第10話 個人的な地獄

 ボクの朝は早い。普段はそこまで早くなくて良かったのに。

「おはようハレオ」

 いつもと違い美華を見下ろしている。やると決めた事をなるべく楽にこなすため、アイドルボディはデイライトルーンの事務所に預けてきた。本体で過ごした時間の方が長いはずなんだけど、今となってはこの視点にちょっと違和感を覚えてしまった。

『おはよう』

 オルメリに眠気は無いはずなんだけど、朝はどうにも苦手だ。

「今日はまず、進助おじさんとモカミさんのペアとの模擬戦だ。腕の見せ所だよ!」

 彼の笑顔は、ボクがきついときばかり輝いているような気がしてきていた。

「おはよう。朝だからって気を抜くなよ」

『分かってるよ』

『平行してやるのはいいけど、そろそろ根を上げそうかもね?』

『そんなことない、と、思うけどな……』

 ボクがモカミの心象をうっすら理解できるように、彼女もボクの奥底を覗くことができてしまう。モカミは冷やかしだけではなく心配してくれてるのは分かった。

『どうだかね~。さ、私たちが結構強くなったの、見せてあげようじゃない』

 モカミがおじさんを乗せ、向こうのカタパルトへ歩いていった。

「調子に乗りすぎるなよ」

『分かってるわ』

 おじさんは第三世代オルメリとの相性が良く、モカミとの仲もずっとよかったので、機体をかえても瞬く間にフロントアライアンスのトップに返り咲いていた。

 正直相手したくなかった。とりあえず、勝てなくていいから学ぶところがあればいいか。

「さあ、行くよ!」

『了解!』

 カタパルトから打ち出され、戦闘宙域まで出る。

『前方に見えた。撃ち合う?』

「撃ち合う!」

 すれ違いざまに機銃を撃ちあい、お互い有効打にならないまますれ違う。ターンし、再度接近。今度は変形し、格闘戦になるかと思いきや、相手は再度変形。こちらをすり抜けてバックで飛行。この無茶な機動はおじさんらしくないが、モカミが考えたとも思えない。たぶん新しい動きとしておじさんがチャレンジしたのだろう。

『むこうも進歩し続けてるって事か!』

 こちらに機銃が当たり、エネルギー装甲に当たる。

『ルール上、リソースが15%を切ったら負けだよ! エネルギーにしてあと70パー』

「計器に見えてる! おじさん、僕たちじゃ新技の練習台レベルか」

 美華の声が荒ぶり気味だ。焦りすぎじゃないかな。

『でも、同じことは思った!』

 ボクたちだって、並のペアよりかは強いことを見せつけてやろう。

『機体制御、ボクに任せてもらえる?』

「いや、僕に挑戦させてほしい」

 操縦桿を握る手に力が入りきっている。本来は適度に力を抜くべきだが、それを今言うのは野暮ってものだ。

『分かった。力は抜いてね』

 仕方ない子だな~。ま、ボクの方が先輩なんだからそれぐらいね。美華は多分、おじさんを追いかけてオルメリのパートナーを目指したんだろうし。

「くっ、やっぱり、ドッグファイトじゃおじさんに分がありすぎる。でも、後ろを取られてもできることはいくらでもある。格闘お願い!」

『りょーかい!』

 縦に180度回り推進、上下逆さまのまま変形。突っ込んでくるおじさんを迎え撃つ。

 爪がシールドに深く刺さり、かなりダメージを負わせることができた。

「おじさんはモカミの操縦にまだ慣れ切っていない!? 今なら勝てる、のか……?」

『そこで自信なくしちゃダメでしょ』

 むこうは戦闘機のまま遠くに離れていく。既に体勢を立て直されていた。相変わらず軌道が綺麗だ。

 ボクも戦闘機に戻り、的にならないようにする。美華の手の力が良い感じになる。

「それもそうだね。行くよ」

『うん』

 綺麗に進む感覚がある。これなら無敵のおじさんに勝てちゃうかも⁉ 

 向こうが戻ってきた。次はどう来るか。パターンは単純に予想できないが、こちらのパターンも読ませる気は無い。

 お互いにエネルギーはそこまでないだろう。この接触で勝敗が決まるだろう。気を引き締めて演算しよう。

 相対しながら、互いに威嚇射撃。お互いに当たり過ぎたらまずいから、軌道が不規則にずれる。

『美華、ここはボクに任せ……』

 集中しているのか、彼の目がすごいことになっている。その勢いに反して操縦桿の動かし方は繊細で、なるべくダメージを受けない動きを見事にこなしている。

「……くっ」

 美華の息が吐き出されると同時にすれ違う。

 おじさんは余裕そうだ。今回では仕留めきれなかったか。なら……。

 衝撃、突然。警告音が無かった。これは!

