて――。
飛んできたそれは近くの地面を転がっている……、黒い、球だ……、ボール。
一瞬、意識を持っていかれたが、すぐに取り戻したところを見ると、そこまで硬くはないのだろう……、患部から血は出ていないし、傷もない……。
衝撃が強かったから勘違いしたが、あの球が持つ威力はそこまでではないのだろう……。
あれは……ゴムボールか……?
拾ってみれば、やはりゴムボールだった。
真下から飛んできたのは、地面から出てきたのではなく、別の角度から地面に向けて飛んできたボールが反射して、ジオの顎を撃ち抜いたのだ――理解した。
だからこそ真下から敵意も殺意も感じなかったのだ。
感じたとすれば、別の場所だった。
「次は容赦なく意識を奪いましょう――ジオ様」
「それが、お前のプレゼンツか……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます