第7話 ライブは突然に

 ロップちゃんの手に引かれ、2人で壇上に上がる。

「皆さん、かr…彼女がオルメリアイドル期待の新人、ハレオさんです!」

「初めまして! ハレオです! よろしくお願いします!」

 喜んでいる観客もいるが、無表情の人も何人かいる。

 無意識に手が震えていたのを意識で止める。頭のキャパシティは全然超えていない。だからかえって、それぞれが何を言っているのかが分かってしまう。

「えらい元気そうな子が来たな」「だいじょーぶそーかなー」「ファイト―」

 ポジティブな声が多いのが救いだ。ハラハラはしたままだけど、ちょっとほっとした。

「観客の方々は敵でも味方でも無いですよ」

 ロップちゃんがこっそりアドバイスをしてくれる。が、その真意を今すぐには理解出来ない。

「大事なのはあなた自身です。では早速、歌の方を試してみますかね、まずはこの曲!」

 曲が始まる。そういえばセトリをもらっていない。でもこれは知っている曲。セルフ録音再生でなんとか切り抜けられそうだ。

「「~~♪」」

 隣にいてボクは初めて気付く、ロップちゃんはちゃんと曲を歌っている。そしてボクの手抜きにも気付いている! 美華のあの時の張り付いた笑顔に通じるものを感じ取れる。もしかして試されてる?

「負けてられない!」

 アイドルボディを手に入れる前から、データ内で何回もシミュレートしてきたんだ。あこがれはまだ消えていない、億が一間違えても良い、今この場でボクの全力を出しきる!

「!」

 ロップちゃんが反応する。美華の時もそうだったけど、もしかしてボク、ちゃんと歌った方が上手い?

「「~♪」」

 歌っていた曲が2番に入らず終わり、メドレー式にパートが分かれる曲に入る。彼女が低音側、ボクが高音側だ。

 もしかしなくても試されてる。なら、やり切って見せる!

 テンポが上がり、EDMを取り込んだ曲に代わる、これは元々パート分けされてない曲だけど、パートを交互に分けて歌うのか? と思ったら当たりだ。

 歌いながら、試す以上に楽しんでいるのを彼女から感じ取れた気がした。ボクももちろん楽しい。今は喋れないから、歌い方で伝わってると良いな。


 何曲も歌い終え、やっと一息。と同時に、ロップちゃんが空中でスワイプ、データが送られてきた。これは、聞いたことのない歌! これを今から一緒に歌えと!?