『置きミサイル! まさかそんな』

「そういえば、そういうのができる人だったな……」

 勝敗は急に決した。美華の才能はおじさんに引けを取らないと思っているが、さすがに踏んできた場数が違う。冷静さや機転が足りなかったか。

 ボクから先に帰投する。時間に余裕のあるおじさんは、空中で変形の練習をしている。

『……ごめん』

「謝らないでよ。僕が冷静になりきれなかったのもあるし。でも、やっぱりすぐにおじさんは超えられないってことか……」

 すぐ、という事はあきらめていない。なら良かった。

「そういえば、アイドル業の方は大丈夫そう? もう仕事始まってるんでしょ?」

『うん、人間体とオルメリボディは同時に動かせなくもないからね。試合に全力を出してたから今からちゃんと動く感じだけど』

「そっか、わざわざありがとう」

『どういたしまして』

 帰投しながら、アイドルボディに服を着せてくれた紫月さんにお礼を言う。オルメリ側の意識はもう2割程度だ。

 整備中になってから最低限の1割にしたが、帰投してから人間体のモカミが色々自慢してきた。話を返さないのはダメかなと思い、返事はすることにした。ボクのアイドルボディは迎えの車に乗ったところだ。

「やっぱ、進助とアタシのペアもかなり相性が良いみたいね。アタシは今回大丈夫だったけど、アンタもしっかりパートナーのフォローの仕方について考えたほうがいいかもよ」

 アドバイスとしては真っ当だが、どうにも自慢げだ。そして話は、これまでのモカミとおじさんの動きの相性とか、どんどん個人的な事になっていく。

「モカミ、そこらへんにしとけ。ハレオはまだやることがあるだろうし」

 おじさんがやんわりとモカミの話を遮った。ありがとうおじさん!

「そろそろ見えてきた」

 テレビ局に着き、ダンス室で橙陽さんにダンスをみてもらう。自分も目の前の大きな鏡で確認しているが、完璧だな。

「うん。3曲ともしっかり定着させたみたいね。いずれはこの曲で誰かと一緒に歌ったり、アドリブしたりするかもしれないから……。そんなにげんなりしないで。ファイト!」

 優しく応援してくれる。面倒事を言い渡されるとボクは顔に出てしまうらしい。そんなことないと思うんだけどなぁ。

 橙陽さんが打ち合わせに行った後、鏡に映った休憩中の自分を見てみる。

 なんか、はつらつさが消えている気がする。これじゃあ魅力半減だ。慌てて笑顔を取り戻し、えいえいおー。と片腕を上げる。よし。これで元通りだ。やる気も出てきたぞ。

『ごめーん! これ渡し忘れてた。確認オネガイね』

 橙陽さんの通信と、1つデータファイルが送られてきた。

「え……?」

 データを受け取る。うわっ、圧縮ファイル。かなり容量があるみたいだけど。一体何が入ってるんだ?

「これって、MV製作用のツール! 素材とか作り方とかはちゃんと色々あるみたいだけど、もしかして宣材は自分持ち⁉」

 手紙代わりの文章ファイルを見てみると、橙陽さんも色々と忙しく、MVを作るなら自費で外注するか自作して欲しいとの旨が書かれていた。

「直接データをいじれる分人間より早く作れるからファイト。って、言われてみればそうなんだろうけどさあ……」

 作業時間は確かに人よりはるかに短くできるが、アイデアを思いつくのはどうにも苦手だ。かなり面倒な仕事に思える。

「ああ……」

 ふと自分の姿が目に入る。アドリブを考えてと言われた後よりダメな感じだ。でもしょうがないよね。面倒事を積まれてるんだから。

「ボクの打ち合わせがあと20分、ちょっと考えるか……?」

 参考資料として、動画サイトでトワイライトルーンのMVを見てみる。

「…………」

 そこから、ずるずるとオススメに出てきた趣味の動画を見て、時間は過ぎてしまった。

『ハレオちゃん。そろそろだけど大丈夫?』

『はい。今からそっちに行きます』

 早歩きで会議室まで向かう。

「ちょっとおそい」

「紫月、余計なことは言わない」

 実際遅かったから何も言い返せなかった。

 ディレクターらしき人が来た。トワイライトルーンに懇意にしてくださってる人らしい。その人にボクの話をしたところ、まずトワイライトルーンの2人がMCをしてる番組のゲストとして出てみないかと提案してくれたらしい。

