第6話 私と未送信メール
あの時、ボタンを押せなかった。
あの時、もし押せていたら、何かが変わったのだろうか?
でもそれは、結局自分のためになってしまうのだろうか?
正解なんてないけど、どうしてもはっきりさせたかった。
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久しぶりに会った幼馴染の桜子。
高校生以来に、実家の私の部屋でお茶をすることになった。
「ぷはぁ〜! これこれ!」
桜子は、カランといい音を立てながら、麦茶を一気飲みしている。
「おばさんの作った麦茶、おいし〜! ねえ、これなんのパック使ってんの?」
「ええ……? 普通に市販のだと思う……」
「聞いといてよ」
「別にいーけど」
たわいのない話をする。
高校生の頃から変わらない、いつもこんな感じ。
今となっては心地いい。
「うわっ!これ、ガラケーじゃん!」
桜子が、棚の上に置いてあった私のガラケーを見つけたらしい。
目を輝かせ、興奮しながら言葉を続ける。
「まだ持ってんの? 使ってないでしょ?」
「ガラケーって、なんか捨てられないんだよねぇ」
「個人情報的観点?」
「まあ、それで気が引けるっていうのも嘘じゃないけど……勿体無いっていうか」
「ふーん。でもさ、結局もう使わないジャン」
「そうだけど……」
この気持ちをどう伝えたら良いのだろう?
自分でもよくわからない。
「……これってさぁ、まだつくの?」
「え?」
「ほら、電源。入らなかったら、マジで持ってる意味ないでしょ」
「まぁ……たしかに?」
曖昧な返事をしながら、充電コードを探し出す。
「うっわ、懐かしい〜。この充電コード」
「接触不良も多かったんだよね」
「そーそー、差し込み口が壊れたりさぁ」
ガラケーあるあるを言い合いながら、コンセントに差し込む。
「……」
ドキドキしながら画面を見つめる。
「……ゴクっ」
思わず、生唾を飲み込む。
「……なにキンチョウしてんのよ」
「そっちこそ。黙ってないでなんか話してよ」
「……最近、お母さんが焼きそばばっかり作るのよね……」
「その話、長くなる?」
「アンタがしろって言ったんでしょーが。付き合え」
その瞬間、目の端に白い光が見える。
「キタッ!」
思わずふたり同時に画面を覗き込む。
見慣れた携帯会社のロゴが映し出されている。
「へええ〜。まだ使えるんだ〜」
「なんか、カンドー」
「ボタン押す感覚、これこれ〜」
「えっ、押させて! ……うわあ、ナッツ〜」
「あ、待ち受け画面」
「アンッタ! 我ら青春永久不滅★ あははは、流行ってたわ〜、コレ」
「ちょっと、一周回って最先端でしょ」
「ブームは再びくるって言うけど、まだちょっと先じゃない?」
「また流行るに、100円賭けるわ」
「ギャンブルに保険かけんな。……私も100円」
「おい」
「ねえ、画像フォルダは?」
「いいけど、一応先に確認させてよ」
「りょ」
「……あ」
「ん?」
「いや、間違えてメールフォルダ開いちゃったんだけどさ」
「うん」
「……下書きに、弓絵宛のメールが何通もあった」
「弓絵?」
「ほら、病気で亡くなった……」
「ああ、弓絵! ……って、私あんまり交流なかったんだよね」
「そうだっけ」
「うん。亡くなったって聞いたのも、少し後だったし……」
「そっか。……」
「仲良かったんだ」
「そうだね。一時期、毎日のように会ってた」
「へえ、そりゃまたなんで」
「なんだろう。……成り行き?」
「随分ぼんやりした理由ね」
「人と仲良くなるきっかけなんて、そんなもんじゃない?」
「まあ、一理ある」
いつ縁が繋がって、いつ縁が切れるかなんて誰にもわからない。
「……でも、ある時から連絡が取れなくなった」
「しばらくしてから、人づてに闘病のことを聞いた」
「その時はさ、どうして言ってくれなかったんだ。って悲しかった。……一番辛いのは弓絵のはずなのに、私の感情はぐちゃぐちゃだった」
「……結局、メールは送ったの?」
「……この未送信メールが答え。送れなかったんだよね、どんな言葉も刃になりそうで」
たった一つ。ボタンを押すだけなのに、勇気が出なくて。
でも、それも今となっては。もう遅い。
伝えるべき相手が、もういないのだから。
「正解なんてないけど、不正解になる覚悟もなくて」
「私は、伝えることから逃げていただけだったんだ」
桜子は氷をガリガリと齧りながら黙っていたが、
しばらく経って口を開いた。
「……送らなかった。それが、当時のアンタの答えだったんじゃないの?」
「誰もアンタの行動をジャッジできないし、する権利もない」
「送らなかった、ただ、それだけなんだよ。……きっと、それでいいんだよ」
私にとっては、考えもしなかった返答だった。
「……それでいい?」
「そう。それでいーの。後悔も悲しみも全部ひっくるめて、誰もアンタを責めやしないよ」
「……うん」
あの時の行動は、私なりの答えだったんだ。
「今なら、送信ボタン押せるかも」
「……また会いたいよって、伝えるために」
「もう、届かないとしても」
そう言って、私は送信ボタンをグッと押した。
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