第13話 アンジェリカvsオリヴィア
腰を捻って、自由が利く片足をオリバーへ叩き込むが……、片足同様、手の平で、ぱし、と受け止められてしまう。
今のオリヴィアは両足を掴まれ、逆さまで、宙吊りである。
「うぐっ!? ……トナカイのくせに、ご主人に逆らう気!?」
「いえ。反抗ではなく、ご主人様のためを思って言っているのです……そうですね――言っても治らないのであれば、その足、斬り落としてしまいましょうか……」
冗談めかして言っているものの、聞かされたオリヴィアの怯えようは無視できないものだった。ジオから見れば、オリバーの表情は窺えない……。口調の印象とは違い、対面している(逆さまだが)オリヴィアは、オリバーの本気を感じ取ったのかもしれない……。
「……俺は怒ってねえぞ。……そもそも失言をしたのはうちのバカだからな。お互い様、ってところでどうだろう? その子の足を斬り落とすほどのことじゃない」
「もちろん、冗談ですよ。冗談ではありますが……、冗談であることを悟らせない教育の仕方もあるのです――。
さておき、すみませんね、うちの足癖が悪いサンタクロースが無礼をしてしまいまして。お互い様、と言って頂けるのであれば助かります。
私も、アンジェリカ様の失言には怒っていませんよ……自覚がありますから。それに、これまでに何度も指摘されたことでもあります」
苦労しているんだな、と勝手なことを思うジオだ。
老人なのにキッズ、という名が似合わないのはそうだが、彼もずっと老人だったわけではない。子供の頃にキッズという名を持っていたのであれば、これ以上ない覚えやすい名だっただろう……。甘い汁を吸っている時期もあったのだ、これが苦汁に変わることは、オリバーも自覚があったはず――。
この程度のことに苛立つほどに、彼は器量が狭いわけでもない。
「コミュニケーションが取りやすいのであれば、感謝こそすれ、疎ましく思うことはありません。歳を取ると若者と喋る内容にも困ってしまいますから」
「あんたがそう言うなら……助かるけど……」
ちら、とアンジェリカを見ると……「にぃ」とにやけていた。
ほれみたことか、と言ったような表情だったので、「だとしても失言に変わりない」ことを自覚させるために軽く小突いておいた。
「……で、いつまで宙吊りなんだ?」
「おっと」と、いま思い出したと言わんばかりにオリバーが手を離した。
「ちょっ!?」――当然ながら、虚を突かれたオリヴィアは意識していなかったので、額から床に落ちることになり――首が結構危ない感じに折れたように見えたが大丈夫なのだろうか……?
「アタシはサンタクロースよ!? なのになんなのこの扱い!!」
「サンタクロースって偉いのか?」
ジオが聞けば、机に肘をついて傍観していたネムランドが答えた。
「ん? まあトナカイよりは……かな。
表舞台に立つのは決まってサンタクロースだしね。土竜族から買ったプレゼンツも、決定打を撃てる特化型は、サンタクロースにしか渡さないし……。トナカイはサンタクロースが必殺を撃つまでのアシストだからね、立場で言えば、弱くなるのは決まっているよ――」
ただ、そうは言っても。
「……サンタクロース、という立場を利用して威張るのは違うと思うけどね――オリヴィア嬢?」
「う……いやでも、それにしたって彼のアタシへの扱いは雑過ぎるのよ!!」
「そうですか?」
オリバーは肩をすくめた。当事者の態度とは思えない。
「そうなの!!」
「意識して直し……検討しましょう」
「分かればいいのよ」
オリヴィアは気づいてなさそうだが、直す、ではなく検討することを決めただけだ。
考えた結果、態度をあらためない場合もあるわけで……。
素直に直すオリバーではないだろう。
そのあたりは、オリバーとオリヴィアの事情である。
「首を突っ込む必要もねえわけだし……」
なんだかんだ、コンビとしてのバランスは良いのだろう。
「じゃあアンジェリカ、用も済んだし、アタシたちはいくから」
「うん、またね、オリヴィアちゃん」
手を振って見送ろうとしたアンジェリカに、オリヴィアが噛みついた。
「もうちょっと寂しそうにするとか別れを惜しむとかないの!?
