第12話 疑問 疑念
事務所に入ってもう2ヶ月経った。振り返ると時間が経つのが早すぎる。
「どうもありがとうございました~」
笑顔を作り控室から出て1人で帰る。
たまにおじさんが迎えに来てくれて、アイドルボディで普段を過ごす楽しみがあるけど、今日はその日ではない。
「タクシー代出して輸送するぐらいなら、ゲームソフト買いたいもんな……」
オルメリの体なら頭の中でゲーム出来るし、アイドルボディでも事務所に配信するための設備があるからそれで出来る。
「帰って、みんなとのんびりしたい気持ちもあるにはあるんだけどな~」
最近、やっと回りに馴染めた感じがする。同じサイズになったことで話しかけられやすさが上がったからかな。
「鳴さんに追いかけ回されるのは勘弁してほしいけどな~」
歌とか仕事についてとか、自分の過去についてまで色々突っ込んでくる相手はまだ苦手なままだった。しかも色んなお古を着せようとしてくるし。
「そう言えるってことは、まだまだ元気があるって感じだね」
「うわっ」
驚いてジャンプしてしまった。
「美華。なんでここに」
「今日はちょっとね。ボクもさっき近くで用事を終えて、これから電車で帰り」
何の用事があったか気にはなるが、それ以上に帰りたい気持ちが破裂しそうなので、気を紛らわすためにも話しかけてみることにした。
「用事って、買い物とか?」
彼ははにかむ。しかし、どこか壁を感じた。
もしかして察するしかない? 軽めのショルダーバッグしか持っていないから、トレカかゲームソフトをあさりにきた……って、ボクの趣味だそれは。彼とボクで被る趣味があまり無いことぐらい、もう知っている。
「……僕さ、アイドルやってたって言ってたでしょ。その元プロデューサーに久しぶりに会って、一樹さんを含めた3人で今後について話し合ってたんだ」
話すつもりがあったんだ。てっきり今後については話さないものかと思っていた。
「アイドルはやめたんじゃなかったんだ」
「本当はそうする予定もあったんだけどね。贅沢な悩みかもしれないけど、これでも割とファンの人たちが残っていてくれて、クラブサイトとかもまだまだ現役だったりするんだ」
「へー」
脳裏で検索してみるが、確かにあった。ホントにまだ生きている。
「僕的にはこっちですべきこと、やりたいことがひと段落するまでフロントアライアンスに居続ける契約をしたかったんだけど、時間が決められていないと納得できない人たちが多くてね」
ゲームとかのコンテンツでしか実例を知らないけど、無期限休止だとファンは離れやすくなるからそのためだろう。
「1年。それが、僕がオルメリパートナーとしていられる最大の時間なんだ」
「え……」
あまりにも短い。そんなのでいいの? というか、ボクあと1年でパートナーいなくなっちゃう感じ⁉
「あ……」
何かしら言おうと思ったが、うまく出力できない。
「ごめん。もっと早く言わなくちゃいけなかった」
「うん……」
そんなことないよ。と言えばよかったのだろうか。唖然としてしまい、まだ言葉が出ない。
「着いたね。今日はもうお互いに休みだけど、ちょっと喫茶店にでも行く? 僕が持つから」
「うん」
いつの間にか、フロントアライアンス近くの喫茶店まで着いていた。余りにこの体で帰りたすぎて足が動いてしまっていたという事実に衝撃を覚えた。
「いらっしゃいませ」
「2名で」
ここはアイス付きのワッフルが安いから、2つぐらい頼もうか。コーヒーは安めのにしておこうかな。
席に着き注文を終え、コーヒーが出てくるまでお互いに無言だった。
話が始まったのは、ボクがイチゴアイス付きのワッフルを食べ終えたころだった。
「急で悪いんだけど、僕はあと半年しかフロントアライアンスにいることが出来ない。っていうのはさっきの話から分かってるよね」
「うん……」
「今更この話をしたのは、僕が覚悟を決めたって事を、君に伝えたほうが良いと思ったからなんだ」
「ふん……」
いまいち話がつかめないので、相づちしか打てない。
「次の争奪戦、いつどこで、何を賭けて行われるかって、ハレオは聞いてる?」
争奪戦、オルメリの星の一部権利や土地などを賭けて行われる国家間の戦い。日本の第一代表がフロントアライアンスだから何度か参加したことがある。戦いというよりかはスポーツみたいなものだ。
「……ごめん。分からないや」
最近は色んな人と話せていると感じていたが、必要事項について話が上がっている時に混ざれるほどボクのコミュニケーション能力は高くない。こういうのは自分から聞かないといけなかったのだろう。
でも最近忙しかったし、聞くのが余計面倒だったから……。いや、言い訳はやめておくべきだな。
「次の争奪戦は今から約半年後、アメリカの代表チームとの戦いになる。そして賭けられるのは、天城進助の所属」
「おじさんが? でも急にどうして」
普通は領地とかオルメリの星の資源採掘権とかがかけられるのに。人物がかけられるのは前代未聞だ。ルール的にはできるはずだけども。
「実は急な話でもないんだ。2年以上前からこの話は出てたんだ」
美華が喋りながら黄昏る。
「えっ。ボクが所属したぐらいじゃん」
「そう。というよりか、君はかなりこの事態に降り回されてるよ、知らないかもしれないんだろうけど」
「知らなかった。教えてくれる?」
黄昏ていた美華の顔がこっちを向く。
