Episode23:三人の覚醒者たち

 異常な光景を目撃したキュリスは荷物をまとめ、郊外から都市へと駆け走った。都市へ到着する頃には時刻は正午を過ぎており、太陽が無差別に身体を突き刺してくる。そんな中、都市から少し離れた砂漠地帯に人影が見えた。


「クロムならもうこの異変に気が付いてると思ったよ!」


「キュリスさん、北側の郊外で何があった?」


「俺も詳しいことは分からんが、突然、化け物どもの大移動が始まった」


「なるほど、そっちも都市周辺の被疫獣トキシッドたちと同様みたいだな」


「やっぱりか…… こっちに帰ってくる途中に何匹かとすれ違ったんだよな。でも、変だったんだよな、あの化け物たち……」


「変?何がだ?」


「どの化け物も俺を襲ってこなかったんだ。というより、俺を見てすらなかったんだよ。まるで何かに怯えているみたいに、ただひたすら北へ向かって進んでいったんだ」


 その時、砂嵐と共に、二人の後ろからおっとりとした女の声がした。


「それは興味深い内容ですね~」


 二人が咄嗟に振り返ると、そこには大きく歪な十字架を背にしたシュリファが立っていた。それからシュリファは二人の表情を伺うことなく話を続けた。


「ボクの居る南の森林にはあまり被疫獣トキシッドは寄ってこないので、結構遠出してからここへ向かってきましたけれど、全く被疫獣トキシッドたちを見つけることができませんでした!」


「おいおい!久しぶりじゃないかシュリファ!どうだ、俺の推薦したあの真面目なガキはー?」 


「ぼちぼちですかね~!まあ、ここから伸びるかは彼の努力次第といった感じですね」


「そうか!それじゃあ、期待して待つことにするよ!」


 高らかと笑いながら嬉しそうに話すキュリスを前に思考を廻らしながらクロムは深く黙り込んでいた。被疫獣トキシッドたちのこのような行動はクロムたちがこの地へと移って来て以来、一度も起きていない異常事態であったからだ。


 その時、ある一つの可能性がクロムの脳裏に静かに過った。


「もし、奴ら被疫獣存在が現れたとしたら…」


「おいおいおいクロム?それマジで言っているのか?今まで俺たちが倒してきた化け物たちの中には、群れは作れど、そんなことできる奴は一匹も居なかっただろ!?」


「何も奴ら被疫獣と言ったわけじゃない。ルピナリアが奴ら被疫獣を掌握しようと動き出した可能性だってあるって話だ」


「なるほど、確かにその可能性はあるかもですね」


「まずは作戦を整えたい。都市に戻り、皆を招集しよう」



・・・・・・・・・・・・・・・



 被疫獣たちの異常事態から2日後、朝日が昇らぬ暗がりの砂漠に六つの足跡があった。練られた作戦はシンプル、北側に集められた被疫獣トキシッドたちの調査、その原因の追究であった。集められたのは戦闘になった際にバランスよく戦える六名、クロム、シュリファ、キュリス、ぺポ、ラノア、カリベルである。


 ラノア・ライテルとカリベル・ハーマンドの二人は普段からキュリスと共に郊外調査を行っているため、連携がとりやすいという理由でこの作戦に編成された。ラノアは長い髪を後ろでくくり、刀を腰に二本携えた背が高く目つきの鋭い女である。カリベルはアーシャから学んだ医療を活かしながら後方支援を行う、過去の戦闘で右目を失っている隻眼の青年である。


「前線にかなりの戦力を持ってきましたけど、大丈夫なんですか?」


 ペポが前を進むクロムたちへと問いかける。すると、クロムの応答を遮るようにラノアが大きな声を上げてクロムの方に振り返る。


「都市にはローズ先輩が居るんですよ!?それなのに都市の戦力を心配するとはローズ先輩に失礼です!」


「お前、声がデカいんだよ、あのバカ女ローズみたいに……」


「バ…バカ……女…?いくらお前がローズ先輩と仲がいいとしても、今の発言は見逃せない!!」


 ラノアは足をバタつかせながら、ぺポへと腕をぐるぐる回しながらポカポカと殴り掛かる。ぺポはそれを手で制止しながら、ため息を吐くように言葉を吐いた。


「なんでローズアイツが慕われて、俺は慕われてないんだよ……」


 肩を落としていたぺポの後ろから、落ち着いた低音の声が背中を押してきた。


「自分はペポさん、尊敬してますよ」


 その言葉を聞いたペポは口角を高らかと上げ、ラノアを突き飛ばして、後ろを振り返った。


「やっぱり俺が信頼できるのはカリベル、お前だけだよ!!お前は、あんなバカ女2号ラノアみたいにはなるなよー!」


「なりませんよ。自分にはしっかりとした芯があるので(笑)」


 二人の笑い声がラノアの耳をズキズキと貫いていく。だが、それに最初に我慢ができなくなったのはラノアではなくクロムの方であった。


「お前たち、自分たちが敵地に出向いている自覚があるか?」


『すいません!!』


 三人は揃って背筋を伸ばし、勢いよく謝る姿勢を見せた。遠目からその姿を見ていたシュリファはニコニコとしてから広大な青空を仰いだ。その表情に疑問を持ったキュリスはシュリファへと問い掛けた。


「最近のシュリファは以前と比べて笑顔が増えたな!何かあったのか?」


 予想もしていなかった質問に少し動揺しながらも、その理由は自分の中に明確に存在していた。


「あの子たちを見ていると、最近頑張っているボクの弟子たちを思い出しまして!」


「なるほどな!シュリファはまるで弟子たちの母親のようだな!」


「そうかもしれませんね!ですが……」


 その『ですが』にはシュリファの笑顔とは裏腹に、複雑な感情が絡み合っていたようにキュリスは感じた。そして、またしてもシュリファは空を仰いでから、少しキュリスから視線を外して、また話し出した。