やっと帰るのね、みたいな! 肩の荷が下りたほっとした表情を見せないでよ!!」
「そんなつもりないんだけど……」
詰め寄るオリヴィアにアンジェリカが引いている……、皮肉にもオリヴィアが指摘した部分は、彼女のその言動によって生み出されたと言ってもいい……。
今のアンジェリカは、不満が多いオリヴィアに辟易している様子だった。
「じゃあ……『いっちゃやだよー、さびしいよおりびあちゃーん』――みたいな?」
「棒読みだけどまあいいわ」
いいんだ……、と、遠い目をするアンジェリカ。
押され気味のアンジェリカを見るのは初めてだった。普段から、なにかと主導権を握りたがるのだが、オリヴィア相手だと握ろうとしていないのか、それとも握ろうとして握れないのか――もしかしてアンジェリカからすると、オリヴィアは苦手……?
嫌いでないことは分かるが。
「アンジェリカの担当地区はどこなの?」
「え? あ、地元だよ。田舎の方なんだけどね――」
「そう。アタシは王族がいる地区よ――アタシの勝ちね」
「担当地区に勝ちも負けもないぞ、オリヴィア隊員」
ネムランドの指摘に、張った胸をすぐに引っ込めたオリヴィア……。
こんなことでマウントを取るつもりだったのか……?
「王族がいる地区なんだ……大変そうだね……」
「まあ、そうね……田舎の子供は大抵、お金で解決できるような願いごとをするでしょうけど、王族となるとお金で解決できないことを願うものだから……想像がつかないわ」
どんな願いでも叶える――。
今になって、その謳い文句が首を絞める鎖になっている。
枷になっていないだけまだマシだが……、少なくとも叶えられない願いはない。
手段を選ばなければ叶えられる……その程度の願いごとしか、人間は想像できないのだ。
「半年、みっちりと訓練したわけだし――オリバーもいるわ、なんとかなるでしょ」
「こっちだってジオくんがいるし! 失敗なんかしないよ!」
「なら、勝負する? どちらがより、子供を満足させられるか」
「いいよ。ただ願いを叶えるだけじゃなく、よりその子の理想に合わせて叶えるってことだよね? ……いいよ、ベストサンタクロース賞はあたしとジオくんのものだから!」
「……そんな賞、あったっけ?」
「ないぞ。でも……、子供たちからサンタクロースへの人気と反響を評価して、対象のサンタに賞を与えるのもいいかもな。考えておくよ」
アンジェリカの思いつきに、ネムランドがすぐに食いついた。
賞、というのだから、賞品があるのかもしれない……。
まさかとは思うが、その賞は子供たち同様に『なんでもあり』じゃないよな……?
サンタクロースを対象にするなら、彼女の賞品を調達するのはトナカイの役目になる。
本当に、最初から最後まで、表舞台には立たない陰の功労者だ……。
「ジオくん、聞いてた!? ――賞品はあたしたちのものだよ!!」
「遠くばかりを見て目先のことを蔑ろにするなよ? まずは子供のお願いごとを叶えることだけを考えろ。叶えることができませんでした、はあり得ないんだからな――」
失敗はできない。
どんな願いでも叶えると言ってしまっているのだから、その事実は覆せない。
失敗すれば、会社の評価は落ち、ネムランドの信用に関わる。
翼王族の人権獲得が、今よりももっと遠のくことになる……。
だから競争をするのはいいが、対立するのは違う。協力だ――、競争はあくまでもスキルを育てるために使うべきであり、同じ仲間でありながら対立はするべきではない。
アンジェリカもオリヴィアも、ライバルであって敵ではないので、そこのところは弁えているだろうが……。
「…………」
オリヴィアが担当する、王族が住む地区――その成績上位者は、さて、なにを望む?
サンタクロースはそれぞれの地区に割り振られ、独立して活動している……、そのためサンタクロース二人がここでいくらいがみ合ったところで、実際に衝突することはないのだが――。
しかし、ゼロではない。
願いによっては。
サンタクロースが本気で衝突するケースも、あり得る。
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