Episode20:借り物の信念

「とりあえずこれで応戦しよう」


「そうだな!」


 マリアとパランの手に握られていたのは、よく研がれた刀であった。この刀は都市を発つ際に受け取ったローズからの贈り物だった。まさかそれが、自分たちを殺そうとしているに対して使うことになるなんて、数時間前は思いもしていなかった。


 鞘から抜いた刀を女へと向けると、女は手の中に握る十字架を片手で大きく振り上げ、瞬時にマリアたちの目の前へ移動し振りかぶる。パランは大きく体を後ろへ下げ回避するも、マリアは正面から女の十字架を刀で受け止める。だが、それも一瞬の出来事であった。マリアは十字架の直接的な接触は避けるも、とんでもない勢いで後方の大木へと弾き飛ばされる。


「マ リ゛ア゛!!」


「まずは一人目です」


 その時、パランの中にあった自分の体を軽く動かす安堵という感情が消える。頭にあった「クロムさんの知り合いだから大丈夫」「どうせ死なない」という甘い考えが消え去る。そして同時に、体を硬直させる恐怖と諦めが身体の内から湧き出てくる。


 だが、そんな私情を目の前の女は汲んでくれはしない。先と同じ構えをほぼゼロ距離で実行する。十字架が迫る時、ようやくパランの生存本能が目を覚ます。だが、刀で十字架をなそうとするも、結果はマリアの時よりも悲惨な方向へと向かった。


「はあ゛あ゛?」


 刀と十字架の衝突の瞬間、不意に目を瞑ったパランが次に目を開いたのは空中だった。下に目を向けると、女は次の攻撃モーションへと切り替わっている。その後の結果などパランには容易に想像できた。だが、何が起こったのか、十字架の射程内へと身体が落ちた時、女の態勢が唐突に崩れるのが見えた。パランの身体は重力により地へと叩きつけられ、激痛が身体中を駆け回る。だが、次なる攻撃へ備える為にもパランはすぐさま視線を上げる。


「まだ動けたんですか」


「痛みには人より強いもんで……」


 そこには、女と刀を交えるマリアが居た。刀の刃は女へとは届いてはいなかったが、その一撃は確実にパランを守る一撃となっていた。パランは刀を握りマリアへの加勢へ入ろうとした。だが、受け身の一切を取らずに空中10メートル前後から落下したことによる身体へのダメージは当人には計り知れないものだった。


 そんな無力な状態のの中に一つのことがぎった。マリアはこんな化け物じみた女の不意を衝けたのなら、オレを置いて逃げることもできたんじゃないか? じゃあ、なんでオレの目の前にまだ居るんだ? そんなの一つしかないだろ。


『その悪名がおじさんを汚すのなら、私がその名前を背負って


 マリアはオレを助けようとしているんだ――――



・・・・・・・・・・・・・・・



 オレはクロムさんに憧れて今この場所にいる。あの大蛇を一瞬にして切り裂いたあの姿と民衆を魅せた信念に憧れた。その憧れは自分の芯を作る立派なものなんだと思っていた。だが、女を前に湧いてきた恐怖と諦めの感情にオレは理解させられた。いざというときに、そういうは心の中から消えていく。そんなどうしようもないオレを、傷だらけの女の子が命を懸けて守ろうとしている。それを傍観しているだけだなんて、昔のオレが見たら失望するだろう。


 オレはクロムさんのように強くは成れないし、マリアのように命を懸けることもできない。もう自分にカッコつけていつわるのはやめよう。もっと泥臭く、もっと必死こいて生きて、人を助けてやる。今、自分にできることを全部、全うするんだ。


 そして、パランは地面に這いつくばった状態で周りの空気を吸い込み、腹の底から叫んだ。


「お゛い゛!!変態シスター!!オレたちはクロムさんから教えてもらってここへ来たんだ!!!お前を殺しに来たんじゃない!!!!!」


「クロム…?」


 その瞬間、マリアは軽く往なされ身体を地面に強く打ち付けた。痛みは感じないといっても身体には膨大なダメージが蓄積している。身体機能の限界は自分の意志とは関係なしにマリアをむしばんだ。今ではパランと同じように立ち上がることもできず、女を睨みつけるだけであった。


 一方、女は地面へと十字架を突き刺し、地面に倒れこむ二人をジーっと見つめていた。それから女は屈みこんで二人へ問い掛けた。


「お二人のお名前をお伺いしてもいいですか」


「パランだ……!!パラン・パートーソン!!」


「マ…リア・フロイト……です」


 女は二人の名前を聞くと、頭の奥の引き出しを漁るように何かを思い出そうとしていた。そして、何かを思い出したようにパッと目を見開いた。


「あー……もしかしてボクの弟子の子たち……ですか……?」


「ああ……ああ…!!そうです!!」


「わーー!!ごめんなさい!ボクはなんて酷いことを――――」


 女が駆け寄ってくるのが見えたところでマリアの視界は暗闇に包まれ、気を失った。



・・・・・・・・・・・・・・・



 私は目を覚ますと固いベットの上に居た。それと同時に私の横に座っていた誰かが勢いよく立ち上がった。椅子がバタンと倒れる音が耳に響く。


「よかったです!!起きたんですね!」


 そこには先ほどの戦闘で対峙した者と思えない笑顔に満ちた女が、私に抱き着いてきていた。服装は先と変わらない全裸に修道女の被り物であったため、豊満な胸が直接私の顔に当てられる。私は自分の胸の大きさを目で確認する。


「私のは小さいな……」


 私に今、感情と感覚があったのなら、この豊満な胸の柔らかさを感じた瞬間、怒りに苛まれていたのだろうか。


「あー……ごめんなさい…!突然飛びついてしまって。無事に起きたことが嬉しくて…!!」


「別に無事じゃないですよ。現に体動かしずらいです」


「本当にごめんなさい…!!まさか本当に弟子が来るなんて思ってなかったんです」


「クロムが伝えてくれていたんですよね?」


「はい……。伝えられたは伝えられたんですけど………。一か月半ほど前に突然この場所に来て『パランとマリアという二人の弟子をお願いしてもいいか?』と畑の収穫中に背後から言われて、『ボクには自信がないよ』と言って振り返ったころにはもうクロムくんの姿はなかったんです。」


 なぜだろうか、この話を聞いて、このシスターの姿を見ると、クロムにも人並みの弱点があるんだなと思った。


「そして、忘れた頃に貴方たちが来ました…」


「なるほど……そういえばパランの奴はどこに行ったんですか?」


「パランくんならご飯を食べた後にこの部屋で一緒にマリアちゃんの起きるのを待ってたんですが、突然ランニングをして来ると言いだして、今もこの教会の周辺を走っています」


 私はジーっとパランを走らせる原因となったであろう変態シスターを見た。怪我をしながらも走るあたり、パランも年頃の男の感情を運動で紛らわしているのだろう。


 あと、このシスターの格好については、あえて聞かないでいた。どうせパランが聞いているだろうという読みで、本人に直接聞かづにパランから聞き出す作戦である。


「そういえば!自己紹介がまだでしたね!!ボクの名前はシュリファ・シャーロット。呼び方は何でも大丈夫です!」


「私はマリア・フロイトです。よろしくお願いします


 この格好の人に対して師匠などと固い言い方は何だか変な気がしたので、私は先生を付けた。そして、後ほど分かったことなのだが、パランすらシュリファ先生がほぼ全裸の理由を聞けないでいるそうだ…………。

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