「そこまで固くならなっても大丈夫。ここは優しい人たちばかりだし、始めてばかりの子には特に丁重よ」

「そういうもんですか……」

「ほら、リラックスリラックス」

 深呼吸する。先行きがかなり不安だ。何をすればいいのかは情報もあるし、これから実地で学べるが、あまりにも負担も不安も感じる。

「どうも。ディレクターの勝浦です。こんにちは」

「こ、こんにちは……」

 思ったより緊張する。が、決まっている話をするだけだ。それなら問題ない。

「……思ったより大人しいね。緊張してる? 動画も見たけど、橙陽さん、彼女の中身変わってたりしない?」

「ちょっと、それは彼女に失礼ですって~」

「ハレオはこっちが素よ」

 世間話のように話が進む。というか紫月さん、ボクのこと呼び捨てだったんだ。初めて知った。いつかはタメで話したいな。

「じゃあそれは置いといて。流れはもう聞いてるんだったね。それなら話はそこそこに、スタジオでも見てくかい? ちょうど前番の収録やってるから」

「あ、いいんですか」

「静かにしてればオッケー。じゃあ行こう」

 そうして、勝浦さんについていく形でスタジオに入った。10分ぐらい見て、空気感だけ味わって帰ってきた。

 ふと気になったことを話してみる。

「橙陽さん、気のせいだったらいいんですけど、なんかボク、結構スタジオの人に見られてた気がするんですけど……」

「気付いてたのね。気になっちゃう?」

 紫月さんが反応する。やっぱりそうか。というか彼女も目線は気になるのか。

「そうね。やっぱり、ハレオちゃんが可愛いからじゃない?」

「え、そんな感じですか」

 本当にそんな理由なのか分からない。でも、茶化してる感じじゃないから素直に受け取ればいいのかな。でも、ただオルメリアイドルが珍しいだけだったんじゃ、でも……。

「嬉しいんだ」

「紫月さん!?」

 確かに嬉しいんだってことを、言われて確信した。あと、紫月さんが喋りかけてくるのって珍しいのでは……。

「さてと、打ち合わせ再開するよ。あと30分で番組始まっちゃうから、サクッと確認ね」


「進センパイ、チャンネル変えますよ~」

 昼休憩中、食堂にパートナー達が集まっていた。昼食は終え、ただのんびりしているだけだったので全員いるわけではない。

「いいけど、今日はわざわざ聞いてくるとか珍しいね、花丸ちゃん」

「何か聞いた方が良い感じがしたんで」

「感じ、ねぇ」

「「ねー」」

 花子と鳴が声を合わせた。進助も、花子の感覚を疑っているわけではないが、もう少し説明がつく理由を望んでもいた。

「あ」

 思わず声をあげた美華。テレビに映っていたハレオに驚きを隠せなかった。

『どうも初めまして、ハレオです。名前だけでも覚えて帰ってくださいね!』

「ハレオ……ちゃん? どういう事!?」

 困惑する鳴。内向的で受動的な普段のイメージとは掛け離れた彼とのギャップと、そもそも女子アイドルじみたことをしているハレオに脳の処理が追い付かずにいた。

「そういうことなんだ!」

「マルちゃんどういう事!?」

「前見かけたのはハレオ君だって事」

「そういう事?」

 この事を事前に知っていたのは美華と進助だけだった。だがハレオからバラさないで欲しいと言われていたので、わざわざ普段と違うチャンネルにして、話題もそれとなく離れたものにしていた。

 それを感覚で突破してしまった花子は、映像を一目見ただけでハレオの現状を見抜いた。

「あの時感じた風は面白そうだったな。歌うみたいだけど、同じ風は吹くかな?」

 わくわくしながら聞いていた花子は、最後に顔をしかめて呟いた。

「これ、長続きするもんかね。滅茶苦茶なそよ風だよ」

「歌もダンスも上手だったけど、何か変なことでも感じたの?」

 鳴の疑問の方が普通ではあるのだが、他の二人は花子と同感であった。

「なんかさ、ちぐはぐだしバラバラ。やる気も性自認も、人格所在も」

「言われてみると、そう、なのかな……」

 ハレオについての情報は進助からのものが8割。残りはスペックについてのデータぐらいしか回りに情報がなかった。

「ハレオについては俺が一番知ってる気がしてたんだが、今はマルの方が詳しいのかもな」

「そんなことないですよ。私が分かるのは風と歌だけ。簡単に心の中を覗けはしないですよ」

 テレビをオフにし、風を浴びるため花子は屋上まで歩いていった。



「すいませんけど、今はかなりしんどかったとしか言いようがないです……」

 生放送が終わった。いつまでも動けなくはないこの体だが、さすがにもうクタクタな感じ。これが毎日続くと考えるとゾッとする。

「ハレオちゃんの着替えは私がしておくから、紫月は配信の準備お願いね」

「分かったわ」

 そういえば、2人はこの後動画サイトで生放送をする。さすがにボクも見ておかないと明日の話題に対応できなさそうだ。

「ハレオちゃん。今日はお疲れ様。明日も収録だけど、大船に乗ったつもりでいて大丈夫だからね」

 番組の色んな人がちゃんとフォローしてくれたから、この言葉は信用できる。この安心感はテレビ初心者のボクにはありがた過ぎた。

「あ、ありがとうございます。明日もよろしくお願いします」

「うん。よろしく。じゃあね~」

 アイドルボディの意識が薄れながら、ふと、どうしようか悩む。

『生放送、まあ、明日の朝にアーカイブを見ればいいか……』

 わざわざリアルタイムで見てたら時間が勿体ない。即決で流れるように眠りに着いた。

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