第04話

 

「ようこそいらっしゃいました! お初にお目に掛かります。領主のザカリー・ドロイットと申します」


 ノラード領、領主の館。

 多くの使用人を背後に従え、そう腰を折ったのは四十絡みの領主、ドロイット子爵である。

 子爵の後ろには夫人に子供たちも揃っており、一番小さな子は十歳程の男女の双子のようだ。その家族を順々に子爵が紹介していく。


(十歳……)

 ふと以前、彼女﹅﹅から言われた年齢を思い出し、溜息が零れそうになる。十六歳の自分から見てもこれだけ幼く見えるのだ。例え出会いを歪めたところで、十八歳のあの人の恋愛対象になんてなる筈もなかった。


 そんなセシリアの思いに反応するように、双子はそわそわと落ち着かない。まあ公女に加え他国の王族まで来ているのだ。当然といったら当然だろう。


 ──それはともかく。


「いやはやお二人を最初にお迎えできる栄光に、まさか我が領地があやかれるとは!」

「初めましてドロイット子爵。こちらこそ急な来訪に快く応じて頂き感謝します」

「……ご機嫌よう子爵」

 嬉しそうなドロイット子爵に、にこやかに挨拶するミルフォード。彼らに続いた後、セシリアは僅かに眉間に皺を寄せた。

 何やら期待に満ちた眼差しを向けられているとは思ったが……捨て置いてはならない台詞に聞こえたような気がするのは、気のせいだろうか……


 そんなセシリアの心境は無視し、応接室に向かい歩きながら雑談は続く。


「ふふ。残念ながら気楽な旅行という訳にはいかないけれど、二人力を併せて領民の杞憂を取り除くべく奮闘しよう」

「おおっ! お二人の最初の共同作業というヤツですな! 喜んでお供させて頂きますぞ!」

「ありがとう、頼もしいね」

「……」


 ハキハキと元気な御仁である。

 テンポのよい話しぶりにミルフォードも気分良さそうに話している。


 ──が。

 自分の顔からは表情が抜け落ちていく一方なのだが、これに二人は気付かないのだろうか。

 そもそもというか。やはりザカリーの台詞には語弊があるように思うのは、本当に気のせいか?


 ちょろちょろと付き従う子供たちが家人たちに窘められる様を尻目に、セシリアはもやもやとした気持ちのままその後に続いた。



 やがて辿り着いた一室は、色味が濃く暖かみを感じる部屋だった。

 使用人によって手早く並べられる茶器に視線を落としながら、セシリアは部屋の端に控えるモーリスにジトリと視線を向けた。

 しかし何故か視線が合わないモーリスとは、残念ながら意思疎通が出来そうにない。


(いいわ! もうっ……)

 眉間を軽く揉み、気持ちを切り替える。

 その件に関しては深追いしても話は進まないだろうと諦める事として。セシリアはザカリーにブルードラゴンの詳細を聞く事にした。



 ◇



「そうは言っても危険はありません」


 翌日。

 セシリアたちはザカリーの案内で、ブルードラゴンの様子を見に向かう事になった。

 乗馬服のような動き易い軽装に身を包み、山道をざくざくと歩く。

 燦々さんさんと輝く日の光が葉の間から零れ落ちる。

 向かうはドラゴンが居着いている小高い丘の近く、監視用の山だ。


「確かに見た目は恐ろしいですが、監視の話では随分と大人しいようで。全く動かない日もあるらしく、我々としても肩透かしを食らった気分なのです」

「成る程……」


 暴れぬ竜に危害は加えられない。

 セシリアの夢想はあっさりと打ち砕かれてしまった。ひっそりと消沈しつつ、少し先を歩くミルフォードの背中が視界に入り、セシリアは渋面を作った。



『怖いなら一緒に寝るかい?』

 昨夜の夕食の最中、ブルードラゴンの話をザカリーから聞き消沈するセシリアをミルフォードが揶揄ったのだ。

 手にしていたカトラリーを取り落としそうになり、慌てて握り直す。


 しかし笑いを含んだその台詞に、セシリアは顔を真っ赤にして反応してしまった。

『ひ、必要ないわよ!』


 そもそも自分は怖いのではなく──

 なんて言葉が続く前に、食堂の空気が何故か微笑ましいものに変わり、セシリアは益々動揺してしまった。


『……殿下。申し訳ありませんが流石に婚姻前の男女を同室にはできませんよ』

『そうだね。緊張しているようだから強張りが取れたらと思ったのだけど、やりすぎてしまったようだ。すまなかったねセシリア公女』

 眉を下げるミルフォードに訳知り顔で頷くザカリー。どうしていいか分からないセシリアは、半ばパニック状態で早々に食事を切り上げた。


 相変わらずセシリアを面白おかしく揶揄ってくるミルフォードにセシリアは振り回されっぱなしだ。

 あまり関係のないモーリスに恨めしげな眼差しを向けるものの、彼の方も忙しいらしく、あまり相手にしてくれない。国境がどうのと話しているのが聞こえたから、ミルフォードの帰路の打ち合わせでもしているのだろう。


「はあ……」

 思わず溜息が溢れる。

 ──自分は一体何をしているのか。

(いつでもどこでもミルフォードに振り回されっぱなしで……)

 このままではいけない。

 セシリアはグッと拳を握り締めた。

 

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