第3話 父と射的



子供の頃、素直過ぎる言葉を伝えて怒られたことがある。

どうして怒られたのか、自分が親になった今なら……分かる。


でも、僕の素直な言葉で、意外な人が笑ってくれたことも覚えている。


もう一度会えるなら、どうして笑っていたの?って聞いてみたい。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「地元のお祭り、行かないの?」

そう妻に聞かれると、僕は返答に困った。


「帰省した日は、どうせ運転で疲れるし……いいよ」

今週末、地元へ家族で帰省する予定なのだが、

日程がちょうど地元の祭りとかぶっているらしい。


「え、お祭り? いきたい!」

そんな僕とは裏腹に、5歳になる息子は元気にそう答えた。

「おいおい。人がたくさん来るんだぞ。大丈夫か」

小さな田舎町とはいえ、年に一回のお祭りだ。

多くの人が集まる。

そこに子供を連れていくのは気が引けた。


「だいじょうぶ! だって、もう年長さんだもん」

「なんだその根拠は」

無邪気にはしゃぐ息子を見て、少し考え込む。

「……分かった。絶対に、お父さんの側から離れないこと。これを約束できるなら一緒に行こう。いいか?」

息子の顔がパアッと明るくなった。ニコニコの笑顔で、

「うん! パパと離れないの、年長さんだからできる!」

と答える。


「分かった。じゃあ、約束な」

そう言って、息子と指切りをした。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


そして、帰省当日。

車を走らせ、実家へ向かう。

息子は、お祭りがよほど楽しみなのか、ずっとはしゃいでいた。


実家へ着くと、母が出迎えてくれた。

「遠いところ、ありがとうねぇ。みんな、疲れてないかい?」


「大丈夫。母ちゃんこそ、元気だった?」


「毎日のんびりしてるよ。最近はドラマが面白くてね……」

たわいもない会話をしながら、

父の仏壇の前に向かう。


父は、数年前に亡くなった。

無口で無表情。最低限のことしか話さない人だったが、

僕は父のことを尊敬している。


手を合わせていると、

息子が後ろから声を掛けてきた。


「ねえねえ。パパの部屋すごい! いろんなおもちゃがある!」


「こら、勝手に入るな。怪我したらどうする」


「だって、パパの部屋面白いんだもん」


息子の手には、1体のフィギュアが握られていた。


「それ……」


声を掛けようとした瞬間、

息子は駆け出して行ってしまった。


「……懐かしいな」


あれは、父がとってくれた思い出のフィギュアだった。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


僕が息子と同じ歳くらいの頃、

父がお祭りへ連れて行ってくれた。

普段無口で表情がほとんど変わらない父は、

いつも通り無言で僕の手を引いていた。


「……はぐれるなよ」

そうボソッと呟いた父の手を、強く握る。


しばらく歩いていたが、

「あ」

僕は、射的屋の目の前で立ち止まる。

景品として並んでいる『クラッシャーマン』のフィギュアに目を奪われた。

「あれ、欲しいのか」

父の声にハッとする。

普段、あまりわがままを言わない子供だったので、

最初は躊躇した。

でも、周りでも流行っている『クラッシャーマン』は、とても魅力的だった。

「うん。欲しい」

僕はそう、口にしていた。


「……待ってろ」

そう言うと、射的屋の店主にお金を渡し、ゲームを始めた。

「取ってくれるの?」

まさか父が自らゲームに参加してくれるとは思わなかったから、

僕は驚いて思わず駆け寄ってしまった。

「……」

父は無言で銃を構える。

1発目はスカし。2発目もスカす。

「あー」

僕は、思わず落胆の声を上げる。


「お父さん、筋はいいねえ。でも、力みすぎかもなぁ」

店主が笑いながら、

「ほい、もう一回おまけするから。父親の意地見せてあげな」

弾を詰めた銃を父に渡す。


「……どうも」

父は顔色一つ変えずに、もう一度銃を構える。


『パンッ』


「あっ」


見事命中した。のだが……。

当たったのは、『クラッシャーマン』の隣にあった『ショカー』だった。

ショカーは、クラッシャーマンに出てくる悪の組織の雑魚キャラだ。


「父ちゃん、当てるのが違うよ! 下手くそ……」


期待が高すぎたため、

僕は勢いで口走ってしまった。


「ご、ごめんなさい」

謝り、父の表情を伺う。


すると、父は口元に笑みを浮かべて言った。


「ごめんな」


手渡されたショカーを、僕はギュッと抱きしめた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜


この笑顔の理由は、当時よく分からなかった。


でも、今なら少し分かる。


いつも距離を感じていた息子が、

素直に言葉を口にしてくれた。

それが何よりも嬉しかったのではないかと。


本当の気持ちはもう分からないままだけど、

あの時の父の笑顔は一番よく覚えている。


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