第4話 カメラと夢



夢を、諦めた。

そう言い聞かせて10年が経った。


ずっとそうだと、思い込んでいただけだったのかもしれない。

まだ、今からでも間に合うかな?


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「ねえ、今度の結婚式さ、麗奈が写真撮ってくれない?」


「え?」


私は、テーブル越しに向き合っている友人の顔を思わず凝視してしまった。


「私、麗奈の撮る写真が好きなんだよね。今だに覚えてるよ。県のコンクールで大賞だった写真」


屈託のない笑顔をむけてくる友人に、返す言葉が見つからない。

スパゲッティを巻く手も止まり、どう断ろうか必死で考えた。


私は、写真を撮るのをやめたのだ。

どうしてもなりたかった写真家の夢。

それが、とうの10年前に破れていることなど、彼女は知らない。

誰にも伝えず、ひっそりと夢を諦めた。


だから、今でも趣味で続けていると思っているのだ。

彼女は、何も悪くない。

悪くないからこそ、素直な好意が私を苦しめた。


「だめ……かな?」


何も言わない私を心配そうに見つめる友人。


小さなプライドが私を蝕む。


言っちゃえ。

もう、写真を撮るのはやめたんだって。


「じ、実はさ」


「ん?」


「実は、さ……」


「うん」


スパゲッティを見つめながら思考を巡らせる。

どう伝えよう。

大好きだった写真を撮ることをやめた。

しかし、事実だけ伝えても、理由は聞かれるだろう。


「大好き」を諦めるって、諦めた後も辛いのか。

辛さから逃れるために、諦めたはずなのに。


「変なこと、聞いちゃったかな?」

友人の心配そうな声を聞き、ハッと現実に戻る。


「ご、ごめん、大丈夫。撮るからさ」


ん?

私今、なんて言った?


「ほんと! ありがとう!」


笑顔を弾けさせる友人を見て、私は自覚した。


撮るって、言ったよね?


冷や汗がドッと出てきた。

その後の料理は味がせず、気づいたら家に帰ってきていた。


「あー、なんで撮るなんて言ったんだ、私ぃ」


ベットに倒れ込み、頭をかきむしる。


自然に口から出ていた「撮るよ」


どうして言ったんだろう?

勢いにしては自然すぎた。


「ああもう!」


ヤケクソになった私は、とある場所へ足を運んだ。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「アンタ、急にどうしたの」


「母さん久しぶり。ちょっと……もの取りにきた」


今年の正月以来に顔を合わせる。

実家は線香の匂いがした。

久しぶりに嗅ぐと、ちょっと煙い。


「連絡ぐらいしなさいよ。びっくりしたじゃない」


「ごめんって、すぐ帰るからさ」


そう言いながら2階に上がり、自分の部屋に入る。


押し入れを開けて奥にしまっていたB O Xを取り出す。


「……ふう」


一息ついて、蓋を開ける。


「……お前も、久しぶりだね」


10年ぶりに見る、自分のカメラ。

諦めたはずなのに、捨てられなかった。


『才能ないんだからやめちまえ』

『素人の範疇をいつ越えられるんだ?』

『何年やってんだ! 要領の悪いやつだな!』


フラッシュバックする、カメラマンを目指していた時の記憶。


「……私が一番わかってる。才能がないことぐらい」


師匠と慕っていた人間は、私の自尊心を見事に砕いた。

それはもう、再生不可能なくらいに。


「私は、写真が嫌いだ」


そう呟いて封印した10年前。

どうして好きだったのか、もう思い出すのも辛いくらい、

写真に対する気持ちが消えてしまっていた。



B O Xに入っているカメラを取り出す。

懐かしい重み。

懐かしい手触り。


ファインダーを覗くと、真っ暗だった。

私の10年も、どこか黒かった。

白く見えても、どこかが黒かった。


心残りがあるはずない。

そう決めつけていたのかもしれない。


涙が溢れてきた。


「……やっぱり好きだよ」


カメラを握る手に力が入る。


私は立ち上がると、鏡の前に立った。


ファインダー越しの景色は真っ暗なまま。

私は自分自身を見つめる。


「カシャ」


口に出す。


その瞬間、私は心の奥がブワッと熱くなった。


「……私は」


レンズのキャップを取る。




目の前には自分がいる。


「写真を撮りたい」


そう言いながら、シャッターを押した。

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