第7話 ザラザラとココア
なんでだろうな? どーしても忘れられないんだよなぁ。
あの土埃の匂い、好きで飲んでた、舌がざらつくココアの味。
サボったこともあったけど、自分なりに全力で取り組んでた部活。
別に戻りたくないけど、ふと思い出しちまうんだよなぁ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「え、まだあんの? このココア」
町外れの自販機で見つけた、飲み慣れたココア。
飲み慣れたと言っても、10年前の中学生の時だ。
「うははっ。なっつかしいなぁ、お前!」
気づいたら手に持っていた。
給料前の財布の紐は固かったはずなのに、あっさり解いてしまった。
ぐびっ
「そうそう、この感じ。ちょっと味が薄くて、ざらつくんだよな」
ざらついてんのは飲む前に振らないからだろ。と言われたことを思い出した。
「……別に文句言ってんじゃねーんだよ。好きでこうやって飲んでんだ」
そう呟いて、もう一口飲み込む。
「あ〜、安心感〜。……ほんと不思議だよな。俺も周りも変化してんのに、こうやって変わんねーものもあんだもんな」
同時に思い出す、トラックの土埃の匂い。
「ちっ。染み付いて取れね〜んだよな。マジしつけ〜」
もう、別に戻りたい記憶でもねーのに。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「オラァ、チンタラ走ってんじゃねえ!」
怒号が飛ぶ炎天下の中、俺は補整もロクにされていないトラックの周りを走っていた。
(インターバル、あと何回あんだよ!)
もう、訳もわからず走り続けている。
「そんなんでレギュラーになれると思うなよ!」
(うっせー! 俺はボチボチやれりゃ〜いいんだよ!)
そう心の中で毒づきながら足を動かす。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「なあ、山下。水くれ」
地獄のインターバルを終え、俺は手持ちの水を全て飲み干していたことを思い出した。
同期の山下に手を差し出し、水を要求する。
「やだよ! 自分で買えっつーの」
「ああ? 今月俺が金欠なの知ってんだろ」
「知らねーし、お前と間接チッスは勘弁」
「しょーがねえ、遠隔で飲んでやっから」
「どうしてお前が譲歩する側なんだよ」
「……失敗すんなよ!」
渋々差し出された水をありがたく受け取り、空中からの補給を試みる。
バシャッ
「「あっ」」
水をもろに被った俺、水を全部失った山下。
5秒ほどの沈黙が流れた後、ギャイギャイ言い合いが始まる。
「だから言っただろーが! 失敗してんじゃねえ!」
「これはこれでありだろうが! うん、涼しい!」
「それ、お前にしか得ねえじゃんか! オレの払った対価どうなんだよ!」
「知らん!」
「おいこら待て!」
追いかけっこを始めた俺たちを、周りの部員はまたか……と冷めた表情で見つめている。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「……どれがい〜んだよ」
「なんで不満そうなんだよ」
俺は結局、自販機の前に立っている。
山下の水を弁償するため、俺の飲み物を買うため。
「ちょっと待てよ、ポカリもありだな」
「サラッと値段上げてんじゃねえ」
「いーじゃんか、50円くらい」
「今の俺には大金だぞ。なめんな」
山下の長考に痺れを切らした俺は、チャリンと金をいれ、ボタンを押す。
「あっ!?」
「俺とお揃い、ココア。160円だぞ。喜べ」
「なに勝手に決めてんだよ〜!」
「時間切れ!」
「ココアは一番違うだろ!!」
こうしてまた追いかけっこ。
「ははは! このココア美味いから飲んでみ!」
「そんなんで騙されるか……うまっ!?」
こんな思い出と共に、染み付いた土埃の匂いと、ザラついたココアの味。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
飲み干したココアの缶をゴミ箱に投げ入れる。
「しょ〜がねよな。どうしても思い出しちまうんだもん」
寒くなってきた空気に身震いしながら、空を見上げる。
「ま……頑張りますか」
あの時を思い出すと、心がむず痒くなるけど、あの頃があったから今があるんだもんな。なんやかんや、大事なのかもな〜。なんてな!
愛しみは悲しむ、朽ちても朽ちぬ 一凪(ひな) @gosho0827
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