「まず、アメリカがおじさんを戦力として必要としたところから話が始まるんだ」
「それまたどうして」
「順を追って教えるよ。そもそも日本に戦力が集中しているっていうのは気付いてるかな。おじさんがそうだし、この国にはオルメリの在籍数も多い。早瀬一樹だって、立場上中立だけど日本以外の国に所属したことは1回もない」
早瀬一樹が出てきたことに引っ掛かるが、それは置いておこう。
「それで、アメリカも2番目ぐらいにはオルメリ関連の戦力が充実しているんだけど、近年ヨーロッパや中国がオルメリ関連で異常な急成長をして、どちらかだけでもアメリカに対抗できそうなぐらいまで。そこで、一応は真っ当に戦力を増やしていたアメリカが、全争奪戦の抑止力的存在になろうと強い人やオルメリを躍起になってかき集めてるって感じなんだ」
「なるほど」
要は常に自分達が周りを諌められるほど強くあり続けたいから、引き抜きを行っているということか。
「セブンエンカウンターズって知ってるよね?」
「さすがにそれは知ってるよ」
オルメリの星が初めて地球に接触した後、最初に行われた、オルメリ対人間での争奪戦で活躍した7人の事だ。個人情報などの詳細は伏せられているが、航空機や戦車しかなかった頃にオルメリと真っ向勝負して打ち勝つことができる化け物ぞろいであることは記録されている。
「そのうちの2人がおじさんと早瀬一樹だ」
「まあ、知ってる人の中で誰がそうかって言われると、ね」
ボクが知る限りおじさんは負けたことが無い。早瀬一樹は戦力的にどうかははっきりしないが、色んな組織と裏や表で繋がっているらしく、その影響力は計り知れない。
「そうだよね。でさ、この時点で日本は過剰戦力なわけ。だけど、この国のスタンスとしてどこかに介入するとかはあんまりしないんだけど、それがアメリカ側にとって都合が良くないらしくってね」
「それで、中立なスタンスの一樹さんは無理だからおじさんを引き抜こうとしてるってことか。でもさ、アメリカって既に一人セブンエンカウンターズっぽい人がいなかったっけ?」
「そう。空美紅炎もおそらくセブンエンカウンターズ。自分からは言わないけど、さすがにアレで気付かない人はいないよ」
空美紅炎。日本人で、空美流の剣術を発展させた独自の戦闘術で無双するオルメライク使いだ。
彼の戦いぶりは何度も見ているし、何なら同じ争奪戦にいたこともある。直接相対したことは無いけど、近寄るだけでかなりのプレッシャーを感じた。
「セブンエンカウンターズ内で、1つの国に所属するのは1人までって取り決めてたみたいなんだけど、外部の人間が強行して集中させるとそれを止めるのが難しいんだ」
「そうしちゃうと自分たちがセブンエンカウンターズですって言ってるようなもんだもんね。まあかなりバレバレだけど」
チョコのワッフルも食べ終えて、ボクが喋る。
「そう。その隙をついて、アメリカはおじさんを引き抜こうとしている。もちろん日本はそれを阻止するつもりでいるけど、勝てるかどうかは正直分からない……というか多分、向こうの方が強い」
「それじゃあダメじゃん」
「だから、何もしないのが嫌でボクは無理を言ってここに来たんだ。もしかして才能ないかもとか思った事もあったんだけど、幸いなことに今はフロントアライアンスのトップ3ぐらいには上り詰めてる」
思い立ったら行動。元々アイドルをしていただけあって、モチベーションが高い。ボクも見習えるといいんだろうな。
「すごいね。ボクはあんまり手伝えてない感じがしちゃうけど……」
「いいや、ハレオもちゃんと役に立ってるよ。でも、個人的にはまだ足りないんだ」
「それってつまり」
なんだか面倒な、嫌な予感がする。
「この僕の残り半年間、僕と共に全力で戦って欲しい。争奪戦に勝つには僕の最高の相棒な君の力が絶対に必要になるから」
「う……」
正直、かなり面倒だ。面倒だと思いながらやっていることを、更に力を入れてくれというのはちょっと。
でも、最高の相棒かぁ。絶対に必要、かぁ……。協力したくなっちゃうよな、そう言われると。
「ボクもおじさんにいなくなられても困るし、ちゃんと戦おうと思う。一応これまでの特訓も、アイドルとしてのステップアップもなんとかやっていけてるわけだしさ」
彼はさらに切り出す。
「でも、なんとか。なんだよね」
「あ……」
気付く。彼は今以上にボクを鍛えようとしている。アイドル業がおろそかになるぐらいに。
ここで気付く、彼の1番の目的は多分、ここから半年はボクにアイドルを止めさせる事だ。
でも、ボクは今ここで答えたくない。やっと軌道に乗って、誰かにちょっとは自慢できるぐらいのレベルにまでなった。業界の人とのつながりも僅かにできた。面倒なことは多かったけど、ここまで築いたものを無に帰させるのは嫌すぎる。
「「…………」」
話は進まず、彼は会計をして、ボクも付いて行くだけになった。
オルメリ体に意識の割合をあて、最大のリソースで考えてみるーー
「何を言うのが、何をするのが正解だったんだろう?」
ーー答えは出なかった。そして、話の最後に彼も何も言わなかったのは、アイドルを止めることによる負い目を知っていたからだということを、ボクは寝る前に気付いた。
オルメリエンカウンターズ @gennomiya
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