Episode22:蠢く影

「パランくんは木刀から手に伝わる感覚を大切にしてください!!マリアちゃんは動きを自分の想像した動きとリンクさせることを意識してください!」


 マリアたちは森の中を駆けながら木刀を交えていた。パランはマリアからくる攻撃を確実に防御することを意識していたため、マリアへの攻撃の隙が生まれることはなかった。だが、その攻防も長くは続かず、刀を大きく外に弾かれたパランは大きく体制を後ろへ崩した。パランの懐へと素早く入り込んだマリアは腹の溝を突こうとする。だが、その視界はいつしか暗闇に包まれていた。


「砂で目を……」


「そのまま致命打を食らうわけにはいかないんでね!!」


 マリアはいったん距離を取り、すぐに目を開いた。パランはその一瞬の硬直を見逃すことなく勢いよく直進して木刀を打ち込んだ。木刀は確実にマリアの左腕にヒットする。あまりに綺麗に入った一撃に攻防は逆転するかに思われたその時、ノータイムでマリアの木刀がパランの脇腹にめり込んだ。


「うおぁぉぁあえあぉ」


「二人ともそこまで」


 怯んだパランへの二撃目を打ち込もうとした瞬間にシュリファは仲裁に入った。マリアとパランは互いに息を切らしていた。シュリファはしゃがみ込んでいたパランへ手を差し伸ばす。


「パランくん大丈夫ですか?最後なかなかの一撃が入ってましたけど」


「腹えぐれて死んだかと思いましたよぉぉ………」


「マリアちゃんはまたが出てましたよ」


「すいません……」


「実践の中で自分の身体をどれだけ理解することが脳覚醒RE ACTへの一歩なんです。勝負の結果はどうでもいいんです。マリアちゃんの痛みがない身体は人とは特異的です。ですが、貴方自身の身体は痛みは無くとも確実に傷づいています。今のままでは実践時に貴方の身体は知らぬ間に限界を迎え、機能を停止する可能性もあります。気を付けてください」


「はい……わかりました……」


「先生、オレは……?」


「パランくんは全体的にビビりすぎです。勝負の結果はどうでもいいと言いましたが、今の思考のままでは勝てる勝負にも勝てません。最後の砂での煙幕、一気に形成を逆転させる一手ではありましたが、かわされたり、防がれたりした後のことを思考していましたか?」


「いや……それは………」


「考えていなかったですよね。パランくんは脳覚醒RE ACTを目指しながら戦い方を覚えなければなりませんね」


「了解です……!」


「それじゃあ今日はここまでです!水を浴びてから夕食を食べましょうか~」


 本格的な修行が始まって数週間、いろいろと分かってきたことがある。まずはシュリファ先生が修行している時と日常生活時ではオンオフが激しいことだ。いつもはおっとりしているが、修行が始まれば手厳しいという印象が強まった。ちなみに今も服装はほぼ全裸のシスターである。


 他には私について分かったこともある。それは、多分私には脳覚醒RE ACTへの素質がということだ。シュリファ先生によれば脳覚醒RE ACTは自分をどれだけできるかが大切だと言う。だが、今の私は自分の痛みや感覚をできない。戦闘面ではパランよりも短期間で大きく成長を見せることができた。だが常日頃、パランに一撃を入れるたびに、パランに勝負で勝つたびに、『』と思い知らされる。今確実に脳覚醒RE ACTを掴みかけているのはパランの方だ。じゃあ私はアイツ以上に努力を積むしかないんだと最近は自分を奮い立たせている。


「絶対アイツには負けない――――」



・・・・・・・・・・・・・・・



 水を浴び、夕食を終えた私はあるお願いをするためにシュリファ先生の個室へと足を運んだ。ノックしてからドアを開けると、ロウソクに火をともし、分厚い本を赤い瞳を凝らして読んでいるシュリファ先生が居た。


「どうしたんですか~マリアちゃん」


「実はお願いがあって――――」


 そして私はお願いをシュリファ先生へと伝えた。


「――――なるほど~!その相談引き受けました!」



・・・・・・・・・・・・・・・



 闇夜を小さく照らすロウソクが溶けきった頃、不変の太陽が今日もまた地を強く照らし出す。森の木を揺らしたそよ風が窓へと涼しさを取り込んでくる。そんな清々しい朝が今日もやって来た。


「おはよ~マリア――――――――ってえええ!?」


「おはよ」


 パランの前に居たのは、今までの長い髪をバッサリと切り、黒髪と白髪が入り混じったショートカットとなったマリアの姿であった。突然の出来事にパランは気持ちが追い付けないでいた。


「え!?いつ!?自分で切ったの!?」


「昨日の夜、シュリファ先生に頼んだ」


「へーー!先生そんなこともできたんだ!!いいじゃん、似合ってるよ!」


 パランの褒め言葉に対してもマリアはいつも通りの真顔を見せた。


「褒め言葉なんていらない。私がこの髪を切った理由は二つだ。邪魔だったからと、お前よりも早く脳覚醒RE ACTを修得するという覚悟の印だ」


 突然のマリアからの宣戦布告を受け、パランは唖然とした表情をしていた。そして、パランは遅れて拳を強く握り込んだ。それは、シュリファとの初対面以降、自分はマリアには遠く及ばないと思っていたパランにとって、自分はまだマリアと肩を並べられていると感じられた喜ばしい宣戦布告であった。


「ああ!!受けて立つ!!」


 今日も彼女たちは刀を交え、己を磨く。



・・・・・・・・・・・・・・・



 そんな二人が覚悟を固めていた頃。郊外の深い洞窟では、血塗られた怨念を身に宿し、はこの世に生まれ落ちた。は自らが出産される前に母の腹を内側から食い破り、外の空気をその身に取り込む。その瞬間に暗く冷たい洞窟の中に静かな緊張が走った。の父は本能で何かを察知し、母が居た場所へと戻った。そして、腹を食い破られた母のを目撃し、その場に居た生まれ落ちたばかりの存在へと攻撃を仕掛ける。だがその瞬間、その父はに頭を握り潰される。


「ば……――い――――ばぁーーい………――――お…………と…うさん!」


 は生まれてから、ものの数分で言葉を修得した。は自らの混合獣キメラの赤黒い血を全身に浴び、洞窟を歩き出す。そして、満面の笑みを浮かべながら、拙い言葉で呟いた。


「コ゛……――――ロす!く…ロ゛む…――――ク―――ろ…ム……ク…ロム!こ…ロ゛ス!!!」


 それは混合獣キメラたちから生まれ、観測史上初めて人間の言葉を操る、被疫獣トキシッドでも混合獣キメラでもない、新しいの誕生であった―――――


 その誕生に最も早く気が付いた人間は都市の郊外で被疫獣トキシッドたちを狩っていた。その人物の名をキュリス・キャバンズ。彼が目撃したのは、多くの被疫獣トキシッド混合獣キメラが一斉に同じ方向へ向かい走り出した異様な光景であった。


「おいおいおいおい!一体どうした化物ども!?」 


 忘却都市へ絶望の影が差す―――――










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る