第9話 アポ取りの時

 時は、昨夜のアポ取り前まで遡る。

「ねえ、おじさん」

「どうしたハレオ、わざわざこっちに来て。美華と一緒じゃなくていいのか」

「いや、こういうのは昔からボクのこと見てるおじさんじゃないと相談できないというか……」

 美華はボクのダメ部分をあまり知らないはずだから話しづらいというか……。

「そうか。聞きたいのは?」

「この間ロップちゃんとライブしてきたのは話したよね。その続きなんだけど、あの後オルメリアイドル専用の事務所に所属してみないかって言われてさ……」

「やったらいいじゃないか。ここは副業OKだぞ」

「そうなんだけどさ…………」

 あまり後ろ向きな事は口にしたくなかったが、他に言葉がないので腹をくくって喋る。

「アポとったらそれって本気で仕事するってことでしょ。正直ボクにそれができるのかって話なんだよね」

「できると思うぞ。お前の普段を見た感じ、結構暇だろう」

 バッサリと言われる。そういう風に見られてるのか。

「いや、やるべき事とにやりたい事がどっちも色々あるし、内心はあまり余裕がないというか……」

 言い返してしまう。だが、真面目な返答が更に来る。

「そこで俺が止めたらお前の希望通りじゃないんだろう。だからあえて言うぞ。ウジウジしたまま本当にやりたいことができなくなったり見えなくなったりしたら後悔するだろうから行ってこい!」

「う……。そうなんだよなー!」

 例え趣味だとしても面倒事にあまり首は突っ込みたくない。今までがわりと良環境だからおいそれと変わりたくない。というどうしようもない欲望が根底にあり、それが邪魔してることは自分でも分かる。

 だが、動かないと何も始まらない。

 楽しみたいなら多少の楽は置いて行けってことだよな。きっとそのはず。

「腹をくくってくるよ」

「おう、そうしとけ」

 本体のそばに行き、遂に連絡を入れた。

 

