第3話 告げられた面倒事

「解消って、そんな……、ボク、明日から何することになるの……」

 もう、おじさんの下で言われたことをこなすゆるーい生活は無理か……。不安しかない。

「明日、期待の新人が来るんだ。お前はその子のパートナー兼世話係になる。ちょうどよかったじゃないか、今のお前なら人間の体があるから、コミュニケーションしやすいぞ」

 なでるしかない肩を叩かれる。

「そのために買ったわけじゃないんだけどなぁ……」

 ベクトルの違う励ましだけど、言い返しても意味がない、何言われてもうなずくしかない。

「まあ気を落とすなって。反省文はさっと自分の内心のレポートとかを写して。せめて今のうちはちょっと遊んでこい」

「変な所で優しいよ~」

 流れ出た涙は嬉しさか悲しさか。しょうがない。10倍速で思った事とかを写してレポートにしよう。そんでもって、終わったら近くの公園で路上ライブでもしてみるか。

「外出とドローンの許可取ってこなきゃな~」

 面倒な手続きだけど、しないと後でもっと面倒なことになる。さすがにもうサボる気はない。

『ハレオ』

 モカミが呼び止めてくる。

『アンタが動いてくれなかったらずっともやもやしたままだったかもしれないから、今言っとく。ありがと』

「なら良かった。嬉しい」

 純粋に嬉しかったのはいつぶりだろうか。やっぱり人のためになることをするのは気分が良いんだな。

『そう。じゃ、これ以上アンタの趣味の邪魔しちゃ悪いわね。行ってらっしゃい』

「じゃ、ぼちぼち行ってくるよ」

 手を振るモカミを背に、即行で服を取りに行く。その傍ら、なるはやでレポートを出し、オンラインでドローンと外出の許可を取って、1時間後には公園までやってきた。

「人通りはちょっとか。まあ夕方だもんな」

 めちゃくちゃ人がいても、それはそれでいいかもしれないけどとにかく困る。今ぐらいの人数がボクにはちょうど良い。

「さてと、曲はこんな感じでいいか」

 好きな曲をセットしかけたところで、ふと1人目が合い、ボクの手が止まった。

 ……何この子、めっちゃ可愛いじゃん。笑顔が滅茶苦茶眩しい。

「今から歌うんですか?」

 ブロンドのショートヘアー、整った見た目や佇まい、どこからともなく後光か光芒が降り注ぐこの感じ。まさに天使だ。

「あ、はい……。実は今日、初めて人前で歌うので……、よろしかったら! ……ぜひ見るだけでもいいのでお願いします……」

 初めてのお客さん!? どうしよう。緊張、興奮、落ち着くんだボク。

「じゃあ、僕以外はまだ並んで無いようだし、前に座らせてもらうね」

 彼は地面に座った。土で汚れるのとか気にしないタイプなのかな。

「どうぞお構いなく……」

 ちょっと緊張はとけたけど、何だかムズムズする。この天使みたいな子の前で歌を披露する事に気が引ける。まあ、ダウンロードは完璧だからへまはしないけど。変な罪悪感がわいてしまう。

「じゃあ、歌います!」

 2.3曲既存の曲を歌ってみたら、意外とお客さんが寄ってきた。嬉しい。

 初めてにしてはかなり上々だと思うけど、天使みたいな少年は笑顔のまま変わらない。でも目は笑ってないというか、その道のプロみたいに厳しい感じというか……。

 もしかして、あまり受けてない?

 でもまだ一番前にいてくれるってことは何か期待してくれてる感じなのかな?

「よし、エンジンかかってきたんで、もうちょっと頑張ってみます!」

 いいぞー。頑張ってー。と何人かが応援してくれる。ボクは録音再生的なものからその場で歌う方にチェンジするだけなのだが、正直に言う必要はないだろう。

 大きく一息吸い込み、罪悪感や不安をはねのけるよう、大きな声で、気持ちで歌ってみる。

「ーあっ」

 少年の目が輝いた。ぱあっとした気持ちがボクにも広がる。嬉しい!


 一曲歌い終わったところで気づく。さっきよりお客さんの反応が良い。気がする。

「このままいくよ!」

 胸の中がふわっと、すうっとしたもので溢れていく。初めての感覚か。いや、モカミにお礼を言われたときも似たような感じだったかも。

 お客さんも乗ってくれる。天使のような少年も、楽しんでくれている。

「そうだよ。皆が楽しんでくれてるのがボクにとっても一番嬉しい!」

 そこから2時間ぐらい、日が暮れかけるまで歌い続けた。

「次の曲で今日のボクのライブは終わりにします。ここで見てくださってる皆さん、ありがとうございます!」

 お客さんの声に応えるように、ボクの歌もクライマックスを迎える。

 今までの熱が、ボクや皆の楽しさが、新しい歌を紡ぎ出す。

「オリジナル曲、歌います! スタートライン!」

 前向きな気持ちがそのまま出力できる。上がるメロディーにカッコいい感じ、まさにこれがボクの始まりなんだ!


