第4話 追われる者
私は二階で動けずにいた。
男が三階から移動するまでのあいだ、部屋の中で待機するしかない。
この部屋の薄気味悪さの正体は、感じたことの無い違和感。まるで本来の形とは違うような…そんな感覚。
(使われていた一室だよね……クローゼットの中は何も入っていなかったけど)
私やあいつがこれだけ移動しているのに、誰一人として出会わない。もしかして…この館には誰もいないのかも。
で、でも…館に入る時に扉は勝手に開いた。
(まさか、幽霊屋敷…)
今更ここに入ってしまったことに、少し後悔する。
……ううん、今はあいつに捕まらない事だけを考えよう。
耳は階段の方に意識しながら、何気なく辺りを見渡してみる。薄暗い事も相まって不明という違和感が不気味さへと変わっていく。早くここから出たい。
その時、タンスの下に何かが落ちている事に気がついた。
ゆっくりと近づいて手に取る。
「鍵だ…!」
出られるかと思ったものの、鍵には小さく208と表記されていた。出口の鍵では無かった。
私はがっくりと肩を落とす。
けど、このままここで待っていても埒が明かない。
私はなけなしの勇気をだして、208を探すことに。
ゆっくりと扉を開けて、男がいないことを確認する。一番端の208までは、こうしてみると距離があるように見える。廊下の途中には隠れられる場所はない。
私は少し早足になって廊下を進んだ。
何度か振り返ったものの、あいつが二階に来ることも無く208に辿り着いた。持っていた鍵を鍵穴に差し込み、慎重に扉を押し込む。
開いた部屋の中を覗く。
普通の部屋……とは違った。
「……扉?」
その部屋には、床に取り付けられた金属の扉。
それ以外には部屋の角に一つの小さな机だけ。
案の定、そこには鍵が置かれていた。
「こっちも開かない……よね」
床の扉にも鍵穴のような場所がある。
目立つ明るい金色。
試しに机の上の鍵を鍵穴に差し込んでみる。
しかし、鍵が違えば当然開くはずが無い。
扉に付いていた取っ手を掴み持ち上げてみてもびくともしない。
私は仕方なく鍵を手に取る。
『主の部屋』
そう書かれた鍵。
(主の部屋……?そんな部屋、見てない)
私が行ってないのは三階だけ。
あれがいるから。
降りてくるのを待つしかない。
私は部屋を出て、男が移動するのを確認するため元の部屋に戻る。足音を立てないよう、ゆっくりと。
あまりに静かで、心臓がドクドクと音を立てているのがよく聞こえる。
階段近くまで戻ってきた時。
ギシ……ギシ…ギシ。
しっかりと地面を踏みしめる音。
あ、あいつが降りてきたっ。隠れないと…。
あの部屋に戻るしかない。
足音が近づく中、私は何とか部屋の前まで移動した。音はすぐ横まで来ている。
恐らく同じ階にいる。
「……………」
……ギシ…ギシ。
「………」
あいつは二階には来ず、そのまま一階へと降りていった。何か見つけたのだろうか。
いや。そんな事よりも今がチャンス。
かなり長い間三階にいたあいつがすぐに戻ってくるとは考えにくい。
今しかない。
私はあいつと入れ替わるように三階へと移動する。
決して足音を立てないように。
階段を上り切ると、ほかの階とは明らかに少ない扉の数を目にした。この中のどれかが『主の部屋』。
まずは私が隠れていた時に音がした部屋を開けてみる。扉を押し込むとすんなり開く。
「……倉…庫?」
物置とも思える部屋は、どうやらあいつがしっかりしらべたよう。開けた形跡のある綺麗なクローゼットに、音の原因でありそうな倒れている棚。
…ここには何も無いはず。
扉を閉め、次の部屋に移る。
「ここ…かも」
隣の部屋の表示には、子供のような字で『ある…の…や』
薄く汚れていて全部は読めないけれど、多分平仮名で主の部屋と書かれている。
持ってきた鍵を鍵穴に差し込むと、予想通りピッタリと合った。そのまま左に捻ると、ガチャと言う音がして扉が開けられるようになった。
ゆっくりと押して恐る恐る中へと入る。
「す、すみません……」
無意識にそう口にした。
もちろん中には誰もいない。
その部屋は名前にふさわしい内装で、左右にびっしりと並べられた本棚に、中央にはテーブルとソファ。
その奥には横長で偉い人が座っていそうな大きな机と椅子がある。
私はその机に、淡く光る何かが落ちているのを見つけた。近づいて行くとそれが金色の鍵である事が分かった。
どこの鍵だかは分からない。
しかし、私は何の表示もない鍵の使い所を知っていた。
(多分あそこ…の鍵)
手に取ったそれは金属でできていて、それなりの重さを感じられる。ひんやりと冷たい感触。
ポケットにしまってすぐに移動しようと引き返…
「ここが主の部屋なのか?開いてる…?まさか?!」
そうとして、聞こえた声に心臓が跳ね上がった。
走る足音。ここは行き止まり。
ど、どこか隠れられる場所はっ。
『扉の後ろ……逃げたら例の部屋まで』
「ひゃっ」
突然耳元…いや、頭の中に響くように聞こえた声。
今まで聞いたことの無いはずの声。
けれど知っている感覚。
私はその声に従うように、開いた扉の後ろに隠れる。
ガタッ。
「そこにいるのかっ!」
扉を壊さん勢いで入ってきたあれ。
「いない…?隠れたのか」
男は躊躇いなく部屋に入り、真っ先に奥の机に近づいていく。
『まだだ、もう少し』
継続的に頭に響く何者かの声。
男がしゃがみこみ机を覗く。その瞬間。
『今だよ。あの部屋まで走って』
「っ!!」
「なっ?!そんなとこにっ」
素早く移動したものの、あいつに見つかった。
頭の声の部屋が何処なのか分からない。
けれど何故か身体は分かっているように、一直線に例の部屋へ向かっていく。
二階の、端の部屋。
あの、下への扉がある部屋へ……。
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