 ハレオが出て行くのを見計らって、モカミが進助の部屋に戻る。その姿は人間と変わらないものだった。

「やっぱり優しすぎるんじゃない?」

「……かもな。アイツ、厳しくし過ぎるとなんか折れそうな気がして、つい」

 ため息を吐き気を落ち着かせる。成長の遅い子供を相手している感じは、彼にとっては今に始まったことではない。

「否定はしないわ。でもあいつ、アタシとの模擬戦の時から……、正確にはあの体になってから、変わってきたんじゃないかなって思ってたんだけどな」

「変わる転機はあったし、これから迎えもするはずだけど、どうもな」

 生きて誰かと関わっている以上、その機会は何度もあったはずだが、ハレオはハレオのままだった。

「やっぱり、アイツはアイツなのかもね」

 モカミは今の体に意識が合わさる感覚を理解していたが、ハレオはそうなっていないと、繋がりで確信していた。

 せめてアイドル活動を通じて何かしら成長してくれればと2人とも思っているが、強い期待はしていなかった。

「それにしても、アイツが急に飛び出して歌い始めたときはビックリしたな。でもまあ」

「突飛ではなかった? 前例があったからね」

「いやはや、そうなんだよな」

 人のいざこざを歌って解決。それは既にフロントアライアンスの天才肌、丸花子が5年前に行っていた事でもあった。

「マルちゃんの話? 私も混ぜてよ!」

「話をすればなんとやらだな」

 重音鳴(かさねなる)がやってきた。用事で来たのだが、お喋りを優先したい気分だった。

「ナルちゃんとマルちゃんの五年前の話よ。アレと同じようなことをハレオがやったって話がね」

「え!? そんなことあったの。私知らなかったんだけど。データ残ってる?」

 驚き、目が輝き、身を乗り出してくる。せわしなく、ほんわかした雰囲気だが、ハレオと違い彼女は一応大人だ。

「まあ、一応あるけど」

「おんなじチームなんだし、見る権利はあるでしょ?」

 痛いところを突かれた。審議を通すほどの事ではないと思っていたので秘匿申請をしておらず、過去の恥ずかしムービーを垂れ流す羽目となった。

 進助が再生させ、鳴は恥ずかしがっているモカミを気にせず映像を見た。

「あー。大体あの時の感じだね。ハレオちゃん知っててやったの?」

「それが知らないらしい」

「うそ。ホントに? 偶然にしては出来すぎてない」

「俺もそう思ったんだが、こないだ初めて知ったって。なあ」

「そうね。オルメリどうしの繋がりでしか裏付けられないけど、ちゃんと自分で考え付いた上での行動のはずよ」

「繋がりかー」

 オルメリにしか分からない根拠なので何とも言い難いが、とりあえず納得することにした鳴であった。

「そういえばだが、何か用事で来たんだろう」

「そういえば! 争奪戦練習の欠員補充、安西さんに決まったっていうのと、諸々の話」

「決まったか。早すぎず遅すぎずって感じだな」

 進助はデータをまとめた紙を貰い、一通り流し見た。モカミはデータをインストールした。

「特に問題は無さそうだな」

「そうね」

「じゃあ、私は自分の部屋に戻るね」

「ああ、お疲れ様」「またね」 

 鳴が帰った後は、静かであった。


 番号が送信になる。心の準備をしたかったが、間もなく返答が来た。

『どうもこんにちは。話はロップさんから聞いてるわ。新人オルメリアイドルの子でしょう!』

「はい。ハレオと申します……」

 この声はトワイライトルーンの姉の方、橙陽さんだ。お互いに喋るのは初めてなのに、開口一番でこの押しは引いてしまいそうだ。

『うちに所属希望なんでしょ! どうぞ入ってきて欲しいわ。アポイントの電話でしょう。いつがいい?』

 こちらが引く間もなく、話を進めてくる。ちょっと待って。

「じゃあ、3日後の10時がいいです」

 掛けた時間にして1秒だが、脳内ではかなり悩んだ末での答えだった。

『了解! 私も紫月も予定を空けておくわ』

「ありがとうございます」

『何か聞きたいことはある? ここの住所は名刺にあるところだけど』

「今は特にないですかね」

『了解。それで、あなたのフロントアライアンスでのシフトって送ってもらう事はできる? あなたが来るまでに予定を練っておこうと思うんだけど』

「はい、問題は無いので送ります」

 これも送るか迷った。そこまで管理する必要は無いだろうと初めは思ったが、実際はある事を理解する。

『届いたわ。ありがとうね。こっちのシフトも作り終わっておくわ』

「ありがとうございます」

『それじゃ、お互いよろしくね』

「はい。よろしくお願いします」

 そうして電話を切ろうとした瞬間、橙陽さんとは違う声が聞こえた。

「待ってる」

 トワイライトルーンの妹の方、紫月さんだ。しっかりと聞こえた。

「ふう~」

 電話を切り一息ついた。誰かと喋るのは疲れやすい。

「お疲れ様。これから頑張るって感じだね」

「美華。いつからいたの」

 びっくりした。いくら格納庫が出入り自由とはいえ、ボクが気づかないなんて。

「さっきね。それより、キミには悪いけど、まずはこれを見て欲しい」

「ボクに悪い?」

 一体どんなものを見せられるのか、渡された印刷物を手に取る。うげっ。

「けっこうストイックな内容だね……」

 ボクの勤務時間にみっちりとやることが詰め込まれていた。色々な物事を犠牲にすれば出来なくもないけれど……。

「ボクと一緒に頑張って貰いたいんだ。いいよね?」

「うん……」

 規則の範疇なので、口出しすればボクの方が違反になってしまう。ハナから断らせないつもりだったのだろう。

 そこまでする理由はなんなんだ。まあ、どんな理由であろうとボクの反論は歯が立たないだろうけど。

「よろしく頼むよ」

 そういう彼の笑顔は天使のようで、悪魔の微笑みに思えた。

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