「皆さん、本当にありがとうございました! 今日の夜から動画のチャンネルも始めるので、良かったら見ていってください! 今日のライブも載せちゃいます」

 そうして解散する流れになったと思っていたのはボクだけのようで、3割ぐらいのお客さんから、名前とか普段なにしてるかとか、色々と質問攻めにあった。ああ、帰ってダラダラするための時間がどんどん消えていく。


 質問になんとか答えきったけど、他人と喋るのは思ったより精神力が減るもんだな。個人情報とか上手いこと隠さないといけなかったし。

「でもこれで帰れる」

 支度中に、さっきまで少し離れたところでボクの事を見続けていた天使のような少年がボクの前までやってきた。

「ねえ、名前って、ハレオなんだよね?」

「あ、はい、ハレオです。全部カタカナで書きます」

 いつも通りの雰囲気で返答してしまった。陰キャ全開になってないか不安だ。彼は気にしてないようだけど。

「そっかハレオちゃんか。覚えておくよ。ありがとう。励みになったよ」

「そうですか。良かったです」

 そうして少年もどこかへ行ってしまった。実はボクも、彼を見て密かに元気をもらい返されてた事は心にしまっておこう。


「ふう……」

 帰ってからどうにか動画を5本撮り終え、1日1個づつ投稿予約して、趣味の活動は終わりとなった。ライブ映像は質問攻めにあってたときに密かに編集していたので、今回ついでに投稿した。

「ふふふ……」

 明日起きてから再生数がどうなってるのか、楽しいやら怖いやら。

『ハレオ~、ちょっと聞いてくれる』

「モカミどうしたの」

 ドローンが泣きつくように飛んで来た。

 なんだかいつもの感じに戻ってきたかも。この押しが強い感じは安心する。

『あのさ~、進助がさ、第三世代改装はしなくてもいいんじゃないかって』

 オルメリの第三世代ってバリバリに人間の手で改修されて乗り物に変形出来るようにしたやつだから、人体改造みたいで倫理とか精神だかの問題があってどうこう、という話を聞いたことはある。

「それね~。ボクも最初はさんざん言われたけど、契約書みたいなのにサインしたらサッと審査してスッと通ったよ」

『アンタのその話が聞きたかった!』

 勢いが良い。いつもは「アタシが先輩なんだからアンタより落ち着いてないとね」とか言ってるけど、今は毛ほども上に感じない。

「おじさんって元戦闘機乗りだから第三世代の方が良いんじゃないの……?」

『それがさ、自分の体をそんなにいじくられてもいいのかって』

 人間からするとやっぱり問題なのか。楽して稼げてポストもそんなにいないし、何よりアイドルボディが1番欲しかったボクにとっては美味しすぎる話だったんだけど。

『アタシはいいって言ったのに、進助はもうちょっと考えてみなって』

「まあ、おじさん優しいし、多分ボクが異常なだけだからさ。明日になっても気持ちが変わらなかったら事務局に行って許可証にサインしてきたら? 10分もかからないと思うから」

『そうする。ありがとねハレオ』

 そうして出ていくかと思ったが、まだドローンは飛んでいかない。

「…モカミ、まだ話があったりする?」

 もじもじしているのが感覚で分かる。

『あのだ、やっぱり、アタシもそういうの買ってみようかな……』

「何、って、コレ⁉」

 自分を、正確にはボクのアイドルボディをお互いが指さし、モカミがうなずく。

『やっぱり、人間の体があった方がコミュニケーション取りやすいだろうし、このドローンは結局は借り物だし、やっぱ漫画とか読んでるとやってみたいシチュエーションはそっちの方が……』

「やろうよ! ボクの場合は予算と時間がこれだけかかったけど、特注だから、モカミはどういうのがいい、大人びたの、儚げなの、ド派手なのもあったりするんだけど、どうかな?」

 まさかボクの趣味にとどまるはずのものが、彼女にも広まりそうだとは、めちゃくちゃ嬉しい。絶対にこちらの沼に引きずり込むぞ。

『急にしゃべったら聞き取りづらいって。そうね、あんまり見た目の希望とか考えたこと無いから、このオルメリのナノマシン内にある配列から人としての仮想体を構築してくれるサービスって、ちょうどいいかも』

「え、そんなの今までなかったけど……。見積もり無料⁉ なら、今はこれがベストかな」

 これなら楽にボディの案を完成できる。ボクは3ヶ月も考え込んだからな~。でもそのおかげでベストなボクになってるからな~。

『フロントアライアンス内でやってるみたいだから検査開始まではあんまり時間がかからないとしても、検査から結果が出るまで3日かかるんだ』

「なら、今から申し込んで自分の好きな要素とか今から考えてみたら? そこら辺は結構自由が利くと思うし」

『そういうのあんまり考えたこと無かったからね~。あの人が好きそうなのとか、アンタ知ってる?』

「どうだったかな~?」

 二人で話し込んでいる内に、日付が変わっていった。

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