2章 忘却都市ラミラレス編

Episode10:私と一緒

『信じろ!!!!』


その声に背中を押されて扉を潜り抜けたから 、どれくらいの月日が経ったのだろうか。私は今でもあの日のことを一つも後悔などしていない。


 おじさんが伝えてくれた真実を、最初は否定していた。でも、森を駆け抜けていた時に頭の中がクリアになって、真実と幻想を整理できた。私の体が正常に前へ進めば進むほどに、今までが嘘だったことを理解した。いや、実は遠い昔から気が付いていたのかもしれない。今までの家族の形がいびつで異質で狂気じみていたことに。私の奥深くの本能的なは気が付いていたのかもしれない。今考えると、私とお父さんの関係は崩れかけの積み木で繋がっていたのだと思う。ほんの少し触れれば崩れてしまうほど繊細で、誰にでも触れられた積み木。それは、私も例外ではないのに、触れられなかった。だってそれがたとえ偽物の形であったとしても、私から家族を取り除いてしまえば、私という人間は空っぽだと思っていたから。でも、それは違ったみたいだ。私は空っぽなんかじゃなかった。それを、おじさんは私に教えてくれた。だから、私はこの未踏の地を駆け抜け続けた。


 だがその時、私の人生を分岐させる低い銃声と叫びの声が微かに耳の中に響く。私の足はパタリと止まり、今まで自分が踏みしめた道を振り返った。


「助けに行かなきゃ………」


 私の脳裏にこのまま走り続けた先にある、これからの孤独がよぎった。先の見えないこれからの人生に恐怖を覚えた。それらが大きくなればなるほどに、私の足はゆっくりと元来た道を辿っていた。それから続く銃声を聞くたびに、私の中の焦燥は増していき、気づけば全力で地面を蹴っていた。地面が不安定で、木々が前方からひたすらに現れる中で走るのは、普段の家で走り回っているのとはわけが違う。体力は疲弊し、顔には擦り傷が何か所もでき、何度も転んだことにより膝からは血が流れていた。それでも私は諦めず走り続け、血肉の匂いが入り混じるあの場所にたどり着いた。



 ・・・・・・・・・・・・・・・



 それからのことは、思い出そうとすると息が苦しくなる。でも、今の私に悲しいとかの感情は無かった。ただ、息が苦しくなるだけで何も感じることは無く、暗く冷たい鉄扉をボーと眺めるだけだった。


 自分が今までされていた注射や薬の投与が嘘と知ってから、痛みや吐き気への恐怖心が明らかに高まった気がした。また何時、扉が開いて人体実験が始まるのかと最初は怯えて眠れない日々が続いていた。だが、日に日にから逸脱していく自分の体は初めに恐怖心を捨て去った。そして次第に感情を全て捨て、毎日起きる人体実験に対して思うことが何も無くなった。こうなってから、私は何度も自死を選ぼうとした。だが、実行しようとした時にいつも脳内におじさんの顔が浮かび、止まってしまう。おじさんは命を懸けて私を助けてくれた。その命をどんな形であっても、捨てることは私にはできなかった。私はまだ諦めない。いや諦められないのだ。


 だが、少女はこの時知らなかった。ラーカスが少女のことを助けたいという気持ちなどなく、贖罪しょくざいに心を呑まれた奴隷であったことを。少女が信じ、生きる目的であった者が偽善者であった現実を。



 ・・・・・・・・・・・・・・・



「お疲れ様〜、今日の実験はこれでお終いだよ」


 その声と共に、少女は失っていた意識を取り戻し、照らされた眩い照明の光を目に入れる。周りからは嗅ぎ覚えのある鉄の臭いが、すぐさまに彼女の鼻を刺す。視界が揺らぐなか、少女の首には鉄で作られた枷が付けられていた。その枷からは鎖が伸びており、その先を握る男こそ、ラーカス・フロイトを殺害した少女の父男だ。あの戦いの後遺症だろうか、男は前進する際に足を引きずり、手を壁に添えていた。男が足を進めるたびに、枷は少女に進むことを強制する。少女が引きずられた後の冷たい床には、少女のから流れた血が力強い線を描く。


「今日はキミに見てもらいたいがあってね。付いてきてもらうよ~」


 少女は男へ反応を見せることなく、全身の力を抜き、枷の導きに身を委ねた。そして、一つの重苦しい鉄扉の前へ体は流れ着いた。その時、少女の脳内に懐かしいという思考がねじ込まれる。その扉を見たことがないはずなのに、どうしてそんな思考になるのだろうか。その答えはすぐに分かることになった。


