Episode17:私の名前

「お前の弟に関しては俺が知ることを全部教える。だが、その前に俺たちからもお前に聞きたいことがある」


 男は目の前の作業を止め、少女の方を振り返る。周りに居る者たちは皆、口を閉ざしながら少女を見つめていた。 


「そんなのは後からいくらでも答えます。まずは弟の居場所が先です」


「了解だ。じゃあお前の弟の居場所をに、俺の質問に答えてくれ」


「は?」


 少女は思わず聞き返した。この男なら知っていると赤毛の女は言っていた。だが、今の男の言い方はまるで弟の居場所を知らないように聞こえる。少女は振り返り赤毛の女の方を睨んだ。だが、その時の彼女の表情は嘘などない自信に満ちた顔を浮かべていた。


「そんな大層な質問はしない。安心してくれ」


「答えられる限り答えます」


「それじゃあ一つ目、弟はお前と同じ建物に収容されていたか?」


「………はい。私が居た階から下に三階降りて――――」


「長い廊下の先の家と人体実験室が交わった奇妙な部屋か………」


 まるで男があの施設の見取り図を頭に全て記憶しているかのような発言を聞いて、少女の思考が一瞬停止する。そして、少女の中でこの男はやはり他の者とは違うがあるという疑念が確信へと移り変わる。


「質問はこれで終わりだ」


「終わりって………」


「まず結論から言うに、お前の弟はこの街には居ない」


 思わぬ回答が男から返された少女の瞳に一筋の闇が帯び、感情なく淡々とまた喋り出す。


「それはつまりお前たちは弟を見捨てて来たのか?」 


 少女の足が一歩前に出る。それを見た周りに居た者たちがすぐさま感じ取ったのは少女から無意識に放たれた殺気だった。皆が自らの携帯する武器に手をかけ身構える。だが、両者の行動を止めるように男はまた喋り出す。


「想像力豊かな子供だな。最後まで話を聞け。お前の弟はあの家のような部屋のどこにも居なかった。奥の実験室も同様だ」


「じゃあ、弟はどこに行ったんだ?」


「まあ、俺なりに予想はある。だが、その予想を確信に変えるために、お前に聞きたいことがある」


 少女は踏み出した一歩を下げて呼吸を整え、男の話を聞くことにした。


「何ですか?」


「単純にお前たち姉弟きょうだいについて知りたい」


「私たちについて?」


 そう少女が聞き返すのには理由があった。この男、先の質問や砂漠での民衆での演説でも言葉をオブラートに包んで本心を偽っている節があることに少女は気づいていた。言うなれば少女に時折見せるこの男の発言は


「そんな遠回りな質問で私を気遣う必要はないですよ。貴方とは腹を割って話がしたい」


「腹を割って?」


「私はあの砂漠で初めて貴方を見たときに感じました。言葉では友好的に同族の立場を回復させるように綺麗ごとを言っていても、貴方の目は私と同じで目的を遂行しようとする信念に駆られていた」


 男は数秒硬直してから少女の瞳を覗き込み、自分の姿を少女に投影させてみる。周りの皆は二人の閉した口を前に固唾を飲んで見守った。そして、男は少女の前へ足を進め口を開く。


「質問を変える。お前たちはあの施設で何をされた?」


 男の質問が改まり、少女の表情が柔らかくなる。そして、少女は生まれてから今まで経験した人体実験の数々を赤裸々に打ち明けた。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・



 少女が語り終わると、部屋は静寂の中に沈んでいた。誰も第一声を発せられない雰囲気の中、後ろで聞いていた赤毛の女が動いた。


「何ですか?これ」


 少女が唖然としながら言葉を漏らす。それは赤毛の女が少女を抱きしめていることに対する疑問だった。


「ただ私がしたいからやってるだけや……文句あるか――――」


 少女は溜息をついても、赤毛の女を引き離そうとはしなかった。それ程に少女にとって人からの温かみは特別なものだった。その時、少女はある人物を思い出していた。この特別感にどこか懐かしさを感じる理由が何となく少女の中で結びついた気がした。


 それからすぐに男は少女から聞いた話と自分の仮説を脳内でまとめ、少女へと伝えた。


「俺の予想は的中していそうだ。お前の弟は今、この大陸の中央都市に居る」


「なぜそんなことが分かるんですか?」


 少女が思った疑問を口にする。その時も依然、赤毛の女は後ろから少女を抱きしめていた。


「俺たちが10日前のあの日にあの施設を攻めたのには理由がある。それは、あの日がルピナリアの民にとっての建国記念日だからだ。警備は中央都市の建国記念パレードへてられると踏んで俺たちは行動を起こした。そして案の定、警備の層は薄かった」


「それと弟に関係があるんだとすれば………」


「そうだ。お前の弟の人体実験は成功していて、建国記念パレードでその成果を発表するために研究者が連れて行ったと考えるのが普通だろう」


「そうですか…………」


 少女は俯き、弟のことを思い出す。自分と同じように騙され続け、弟は未だにあの男に利用され続けている。それがどれだけおぞましい事かなど少女以上に知る者はいない。少女は拳を固く握り込み自分の中の信念を復唱する。『弟を助ける』『弟を絶対助ける』『弟を幸せにする』『弟を……』『弟を…』『弟を………』『弟を…』『その為なら…………――――』


「――――敵を全員殺してやる」


 部屋の皆の背中に刃物を付きたてられた時と似た感覚が襲う。だが、ただ一人の理解者が少女の前には居た。その時、彼が投影していた自らの姿が少女にピッタリと重なった気がした。少女から男へと燃え広がるように、男の心がザワザワと揺れる。


「俺の名前はクロム・クライフ。お前の名前を聞いていいか?」


 その質問が過去のおじさんの質問と重なり合った。でも、もうあの頃の私はいない。それも、おじさんがになってくれたお陰だろう。


「私の名前は――――――――マリア・――――――――」


 咄嗟に出た名前に私はなぜかしっくりくる感覚がした。それはおじさんが私にとっての本当の家族だからだ。


 そんな覚悟が決まった少女の表情を見たクロムは躊躇なく言った。


「はっきり言って今のお前に敵を全員殺すなんてことはできない。だが、俺ならマリアに殺し方を教えられる」

 

 クロムは少女へ手を伸ばし、握手を求める。そして、少女はその手を強く握る。


「ありがとうございます」


 ただその時は、その感謝の気持ちしか言葉にならなかった―――― 

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