第14話 地元にアンジェリカ
赤くて短いスカートと、お腹を出した大胆な衣装を身に付けたサンタクロース――アンジェリカが、担当地区であり、故郷である村へ帰ってきた。
仕事とは言え気持ち的には帰省に近い。
同時に、同行しているジオも半年ぶりである……、育ての親である先生の死に目に顔を出しただけで、それ以降は仕事の関係もあって、ぱったりといかなくなっていた。
こういう機会がなければ帰らなかったかもしれないが――共同生活を送っているアンジェリカが引っ張り出してくるだろうことは想像できるので、結果的に顔は出していたかもしれない。
……アンジェリカと一緒に住んでいることを、アイニールはどう思うだろうか……。
意外となんとも思わなかったりするのだろうか。
特に生活難ではないのだが、村で獲れた野菜や果物を送ってきそうではある。
……アイニールは親と言うより、おばあちゃんである。面倒見の良さは先生以上だった。
「帰っ、てっ、きた――――っっ!!」
子供の目に毒なので、お腹や腕の露出は多いものの、胸はしまっている……ただ、しまってはいてもアンジェリカの大きさは服の上からでも毒である。
いっそのこと、上着でも羽織った方がいいだろう……。普段から、歩けば視線を集める彼女である、思春期の男子が多いこの村でその格好は不安だ……。
久しぶりの帰省ではしゃぐアンジェリカを横目に、ジオが釘を刺しておく。
「なにしにきたのか分かってるよな? 目的を忘れるなよ」
「うん。成績一位の子の、『お願い』を聞きにきたんだよね――分かってるよー」
サンタクロースらしく言えば、『欲しいもの』だが。
分かっているならいいが……、興味が逸れたらすぐに忘れそうだ……。
そういう時のためのトナカイであるのだが、サンタクロースとしての仕事の全てを丸投げされても困るというものだ。
トナカイはあくまでもアシストであり、決定打は決められないのだから。
表舞台に立ち、子供に希望を『与える』ことができるのは、サンタクロースだけである。
たとえ同じ結果を残せたとしても、トナカイでは意味がない――。
アンジェリカであり、サンタクロースでなければ。
結果に力は宿らない。
「成績一位はどの子かなー」
「結果は分かってるよ……、ほれ、社長から貰ってる」
封筒から三つ折りの紙を取り出して開くと、そこには一人の名前があった。
『サリーザ』――。
今年の成績一位は、翼王族のサリーザである。
そう、彼女の願いを、どんな方法でもいいから叶える――、
それが今年の、サンタクロース/アンジェリカの仕事である。
よく目立つアンジェリカ(……真っ赤なサンタクロースの衣装を着ていなくとも、きっとアンジェリカだとばれていただろう)に、村の子供たちが集まってくる。
土地柄なのか、村には土竜族が多かった。
『土』竜と呼ばれているのは、彼ら一族は元々地中に住んでいたからだ……、なので自然が豊かなこの村は、人間よりも土竜族の方が好んでいる環境だ。
必然的に、土竜族が多くなるのは仕方ないだろう……。
反面、翼王族は一人だけだ。
翼王族自体が珍しいのもあるが、彼女たちはこんな辺境の村ではなく、美しい都市を好む。
土や虫で体が汚れることを嫌うためである。
根っからの王様気質なところは、人間の王族と変わらない。
ただ、村にいる唯一の翼王族であるサリーザは、そういう毛嫌いはしていないらしい。
土で手や膝を汚すし、虫を手で掴めるようにもなっていた。
最初こそ、悲鳴を上げて上から物を言っていたらしいが……、今では殺さず自然に返すことを徹底している。住めば都、なのかもしれない。
「ただいま、みんなっ」
集まってきた子供たちは各々、遊び道具を持っていた。
アンジェリカを誘うつもりらしい。そしてアンジェリカも、遊ぶ気満々である……、
「あのな……」と注意をしようとしたジオだが、遠目に見えたアイニールが、ちょいちょいと手招きをしているので「……少しだけならいいか」とアンジェリカを泳がすことにした。
子供たちの注意を引き付けておいてくれるなら、それはそれで楽である。
彼女に監督の素質はないが、同じ目線に立って考えるリーダー気質はある。
今はその才能を頼り、ジオとアイニール、大人の話し合いをする時間を貰うことにしよう。
「おかえりなさい、ジオお兄さん」
「おう。半年ぶり――」
「そうですね、一切の連絡もしてくれなかったから――半年ぶりですね」
……ちょっと怒ってるアイニールである。
連絡をしなかったのは面倒だったこともあり、だから全面的にジオが悪いのだが……、そもそも逐一連絡を取るような仲でもないだろう?
本当の家族でも毎日毎日、生存確認の連絡を入れるわけでもないと思う……、早々に話す内容がなくなるだろう。
「私が、お兄さんの声を聞きたいだけなんです、連絡するくらい手間じゃないでしょ……」
「まあ、そうなんだが……、アンジェリカは連絡をしているのか?」
「してくれますよ。
毎日ではありませんけど……それでも一週間に一回は必ず。お兄さんとは違って」
……意外と根に持つタイプである。
……意外と? 考えてみればイメージ通りだった。
「ところで」
と、連絡をしなかったことを咎める流れだったのが途切れ、話題が変わった。
不穏な空気のアイニールから切り出された話題は、もちろん、例のことだ。……聞かずに帰ることはできそうにないだろう、とは思っていたので、落ち着いてはいるが……。
それでもアイニールの声色にはゾッとした。
「アンジェリカと同棲中なんだね」
「同棲中って言うな。……仕事のパートナーなんだ、一緒に住んでいた方がなにかと都合が良いんだよ。食費も浮くしな……」
「ふうん」
と、アイニールは納得はしたようだが……納得しただけだ。
仕事のパートナー、食費を浮かすため……その他諸々の同居した方がいい理由を並べ、別居する理由の方がないと分かっていながらも、気持ち的に愉快ではない。
単純な私情で『嫌』、ということをジオに見せているわけだ……、分かりやすい嫉妬だが、だとしたらどうすればいい?
アイニールから同居をやめてくれと言われて、仮にやめたところでじゃあアイニール側にジオがついているわけじゃない。
アンジェリカと同様、希望を与えることは相手にとっては酷なことだろう。
(自分で言いたくはねえが、モテてるよな……。まあガキの頃の『大人のお兄さんへの憧れ』が未だに消えてねえだけだろうが……)
見ている世界が広がれば、ジオに執着することもないだろう。
アンジェリカは既に広がった世界を見ているので、早い内にジオ以外に目を向けるだろうが……、しかしアイニールはと言えば、村から出ず、施設の育ての先生として子供たちの面倒を見ていれば、世界が広がることはない。いつまでも、ジオを追うばかりになってしまう……。
なんとかしなければ。
施設のことがあるから長期間の遠出は無理だが、旅行くらいはいかせてやるべきかもしれない……。外の世界や、同世代の男性をちゃんと見るべきだ。
責任感だけ異常に強くなってしまった彼女には特に。
ジオ以外の、甘えられる『誰か』を作るべきである。
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