第05話
ブルードラゴンはネモフィラの花を更に青く染めたような花──セリーの花を捕食する。
それは主食ではなく、冬季、或いは脱皮など、ドラゴンが一時的に身動きの取れない時期に食料の代わりにしているものである。
セリーには魔力が多く溜められており、人が扱うには注意が必要だが、竜族は直接魔力を吸収し、体内でエネルギーに変える事ができるらしい。
その為ブルードラゴンの脅威を知る北方の領主たちは、人里から離れた場所にセリーの花畑を生成する。
小山のような竜族は雑食で、家畜も荒らす事もある為、それを回避し花畑に留め置くのが目的である。
つまり実質、竜の被害は無いといえる。
──が、そもそも竜族の風評被害は「恐怖」。
その見た目も相まって、「駆除が厄介」というのが一番の難点なのだ。
基本彼らは知識が高く、人を襲う事はしない。襲えば人は徒党を組み、自分たちを狩りにくると理解しているからだ。
物知らぬ若い個体が人に害を成す事はあるが、そもそも竜の繁殖の数も少ない為、それすら珍しい。
いずれにしてもブレスに鉤爪、羽を広げ空も飛ぶ彼らは人にとっては恐怖対象でしかないのだから。
竜の素材に希少価値があるのは、そんな諸々の事情による。
そんな竜であるのだから、何もしないから大丈夫だと言っても近寄りたくないのが人情である。
竜がいなくなるまで季節が一つ分。
その間領地に人が寄り付かなくなるのは、その土地にとって充分な痛手となる。
今回の慰問はそれを見越した王家の図らいなのだ。
セシリアは王名が下るまでブルードラゴンをやっつける気満々でいたのだが。与えられた役割を考えると、それは許されない。
慰問に来た王家の人間がブルードラゴンを刺激し、竜が暴れるような事になれば王家の信頼は失墜するし、流石に父も鉄拳制裁では済まさないからだ。
(うぬぬ)
実はドラゴンが舞い降りた領地には、少なからぬ利点があったりする。季節を堪え、竜が去った花畑を探せば、ドラゴンの素材が落ちている事があるのだ。
運に左右される要素が大きいが、これにより風評被害による損失をいくらかカバーできる。
しかしこれもセシリアには望めない。
これは領地の貴重な収入源となる。横取りなど以ての外であり、王族がそんな事をすれば王家の信頼が(以下略)となる。
セシリアたちが今回慰問官としてノラード領に訪れたのは、領地の安全を国が保障するという構えを見せるのと、もう一つ。
ここは隣国と隣接した領地。
二国の王族が訪問した事により、領民へ安心を与え、国同士の良好な関係を他国に知らしめる事ができるからだ。こうした他国への牽制が出来る程、今のところアドルとフォード国は平和である、と。しかし……
(ああ〜、私の借金返済計画がー)
セシリアは表情に出さないまま、がっくりと項垂れた。
多額な債務者であるセシリアにとっては、ちょっと物申したい展開である。
己の役割や立場は理解していても、忖度を一切持たずにいられる程できた人間ではない。
ここに来るまでは「やっつけてやる!(ウハウハ)」とか思っていたのが余計に。道中ドラゴンの生体やら対処法の本を読み耽っている間に理解した。
出来るできないに関わらず、「やってはいけないのだ」と。
極め付けはザカリーから「ブルードラゴンは産卵の為に居着いている」と聞けば、セシリアの頭に小さな赤ちゃん竜が浮かび、戦闘意欲は霧散した。
そこをミルフォードに目敏く見つかり、揶揄われたのだから憤然やる方ない。
(はー、それにしても。だからお父様は帰ったらお小遣いをやる、なんて言ってたのね)
父も慌てて役目を与えた訳である。
出産に際し神経質になっている竜に近づくのは危険だし、セシリアだってそんな無謀な事はしないけれど。
ブルードラゴンの素材を持ち帰る気満々だったセシリアは、父のお小遣いの提案を笑い飛ばし、意気揚々と王都を出発してきたのだが……
(帰ったらお父様にお小遣いの値上げ交渉をしよう……)
そんな事を考えながら遠い目で青く澄んだ空を見上げた。
「セシリア、気をつけて」
「え? ええ……」
ザカリーの後に続き山道を歩く。間に護衛が挟まっているのだが、気付けばミルフォードがセシリアに向かって手を差し伸べていた。
ぼんやりと考え事をしていたセシリアは、その手を取ろうと手を出したところで躊躇った。
(……別にこれは紳士の礼でしかないのだから)
でも何となくこの手は取らない方がいいような気がして、礼を口にしつつ手を引っ込めようとしたところ、残念ながらミルフォードに捕まってしまった。
(うっ)
間に合わなかった。開きかけた口のまま前を見れば、ザカリーが生温かい眼差しを向けてきた。
「いやあ、仲がよろしいですなあ」
「ええ。古くからの付き合いですから」
明るく告げるザカリーにミルフォードが笑顔で応じる。それを受けてザカリーが益々顔を綻ばせた。
「成る程成る程、息もピッタリな訳ですな!」
「……」
息がピッタリなのはお前らだろうが。
──などと、悪い言葉が喉奥から迫り上がってきたものの、流石に公女としての矜持がすんでのところで飲み込ませた。
そもそもミルフォードとの付き合いなんて全然古くない。過去に戻る前はお互い認識もしていなかったし、ミルフォードからしても自分なんて十年前に一度会っただけの関係だ。まあセシリアは十年飛び越えてせいか、あまり久しぶり感はないのだが……
(何で私に構うのかしら)
と思ったところで、「ああ、借金があるからだ」と直ぐ様納得する。
全く持って悪縁以外の何物でもない。
オモチャを見つけたミルフォードの子供のような笑顔が頭を過ぎり、思わず頭を抱えそうになったところで、辺りに獣の咆哮が轟いた。
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