「ですが……この世界はボクたちにとって優しい世界ではありません。ボクたちは今、数多くの同族、仲間の死の上に立っています。当たり前だと思っていた近くの存在が突然、屍に変わる、そんな世界です。キュリスくんも経験があるでしょう」


「ああ、そうだな」


 キュリスは静かに肯定を示すだけで、その後に言葉を続けることはなかった。


「だから弟子をとることなんて本当は怖かったんです。ボクの元を離れた瞬間、ボクの手の届かない場所で死んでしまったら、ボクはボクを許せなくなる。それをローズちゃんとぺポくん、の三人の弟子を持った時に気づかされました」


「アルスか……。でも、あれは誰の落ち度でもなかった――――」


「はい……でも、いざ目の前に死体が運ばれてきたとき、ボクがアルスくんを殺したような罪悪感が胸を締め付けました。その時、痛感したんです。ボクがどれだけ強くても、近くの命を守ることはできない。その人を守ることができるのは自分自身でしかないんだと。ですが、ボクはアルスくんの死から自分自身を守る術を他人に教える自信がなくなったんです。それと同時に、人と関わるのも怖くなりました。関わることで、ボクが守りたいと思う命が増えれば増えるほど、その存在を失ったときが怖くて仕方がなかったんです」


「だから、郊外の教会に身を置いたのか……すまないな、今回の作戦にこんな形で参加させてしまって……」


 キュリスの言葉に顔を下に向けたまま小さく首を振って、ゆっくりと上げた顔には笑顔があった。


「大丈夫ですよ。キュリスくんも言いましたよね!以前と違って笑顔が増えたって、ボクも過去を一生引きずっているわけにはいきませんからね!このままではダメだと自分を変えようとしていたそんな時、出会ったんです!『』という存在に!」


…?」


「その神様は教会の書物によれば死者を天国という楽園へと導き、幸せをもたらすそうです!ボクはその神様の書物を読み漁り、その神様を信じてみることにしました!人が死んでも無になると考えるより、死んでも人は幸せになると考えた方がこの腐りきった世界が前よりも幾分ましに見えましたので!」


「この世界も見方を変えるだけで、そんなにも綺麗な世界に見えるのか!」


「見えますよ!でも、ボクは幸せになるからといって、人が死んでいいと思ったことは一度もありません。毎日、神様と死者たちへと祈りを捧げる度に、ボクは命の大切さを思い知らされます。だから、ボクは今も弟子たちや、キュリスくんたちに死んで欲しくありません。あくまでこの考え方は、人の死を無意味な死とさせないためのものです」


「いい考え方だな。その祈りっていうものは今もできるのか?」


「はい。両手を握り、目を瞑って天を仰ぐんです」


 二人の祈りを見て、後方のクロムたちも自然と祈りを捧げた。その祈りは不平等で溢れた世界に小さく綺麗な輝きを見せた。



・・・・・・・・・・・・・・・



 それから、三日に渡り歩いたクロムたちは深く暗い巨大な洞窟を発見する。真昼の太陽が皆を照らす中、誰も言葉にせずとも緊張感は全員へと伝播していた。小刻みな揺れが足へと響き、低い呻き声が耳を刺す。


「この洞窟の周辺には多くの被疫獣たちが息を殺して待っているが、一匹たりとも身を動かそうとしない。それから、洞窟の最奥に夥しい量の足音がある」


 聴覚を脳覚醒RE ACTで強化したクロムはその情報を皆に伝達した。


「いつもの被疫獣たちならボクたちの香り察知した瞬間、理性を失くして襲ってきます。ですが、彼らは今、異質なほどに穏やかです。やっぱり、あの洞窟の奥に何かあるみたいですね」


「この被疫獣たちが動き出す前に中を調査した方がいいんじゃないかクロム!」


 キュリスのこの提案にクロムは悩んでいた。確かに、最速で洞窟内を調査するべきなのであるが、この被疫獣たちが停止している異常がいつ崩壊するかをクロムは危惧していた。そんな時、クロムはペポの方を見て問い掛けた。


「今から俺たちが洞窟に潜る際、となるのはお前だ。そんなお前の意見を聞かずに、この作戦を進めることはできない。お前はどうしたい?」


 ぺポリオ・ペルートに備わった能力。自分の触れたもの、触れたものが囲んだものを瞬間移動テレポートさせる神現ファーリーはこの作戦の成功を左右する大きな力であった。だが、裏を返せばペポの判断一つで全滅の恐れすらもある。自分の行動で他人が命を落とすかもしれないという覚悟をしてここまで足を運んだはずのペポも、いざその瞬間が近づくと、体中が緊張と恐怖で震えていた。


 だが、そんな瞬間が今まで無かったというわけではない。何度だってこの感覚を経験してきた。だが、どれだけ回数を重ねても、その重圧には、なかなかに慣れ難いものだ。そんな時、俺はあるの言葉を不覚にも思い出す。


『お前は嫌な奴やけど、凄い奴でもあるんや。だから、私は今も生きてる。お前が自信失くしたら、お前を凄いと言う私の面子が立たんって話や!堂々としろバカ野郎!!』


 共に頑張ってきた友が死んだ時、ローズだって悲しいはずなのに、アイツは涙を堪えて俺を励ましてくれた。その言葉が今でも、皆の命を握る手の震えをピタリと止める。


「行きましょう…!このチャンスを逃すわけにいきません」


 ぺポの決意に全員が了承し、六人は深淵の最奥へと進み出す。

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