Episode19:扉の先に

 あまりの老人の怒号にパランは一歩後退する。だがマリアは下がることなく反論を見せた。


「おじさんが裏切り者?悪魔?言葉を間違えてるのはお前の方だろ」


「これだから無知な餓鬼は……!儂の家族はラーカス・フロイトのせいで死んだんだぞ!!お前…知らぬだけでラーカス・フロイトは儂らに多くの死を振りまいたんだ!!」


 その言葉を聞いて老人の首元へ掴みかかろうとした時、それを止めるように背後からパランがマリアの身体を抱え込んだ。


「おい……離せパラン」


「ダメだ。一旦ここを離れて病院に戻る」


「アイツは私の家族をけなした……」


「ああ、そうだ。でもあの爺さんが言っていることも正しいんだ」


 マリアは抱えられたパランの手を振り解こうとした。だが、それは自分が所詮は今朝起きたばかりの怪我人と再認識させられる結果となった。そして諦めたように空を仰ぎ、口を閉ざした。



・・・・・・・・・・・・・・・



 病室のベッドへ寝かされたマリアは自分からは口を開こうとしなかった。座り込んだパランもどう話を切り出そうかと、伺うように視線をあちらこちらへと向けた。


 そんな状態が続き、ついに痺れを切らしたマリアはパランの居る逆側の虚空を見つめながら問い掛けた。


「おじさんは……ラーカス・フロイトは過去に何をしたんだ………?」


 突然の問い掛けにパランはビクリと体を揺らした。そして、気まずそうに会話の間を開けてから下を向いて話を始めた。


「ラーカス・フロイトはあの爺さんの言っていた通り、オレたち同族を裏切ったんだ」


 そう言い切った時、パランはゆっくりとマリアのことを見た。その時のマリアは相も変わらず虚空を見つめていた。


「その出来事はオレが生まれる前に起きた。同族たちがあの施設から抜け出すための反乱計画をラーカス・フロイトはルピナリアへと密告したんだ。そして、多くの計画に関わったイリアルの民たちは殺され、ラーカス・フロイトは地位を手に入れた……とオレは聞いた」


 パランは負い目を感じながらも自分の知る情報をマリアへと言い切った。それを聞いたマリアはパランの方を振り返った。


「どんな過去があろうと、私がおじさんを信じることは揺るがない。その悪名がおじさんを汚すのなら、私がその名前を背負ってより多くの人を助ければいい」


 その時、パランの前に居たのは弱り切った少女などではなかった。その姿は何時いつかに憧れたの姿と重なる。感情もない人形のようである少女から確固たる覚悟が窺えた。


 すると唐突、思い出したかのようにマリアは呟いた。


「そういえば、私からのってやつをしてなかったな…」


「え……?」


「お前だけ私にするのは何だかしゃくだかな………じゃあ一ついいか?」 


「何だよ――――」


「お前の好きな食べ物って何だ?」


 そんな質問を真面目な顔でしたマリアに唖然とした表情を向けたパラン、それを見て唖然とした表情になったマリア、部屋が一気に静寂に包み込まれる。それに耐えかねたパランは大きな笑い声をあげた。


「はは!ははははは!!はっははは!オレもマリアもどっちも質問が下手だよな!!」


「何てこと言うんだお前」


「さっきからって!しっかりパランっていう名前で呼んでよー!」


「ああ……面倒くさいな…………早くこの部屋から出てってくれ…」


「はははは!!嫌だねー!!」



・・・・・・・・・・・・・・・



 それからの日々はリハビリをこなす毎日であった。早々と一か月と半月が経過し、アーシャからの行動許可を貰えた私は今、クロムとパランと共に深い森の中の茨道を歩いていた。私たちは向かう場所をクロムから知らされることなく、ただ後ろを着いていっている状態であった。唯一私たちに伝えられたのは『師匠』を紹介するということだけだった。でも、その時のクロムの表情はどこか気が引けるような顔をしていた。


「よし。着いたぞお前ら」


「え??何もないですけどー!?」


 そこは今まで歩いて来た道のただの延長線であり、何か建物が見えてきたというわけでもなかった。


「先に進めば分かる。ただし、どんなが待ってるのかは俺は知らん」


 そう言って来た道を引き返していったクロムであった。クロムの話を信じ、マリアたちは道を進んでいった。そしてしばらくすると、大きな畑に囲まれた古びた教会が顔を出した。


「デカい教会だー!!」


「ここに師匠が居るのか」


「見た感じ外には居なさそうだし、中に入ってみよう!」


 パランはそう言うと大きな教会へと足を運んだ。マリアもその後ろをゆっくりと追った。そして大きな教会の扉をノックした。


「すいませーーん!誰か居ますかーー!」


パランの大きな声が森の中を響き渡る。だが、教会の中からの返事は一切なかった。


「留守なのかな??」


「一旦、周りを探したほうが良さそうだな」


「いや!その前に教会の中に入ってみよう!!」


 そう言うとマリアの制止の言葉に耳を傾けることなく、大きな扉を強く開いた。何となくそれを見て一か月半前のパランとの出会いが頭に連想された。


「えあ!中に人居る!!」


 その声に釣られて中を覗き込んだマリアは教会のステンドグラスから入る光に照らされなが座り込む人を発見する。そして、その人物はマリアたちに気が付いたのか、そっと立ち上がり、こちらの方を振り返る。


「貴方たちは誰ですか?」


 澄んだ声と共にその人物の姿がマリアたちの眼球を貫く。それほどまでに、その者の姿は衝撃的であった。


「痴女だ……」


「ああ……!!痴女だーー!!」


 二人の感想が重なり合う。そして、二人の前に居る女も続けて口を開く。


「二人のお名前はどちらもなんですか?」


「違う!!違う!!それは貴方のことだよ!?」


「え?僕?僕はなんて名前じゃないですよ。それより――――」


 その瞬間、二人の視界から女が消える。


「無断で教会に入らないでください」


 その声は二人の背後から耳元に囁かれる。瞬時に振り返ろうとするも、それより早くに肩を掴まれ、二人揃って教会の外へと投げ飛ばされる。


「何かオレたち試されてるのかー!?」


「そうかも……」


 そして、教会の中から先ほどの女が姿を現した。


 その身長の高い女は教会内と同様に、長く綺麗な黒髪で豊満な胸を隠し、服を着用せず、修道女の被り物のみを頭に被っただった。そして、その手にあったのは多くの刃物で加工されたおぞましく巨大な十字架であった――――

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