Episode24:先手必勝

 六人はクロムを先頭、中央にペポを配置し、即戦闘と即離脱を可能にして、冷気が漂う洞窟の奥地へと足を運んだ。足場は岩が重なり合い不安定な状態が広がっており、道中には動かない被疫獣が数多く存在した。そんな時、カリベルがある提案をクロムへと持ち掛けた。


「この動かない被疫獣の血肉の一部を持ち帰ることはできないですかね。今、自分とアーシャさんで被疫獣の研究をしているので、持ち帰ることができれば、今回の異常事態の原因を探れるかもしれないんです」


「血肉を採取するのなら帰路で行うべきじゃないか。確かに原因を探れるかもしれないが、最奥を調査できていない状態で、いつ動き出すか分からない被疫獣たちに接触するのは、かなりのリスクだ」


 カリベルはクロムの言葉に深く了承しながら足を前へと進めた。だが、表情はどこか寂しそうであった。それもそのはずで、カリベルは普段から都市の研究室に一日中籠り続ける、言わば研究オタクという一面もあるのだ。すなわち、カリベルにとって今は好物を前に待てをされているような状態なのである。それからも、動かぬ被疫獣はクロムたちの前に現れれば通り過ぎるということが続いた。その回数が重なれば重なるほどに、カリベルの表情は寂しそうな顔から、目の前の研究対象をお預けされることに、歯を食いしばりながら耐えるような顔になっていた。それに気が付いたペポはカリベルへとそっと一声を掛ける。


「大丈夫か…?すごい辛そうな顔になってるけど……」


「だ…だい……じょう…ぶです。自分の私情で皆さんを危険に及ぼすわけにはいきませんので」


 だが、洞窟の奥地へと進んでいくにつれて、カリベルを嘲笑うかのように、動きを止めて待機している被疫獣は増える一方であった。その被疫獣たちはまるで誰かに整列させられたかのように通路の両端に背を付けて、ジッとこちらを覗き込んでいた。そんな光景が長く続いていた時、先頭を歩くクロムの足が前置きもなく止まった。一同にその瞬間、ズッシリと重い緊張感が降りかかる。そして、クロムは振り返ることもなく、皆に聞こえるギリギリの声で指示を出した。


「全方位警戒。根源と思えるモノがこの先にある」


 そう伝えると、クロムは再びゆっくりと前進する。先までとの違いは、腰の刀を抜き切り、完全戦闘態勢であることである。その姿を見て、真っ先に戦闘態勢に入ったのはシュリファとキュリスであった。巨大で歪な十字架と磨かれた大剣が軽く手に握りこまれる。遅れて後の三人が震える自らの手を止めるように武器を力みながら握り込む。


 前へと一歩足を運ぶごとに、自分の鼓動が早くなることが分かる。あの3覚醒者たちは随分と力が抜けているようにも見える。カリベルとラノアはどうだろうか?と同じで、こんなにも前に進むことさえ怖いのだろうか?結局、決戦の前にした決意は、いつもと同じように、土壇場の恐怖に飲み込まれてしまう。頭の中で「死にたくない」よりも「死なせたくない」という言葉が大きくなっていく。


 そんな中途半端な状態で俺は目撃する。洞窟内とは思えないほどの大きな広場のような空間。その中心のを囲むように大量の被疫獣が動きを止め、下を向いている。それは、まるで中心にあるへと服従しているようにも見えた。そのあまりに奇妙な状況に、一歩後ろへと足が勝手に下がってしまった。俺以外の5人はその死骸へとゆっくりと距離を詰めた。それを見た瞬間、俺の中のとてつもなく嫌な予感が、恐怖や決意すらもすべて消し去って、背中を強く押した。


「何か嫌な予感が――――――――」


 手を伸ばした先に居た5人は俺の視界から唐突に姿を消した。皆んなはどこ行ったんだ?何かの罠に掛かったか?いや、違う。姿を消したのは俺の方だ。横腹を強く殴られた感覚が身体全体の動きを鈍らせる。そして、地鳴りのような足音が周りの空洞から流れ込んでくるのが聞こえてきた。


 ああ、なんで一瞬、皆から離れた………。俺は皆の命綱なんだぞ。いやだ。いやだ。いやだ。いやだ。俺のせいで皆が死ぬなんて――――。死なせたくない。死なせたくない。死なせたくない。身体を動かせ。こんなところで倒れてる場合じゃない。這いつくばってでも――――――――


 視線を上に上げた時、俺はすでに被疫獣に完全に囲みこまれていた。怪力で腕を握られ、反対側からは足を握られた。


「ああああああああああああいやだああああああああああ!!!!!!!」


 体の中心から左右へと肉が裂かれる痛みが叫びの声をより大きなものにする。


「ペポくん!!」


 ぺポの叫びを切り裂くように、その声が聞こえた瞬間、ペポの握られた手足は解放される。そして、ペポの身体はシュリファに受け止められる形で被疫獣たちから囲まれた状態を脱した。シュリファはペポを抱えたまま、大きく上へ跳び、戦況を確認する。


「これは最悪の状況ですね――――」


 大きな広場だった場所は、まるでダムが崩壊したかのように、被疫獣たちの波で溢れ返っていた――――――――



・・・・・・・・・・・・・・・



 洞窟内の戦況が過酷を極める中、時はクロムたちが洞窟内へと潜入する一日前へと遡る。


「先手ひっ……必勝だぁあぁあぁぁ」


 洞窟を既に離れていたは、大きな揺れと共に、都市へと手を伸ばしていた――――――――

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