「キミなら絶対喜んでくれると思うんだ!!」


 この扉が、なぜ懐かしいのか。それはこの扉に何かがある訳ではない。この扉の先からする、この幸せと絶望が入り混じる香り。重々しい扉が勢いよく開かれる。そう、この先は――――――――


「紹介するよ!キミの後継者の被検体№15くんだ!」


 扉の先に広がったのは少女と男が家族茶番を行っていた家の実験室だった。だが、その扉は実験室に直接繋がる入り口ではなく、実験室のモニタリングルームに繋がる扉であった。


 少女は思わず唖然とした。懐かしさ溢れるこの光景と、その中心で今も幸せそうに、私の知らない研究員に笑かける少年の姿に。私は気が付くとモニタリングルームと実験室の境の透明な壁に手をついていた。そして、その瞬間に私の目の前で子供が耐えられるはずのない人体実験の数々が始まった。実験室内の音声を繋ぐスピーカーからは少年の悲痛の叫びが絶えず聞こえてきた。ガタガタと体を震わせ、首を振り続ける。でも、そんな少年の表情には何処か明るさを感じるところがあった。その理由が少女には解ってしまった。それは、少年が人体実験を幸せの形と信じて疑っていなかったからだ。そして、少女の口からは言葉が零れていた。


「キミも私と一緒なのか――――――――」


 そして少女は床に目線を逸らして、今までの自分の短い人生を振り返ってみて、明確な答えを出した。


「そんなの………………ダメ…………ダメ………ダメだ!!!」


 自分の中から出た、思わぬ声量に少女の心は一瞬キュッと締め付けられた気がした。だが、少女は解っていた。その声に、感情の一切が含まれていなかったことに。それでも、少女は二つの部屋を隔てる透明な壁を叩きながら訴え続ける。だが、少年は一向にこちらに目線を向けない。耳の中に壊れ続ける少年の声が響き渡る。その時、少女の肩は優しく叩かれる。


「その子には、こちら側の姿も見えていなければ、声も届いていないよ!」


 少女はあえて後ろを振り返らない。振り返った瞬間に現れるのは薄気味悪い男の笑顔だけだということを知っているからだ。だが、無視されていることなど気にも留めず、男は揚々とした口調のまま、少女に衝撃的な言葉を投げつけた。


「あ!あとねー言い忘れていたけど、キミとその男の子は~血の繋がっているだよ!」


 その先にどんな表情が浮かんでいるかなんて容易に予想ができていたのに、私の体は声の出所に反射的に振り返ってしまった。そこには、人を飲み込んでしまいそうな笑顔がやはり私を待っていた。


「信じられないという顔をしているね~」


「信じられる訳がない…………。だってお前は私をずっと騙して――――」


 男はやれやれというジェスチャーを大きく私に見せつけながら、顔を近づけてきて言った。


「それはキミと家族ごっこしてた時のこと。でも!今はもうなんてつく必要がないじゃないか~。だってもう、キミと僕はでもなんでもない、人と被検体モルモットなんだから~。おっと!今日の弟くんの実験は終わったみたいだよ。ほら!」


 男が指をさす方向に視線を向けると、私の瞳孔は大きく開いた。あまりに惨かったはずの人体実験の後に大きく口を開いて笑う少年の異質な雰囲気にのみ込まれていたのだ――――――――



 ・・・・・・・・・・・・・・・



 一方その頃。ある荒れ果てた大地を歩む者たちが3人居た。


「今日の晩飯は何やろな~」


「何でもいいから俺は腹いっぱい食べたいよ!」


「お前ら、気を抜いてんじゃねえよ。に襲われても助けねえぞ」


「はいはーーーい」


「そーいえば、今日の会議で言っていたこと、あれホントに実行するのか?」


「ああ」


「あれは、困難な戦いになるぞ。死人だってたくさん出るかもしれない」


「それでも俺たちは――――――――」


「助けるんやろー?」


「ああ、そうだ。囚われたイリアルの民たちを助けなくてはいけないんだ」


「まっ、難しいのは承知の上だよな。その為に何年も準備してきたんだから!!」


 その者たちは武器を携え、今日も砂嵐が舞う無限に続く荒野でと闘い、駆けまわる。その者たちの瞳は美しい緋色に包まれていた。 

 


 




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