第15話 準備は整った!

「アイニール」

「なんですか」


 むすっとしたアイニールは、やはりまだ子供である。

 体が成長しても、ジオからすれば先生の陰に隠れているあの女の子であり……。


「そうむくれるな。長くは続かねえよ――アンジェリカは、大物になるんだからな」


 ぽんぽん、と頭を撫でる。

 すると、アイニールから漏れ出ていた陰気のオーラが、すう、と消えていき……。

 彼女の表情に日が差したように、表情に明るさが出た。


「アンジェリカなら、もちろんそうなるだろうね」


 子供たちに人気のアンジェリカを見る。

 特別、なにかをしたわけではない。

 だけどそこにいるだけで子供たちの興味を引き、親近感を抱かせ、好かれる才能――。


 どんな性格の子供でも輪に混ぜてしまう彼女の性質は、戦争を止めることができるのではないか。そう思ってしまうほどに、アンジェリカの笑顔は苦しいことを忘れさせてくれるのだ。


 村の子供たちでこれなのだ。もっともっと、アンジェリカの良さが伝われば、きっと国全体が彼女のファンになるだろう……。

 サンタクロースという、ヒーローと呼ばれる枠組みを越えて、アンジェリカという個人が組織と同等の力を持つ日がくるかもしれない。


 そうなれば、アンジェリカはジオの傍にいられない。

 本人がどう思っていようとも――世界がそれを許さないだろう。


 だから、というわけではないが。

 アンジェリカと一緒にいられるのも、あと少しか。


 彼女に好意を向けられるのも、今だけだ。


「少なくとも、アンジェリカとどうこうなるわけねえよ――年齢差じゃねえぞ? その差に抵抗がないわけじゃないが、それで突き離すほど、なにも見えていないわけじゃない。

 ただ……、俺が見てるのは一人だ。アンジェリカでも、お前でもない――」


 それは、アイニールに向けたフォローでありながらも、とどめの言葉ではあったが――アイニールはほっと安堵したように「そうですか」と言った。


「ああ。……連絡、ひと月に一回くらいはするように努力する。忘れたらすまん」


「お兄さん、多忙でしょ? 無理に連絡しなくてもいいから――」


「いや、する。するってことにしておかねえと、ずるずるとだらけちまうからな」


 その通りだと思ったらしく、アイニールがくす、と笑って。


「はい。待ってますからね」


 一生、とでもついてきそうな重たい印象を受けたが、つつかないでおいた。

 先生役は、やはり疲れるのだろうか……?

 彼女らしさが発揮される分野でないのは確かだが、子供嫌いではないだろうし――。


 嫌いでなくとも、責任を負いたいわけではない――か。


 子供の成長、未来。

 支え切れない重荷。


 しかし現状、アイニールにしかできない役目である。


「……もう子供じゃないから、願うこともできないからな……」


 サンタクロースは、子供だけのヒーローである。




 アンジェリカに集まる子供の輪。

 村の子供たちが彼女に群がり、大きなコミュニティを作り上げている……、

 だが、その輪に入れない子供が一人だけ――いた。


 風が吹けば白い羽根が舞う。

 すぐに抜け落ちてしまうのはストレスのせいなのか。


「サリーザ」

「……なによ。輪に混ざらないで帰ろうとするわたしを糾弾するの?」


 輪から遠ざかろうとする姿が見えたので、ジオが呼び止めたのだ。

 ……今に始まったことではない。だから放っておいても良かったのだが、一週間後はサリーザの願いが叶う日である。

 サンタクロースがくれる、一年に一度のプレゼント――。


「お前も混ざってくればいいだろ。アンジェリカは誰だろうと種族構わず輪に混ぜちまう。今まで見てきたなら分かるだろ?