 驚いているのもつかの間、もうイントロが始まる。新曲であることを察知した観客は盛り上がっている。

「今日はこの曲でラストです! この後に握手会もする予定なので、アンコールはなしでお願いしますね!」

 ふと、観客の後ろ側に美華が来たのを確認した。カフェでのんびりしてたのかな。楽しそうな感じがするから、意外とずっと見てたりして。

「「~♪」」

 歌いだしから好調。掛け合いもこなし、サビもちゃんとハモった。ああ、なんかずっと楽しい。音楽の波が見えるようだ。

 彼女の作り出した波に乗っかっていくだけのつもりだったが、今はボクも波を作り出せている感覚がする。この瞬間が好きなだけ続けばいいのにな。

「ありがとうございました!」「ありがとうございましたー!」

 曲が終わり、ロップちゃんにつられてお礼を言う。流れるように握手会に移行し、ボクは裏に戻ることとなった。

 一息ついてると美華がやってきた。

「ロップさんが、僕を通すようスタッフに言ってくれたみたい」

「裏方としてもすごいんだね、ロップちゃん」

「だね。でもハレオも、歌ってるときはかなりいい線行ってたと思うよ。楽しそうで、また元気をもらえた気がする」

 またボクも元気をもらってしまった。美華の笑顔は凄い。でも、儚い感じがするのが少し怖い。ボクが見て分からないだけで疲れてるんだろうか。

「ボクこそ、ありがとう」

 ロップちゃんから通信が入る。

『ハレオさん、もし興味があれば、私の隣で握手会してみます? 嫌なら無理に勧めませんが、結構要望来てるんですよね』

『はい、せっかくですし!』


 ここで調子良く引き受けてしまったために、滅茶苦茶疲れて滅茶苦茶気を使う握手会で、嫌というほど神経をすり減らすのであった。でも楽しかったからオーケーだね。


 時間制限で握手会が終わり、スタッフ用の待機室で休憩をとれることになった。

「やっぱり、素質はあると思うんですよね、ハレオさん」

 まじまじと見つめられる。ちょっと照れる。

「そう言ってもらえると、うれしいね」

「その調子で、これからドンドン活動をしていって欲しいです」

「そうですね……」

 言葉ではすぐ引き受けてしまったが、普段の仕事に加えて趣味で活動なんて、週何回動画投稿できるんだろう。何かを作るのは時間も労力もかかるのを知っているから、手が伸びづらいし、時間を無理に作るなら漫画とかネットとか見てリラックスしたい。

 言われたからにはやらなきゃという罪悪感もあり、週1ぐらいは適当に何かでっち上げて投稿するか……。と腹をくくっていたら、ロップちゃんが名刺のカードを2枚渡してきた。

「どうぞ、ハレオさんは今持ってますか?」

「データでなら……」

 フロントアライアンスに入社した時に作ったものを送信した。受け取った名刺を見てみると、ロップちゃんのと、デイライトルーンのものだった。

「これって、トワイライトルーンの二人が経営してる事務所ですよね」

 さすがのボクでも知ってる。ロップちゃんの次に有名なオルメリアイドル達だもの。

「はい、私から話は通しておくので、ぜひお時間がある時にアポを取って行ってみて欲しいなって思ってるんです。事務所の所属アイドルを増やしたいとのことでしたので」

 人間の子じゃダメだったのだろうか、と気になったが、事情があるだろうし聞かないことにした。

「そうですね、検討してみます」

「ありがとうございます。もし事務所に所属したら、何をすればいいのか事務所が決めてくれる場合もあるので、普段はフロントアライアンスで働いている合間にもアイドルしやすくなると思いますよ」

 そういう方面でのアドバイスが来るとは思っていなかったのでドキッとした。彼女はボクが面倒くさがりなことを知っているのだろうか。 

 ……知っているんだろうな。どうせおじさんとか上の人たちは早瀬一樹と知り合いなのだろうから。パートナーであるロップちゃんにも話は来てるだろう。

「ありがとうございます」

「よっ、ロップ。こっちも終わったから迎えに来たぜ」

「カズキさん!」

 突然、早瀬一樹が現れた。予兆や気配すらなかった気がする。

「ハレオ君に、美華だな。久しぶり」

「お久しぶりです。その節はありがとうございました」

 どうやら親しい仲のようだ。ボクとはほぼ初対面のはずだ。

「パートナー、上手くいってる?」

「あまり日が経ってないので断言はまだ。でも、ハレオとは上手くやっていけそうな気がします」

 美華から認めて貰ってるってことでいいのかな。断言出来ないのは、それはそうなんだけど言い切られると寂しいな。

「そうかそうか。良さげなら良かった。じゃあ悪いけど用事入っちゃったから、そろそろ行くわ。じゃあまたいつか」

「はい。また」

「ハレオ君も今度また、趣味の話とかできると嬉しいな」

「あっ、え。はい」

「じゃあちょっと次の用事があるから、また今度、ゆっくり話をしような!」

 急にボクに矢印を向けられてもな。と思う間もなく、彼はロップちゃんと早歩きで去ってしまった。まるで風のような2人だった。

「あ、この衣装、着たまんまだよ!」

 もうロップちゃん達の姿は見えない。焦るボクを見越したかのようにメッセージが届く。

『ハレオさん。そのプロジェクションドレスは、アイドルデビュー祝いということで貰ってください。それがあれば、あなたも私みたいなアイドルになれるかもしれないという願いも込めてあるので、是非』

