Episode16:忘れられた都市

 赤毛の女は怒りの表情を浮かべながら、少女を掴みかかろうとした。少女はそれを回避しようとベッドから飛び出そうとする。だが、身体の制御が一瞬効かなくなる。


「あばッ」


 ベッドの上から地面へと頭からダイブする形で少女は赤毛の女を回避することとなった。赤毛の女は呆れた顔をしながら少女へ手を差し伸べる。


「何やってんねん!まだ完治してないんやから、身体うまいこと動くわけないやん!」


 素直に女の手を取りゆっくりと立ち上がる。その時、少女は身体が震えて力が入らない虚無感と、顔から床に打ち付けた身体にことに対する不気味さを感じた。そして、少女は自分から抜け落ちたを今一度、再認識した。


「私どのくらい眠っていたんですか?」


 赤毛の女の手に摑まりながら少女は疑問を投げ掛ける。女は指を折りながらそれに答えた。


「えっとなーーー…………今日で10日くらいになるんかな?」


「10日も………。それじゃあ弟は………」


「あーーもう質問とかは移動しながらでもええ?」


 少女は小さく首を縦に振って、赤毛の女の腕に摑まったまま二人は歩き始めた。部屋の扉を抜けると、少々ホコリを被った鏡が廊下に立て掛けられていた。少女はそこに映る自分の姿を見て目を見開いた。鏡の前に立つことなど十数か月振りということもあり、豹変した自身の見た目に驚きを隠せなかったのだ。


 髪は長く伸び散らかり、黒かった髪色は薬品の副作用や極度なストレスから白髪が大半を占めるようになっていた。背は最後に鏡の前に立った頃と比べて少しばかり伸びているようにも感じた。そうして鏡を見つめていると、少女はあることを思い出した。


「お母さん………………」


 そう少女は赤毛の女に聞こえない程度に呟いた。


 に母と似ていると言われた瞳を鏡を通して覗き、母を想像していたあの頃を思い出した。それも今ではあの男の戯言だったと考える。少女は俯き、そっと鏡から目を逸らした。


 それから長い廊下を少し歩き、階段を降ると、大きな出口が2人の前に現れた。


「ここは元々は大きな病院みたいやったらしいでー。今はキミ以外にも怪我や病気がひどかった人らが残ったベッドを使ってる」


「この街はいったい――――」


「この街はルピナリアの多くの民たちを抱えた大都市。まあ、それも43年くらいも前の話で、今は私らイリアルが根城とする拠点やでー」


 少女が疑問に溢れた顔をしていると、赤毛の女は真面目な顔をして解説を続けた。


「いや、別に私らが攻め落としたとかいう話じゃないで。この近くの郊外の生物実験施設が被爆してルピナリアの奴らは立ち退きを余儀なくされたって感じ。その被爆が影響して、今では進化や巨大化した生物が大量に湧いてるってわけで――――」


 すると突然、突拍子もなく女は少女の手を引っ張って大きな出口から外へ飛び出した。女は満面の笑みを浮かべて言った。


「昔話は置いておいて!ようこそ!人に忘れられた都市!忘却都市ラミラレスへ!!」


 さっきまでとは違い、女の抑揚のある声に驚きながらも少女はその都市を目に刻んだ。


 その都市は3,4階建ての煉瓦造りの建物が多く立ち並び、道は硬い石造りでできていた。廃病院がかなり標高の高い場所に位置していたことから、少女たちは都市を一望することができた。だからこそ、その都市が忘れられた都市と呼ばれる所以を少女は視覚的に知ることとなった。


「一面が緑でいっぱいですね」


「やろやろ〜?まあ、私らが来るまでの数十年間、誰も住んでなかったから無理もないねんけどね〜」


 都市中の至る場所で草木が建物を覆っていた。そんな周りをよく見渡しながら、次の質問を淡々と女へ投げ掛ける。


「弟はこの街に居るんですか?」


「キミが初めて私らと会った時に叫んでたあの弟?」


「その時のことはあまり覚えていませんが、多分それです」


 女は腕を組み考える姿勢を見せ軽く唸った。だが、何かを諦めたように女は考えるのをめ、少女へ言った。


「私は知らーん」


 女のその含みのある言い方に少女はすぐに聞き返した。


「あの蛇を殺した人なら知ってるんですか?」


「そやな〜アイツなら知ってるやろなー!」


「そうですか」


 答えを得られないもどかしさに少女は軽いため息をついた。それから少女は女に対するある違和感を指摘する。


「なんかテンション上がりました?」


「いや〜バレた〜?あははははは!この都市のくらーーーい昔話してるとなんか気分落ちちゃうから、テンション上げて〜ん!」


 『ふーん』と少女は興味もなさそうに相槌して、2人はまた歩き出した。



    ・・・・・・・・・・・・・



「よし!着いたで!!」


 元気のいい声で赤毛の女は2人の前にある建物を指差した。そして、少女は女に強引に手を引かれ、その建物へ誘われる。


 階段を上がって行くと、何人かの男女による談笑の声が聞こえてくる。そして、少女の前を先行する女はノックもなしに階段の先の扉を思いっきり開けた。


「帰ったでーー!」


 部屋の向こう側の視線の全てがこちらに向く。赤毛の女は少女を皆の前に出そうと背中を押し出そうとした。だが、それよりも先に少女は皆の視線の中心へと前に飛び出した。


「早く弟に会いたい。弟の居場所を教えてください」


 少女の瞳の先には腰に刀を携え、机に敷かれた大きな地形図を眺める大きな背中があった。







 



 












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る