 翼王族だろうと土竜族だろうと人間だろうと、あいつの手にかかれば関係ない――輪からはみ出すことの方が難しいだろうな」


 それでも輪から出る者はいる……、それは自分の意思で出た者だ。

 アンジェリカは誰でも引き寄せてしまうが、遠ざかる者を無理やり引っ張ることはしない……、無理強いはしないことを徹底している。

 楽しいことをしようと誘っているのに、本人にとってつまらないことになるなら本末転倒だ、それを本能的に感じているのだろう……。


 サリーザが輪に混ざれないのは、翼王族だから――ではないのかもしれない。

 理由の一端にはあるだろうが、中心ではない。

 彼女が本気で輪に混ざりたければ、アンジェリカが黙っていないからだ。


 それでも孤立しているサリーザは、だから別の理由がある――、彼女自身が、避けている。


 輪に混ざることを、拒絶している……。


「翼王族であることを最も劣等に感じているのは、お前か、サリーザ」


 翼王族は異物だ、輪の中にいてはいけないものだ、悪影響だ――そう強く思っているのは他でもない本人だった。


 最も翼王族を嫌い、差別しているのは、サリーザ自身で……。


 混ざるべきじゃない。そう勝手に決めつけて自ら嫌われにいっている。


 本音を殺して。


 村の嫌われ者になることを望んでいる――それでも。


「成績一位を勝ち取ったのは、迷いがあるからか?」

「……やめて」


「一位を獲れた時、少しだけなら捨てた『それ』を望んでもいいんじゃないかって、自分で自分を許したのか? サリーザ」


「もう、言わないでいいから、その口を止めなさ、」


「いいや、言うぜ。ガキが気を遣っていっちょ前にがまんしてんじゃねえぞ。村のガキ共はお前に気を遣って差別『してやってんだ』……、最初こそ風潮に流されたが、時間が経てばお前という翼王族の女の子を見るようになる。

 種族で差別をするような、人を見極めることもできねえバカだと思ったのかよ――なめるなよ。俺の後輩を見下してんじゃねえぞ。

 アンジェリカとアイニールがいながら、本気で差別するとでも思ったのか?」


「………………え?」


 サリーザは差別され、村の中で毛嫌いされていたが――それは表向き、だ。

 だって彼女がそう望んでいたから。……村の子供たちはそれを受け入れた。きっとこの差別がサリーザの警戒心を解くためのワンクッションになることを信じて。


 もしも本当に差別やいじめが横行していたなら、まだ村にいた時、アンジェリカやアイニールが対応していたはずだ。

 そして長引くことじゃない。


 世間では深く根付いた問題だが、村一つという単位で見れば解決は難しくはない。

 閉鎖的な空間が独自のルールを生み出している。

 世間体も風潮も、この村ではすぐに塗り替えることができる。


 そして、アンジェリカが動けば解決できない問題ではない。


 今でもまだ問題が長引いているのは、アンジェリカも黙認している証拠である。

 サリーザが警戒を解き、本音で歩み寄ってくれるまで、この差別は続く――逆に言えば。


 サリーザが本心で、「友達になってほしい――わたしも混ぜてほしい!」と言えば、たったそれだけ、その一言だけで、意識はひっくり返る。


 もうみな、受け入れる準備は整っているのだ。


 あとはサリーザ次第。


 彼女が素直になれるか、どうかである。


「……だから楽な仕事なんだよ、アンジェリカにとってはな」


 サンタクロースとしての初仕事は、ほとんどが終わっているようなものだった。


 あとはゴーサインが出るだけ……なのだが。


「…………友達なんかいらない――必要ないッ!!」


「サリーザ」


「うるさいのよ、あんた。

 ……人間ごときが、翼王族であるわたしに、偉そうに物を言うなぁっっ!!」


 翼が広がる。

 今までよりも大きく見えるのは、威嚇のためか。


 だが、苦しそうな表情は、いくら翼を大きく見せてもその背中を小さく見せてしまっている……、突き離したけど、でも見捨てられたくはない……そんな本音が顔を覗かせていた。


 彼女に自覚がなくとも。

 顔を見れば分かる程度には崩れているのだから。


 下唇を噛んだサリーザが、ジオに背を向け、アンジェリカとその輪にいる子供たちを吹っ切って、その場から立ち去った。

 説得は失敗の終わったが……今のところは、だ。


 崩せない牙城ではなかった。

 あと少し……、そのひびをどうにかしてこじ開けることができれば。


 サリーザはきっと、認めるはずだろう。


「ジオくん」

「ん?」


「サリーザのお願い……聞き届けたよ」


「あいつ、お前にはこそっと言ったのか?」


 隣に立つアンジェリカが首を左右に振った。


「言われてないけど……見てれば分かるじゃん」



『友達の輪に混ざりたい』



 その願いを秘めたサリーザが、その願いを認めるかどうか。


 期日までの一週間で、彼女を説得する――アンジェリカのデビュー戦が、開幕する。

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