 ありがたいお言葉と共に貰ってしまった。

「良いのかな」

「良いと思うよ。ロップさんの願いとトレードオフだって感じだし」

 この服に、ロップちゃんの願い。か。ちょっと荷が重すぎる感じがするけど、折角貰ったんだし、ちゃんと使おう。


「そういえば美華、一樹さんと何かあったみたいだけど、聞いても問題ないこと?」

「今はちょっと。整理がついたら話すつもりなんだけど、その時までいいかな」

 笑顔で、優しい声で語りかけられた。その印象はまるでドラマのワンシーンだ。

「分かった。待つことにするよ」

 これこそ信頼されてるパートナーの執るべき対応だろう。今のボク、ちょっとカッコいいかも。

「なんか今日はもう疲れちゃったし、帰ってもいいかな?」

 まだ夕方にもなっていないけど、色々ありすぎた。美華もうなずいてくれたし、ここからは変装して帰って、それからのんびり自分の部屋で過ごそう。



 ラグモルフォに乗り込み、ショッピングモールから二人は飛び立った。

「ロップ、データ貰えるか」

「はい。やっぱり彼、潜在能力ならかなりのものがありますよ」

 運転をロップに任せ、データ全てに目を通し、一樹は答える。

「そうだな。自我も確立してて回路も特異性があるし、もしかしたら成るかもな」

 オルメリの内面は自我の強いヒトと弱い機械の2タイプあり、ハレオやモカミなどは前者である。自我の強いオルメリ間だけでしか感情の伝搬は起こらず、ハレオがモカミしか内面を理解できなかったのは彼の鈍感さではない。

「プランBで行けそうですかね?」

 今後に関わる話なので、一旦冷静になり訪ねたロップ、一樹は何とも言い難いといった様子だ。

「まだ分からない。ただ、その気があれば働いてから1年も経たずにアイドルボディを特注できたって事は、頭の隅に置いておいた方がいいかもな」

「……ですね。歌った時、こっそり彼と繋がって実感したんですけど、面倒くさがりは筋金入りって感じでした。思考にロックでもかかってるんじゃないですかねアレは」

「流石に言い過ぎ、とも言えなくはないかもな」

 オルメリの脳はコンピューターの様なものだということは既に明かされていた。それがどのようにプログラミングされて出来たものかは完全に解析出来ておらず、謎が多く残っていた。

「私個人としては、プランAやCより断然こっちの方が良いと思うんですけど」

 ふう。とため息をつく。どう言っても一樹のスタンスは「なるべく中立」から変わらないのは彼女も知っていた。

「こればっかりは運命だ。さすがに事が大きすぎる」

 介入するにせよしないにせよ、そう遠くない内に大きく世界が動く。その天秤は自分以外の当事者間で動かすべきだと考えている。

「分かってますよ、それぐらい。ハレオさんについては私のわがままなんですから」

 数少ない同類であり、歌が好きなハレオをアイドルの世界から逃したくない。これはある意味純粋な欲望でもあり、願いでもあった。

「勝手に当てはめようとしている枠に対して、あの子はどう感じているか」

 ハレオのあまりにも人間的な思考は、不確定すぎる先は、演算能力の高いロップでも断定出来ずにいた。

「あと一樹さん。シャロさんのケアや某国の不法アプリケーションの件、今日私たちを狙った勢力についてとかも同時進行ですけど、大丈夫なんですか?」

「前ほどきつくないさ。一番大きな事にはまだノータッチでいいから」

「それはハレオさんの件ですか?」

「まあ、そう? かもな」

「かもって何ですか、かもって」

 不満げに言いつつも、彼の力になるべく、この件はあくまで1人の趣味ワガママの範疇に収めておこうと決意するロップであつた。

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