第03話


「……何故」


 ブルードラゴンが目撃された地はフォート国、北方の領地──ノラード。

 雪国であるこの地は冬季は完全に封鎖となる程、雪害が酷い。その時期に間に合う形で領地に滑り込んだのは僥倖であったが、そこに待ち構える貴人にセシリアは眉間に皺を寄せた。

 キラキラと眩しい金髪と青の瞳の美丈夫に、目が痛いからだ。


「やあセシリア公女、久しぶりだね」


 相変わらず温度を感じない爽やかな笑みを浮かべ、ミルフォードは型通りの挨拶を述べた。彼の周りだけ季節外れの花々が咲き誇って見えるのは気のせいだろうか。


「何故ここに……」


 不審と不満を浮かべミルフォードを凝視してから、セシリアはその視線をモーリスに向けた。そしてぶんぶんと首を横に振るモーリスに溜息を吐き、気乗りしないまま舌を動かした。


「……お久しぶりです、殿下」

「いやあ、寒いね。もっとこちらにおいで」

 そう言ってミルフォードは自身の座る暖炉の近くへと、セシリアを手招きした。


 実は完全にお忍びでノラード領に向かうつもりでいたセシリアだったが、どこで情報を仕入れてきたのか、疲れた顔の父から領主の館に留まるように指示を受けた。

 その顔には「どうせお前、止めたところでやめやしないだろう」と非難めいた感情がくっきりと浮かんでいた……ような気がする。


 更にそんな父の計らいにより王名が下され、セシリアの立場はブルードラゴンの脅威への慰問官となった。王家が脅威緩和という名目で、兵を動かす指針を表明したのだ。

 

 セシリアとしては隠密に行動できないのには不満があったが、「その方が民が安心しますよ! 民の為ですよ!」とモーリスに熱心に励まされ渋々ながら納得したのだ、が。


「殿下……」

 自分の為に椅子を引くミルフォードを見据え、セシリアは低い声で唸った。

「ん?」

 変わらぬ笑顔を返す白々しいこの男に、セシリアは同じ質問を繰り返した。

「な、ぜ。……ここに?」


 そもそも隣国の王太子がほいほい他国に入り込んでいいのだろうか。

 自分の身軽さは華麗に放置し、セシリアは非難を込めた眼差しをミルフォードに向けた。

「……何故って、ブルードラゴンの脅威は我が国でも議題に上がってきたからね。知っての通りここ、ノラード領と我が国のユーリュ領は隣接している。加えて雪深い場所であり、これから先の季節には入領制限が掛かるというのも同様だ。我が国としても今の内に対策を考えるべきと声が上がっていたところ、フォート国王から共同対策の打診を受けてね。こうして私が赴いたという訳だよ」

「……最もらしい言い訳に聞こえるのは気のせいかしら」


 ぽつりと独り言を口の中で転がし、セシリアは表情を取り繕った。

「成る程。ですが、王太子自らなんて、危険なのではありませんか?」

「それを言うなら君こそ、公女の身で勇敢すぎる思うよ? 色々と﹅﹅﹅?」


 にこりと笑うミルフォードに目が泳ぐ。取り敢えずこの話題はこれでしまいとした方が良さそうだ。セシリアは空咳を打ち彼の引いた椅子に腰を下ろした。

(……というか、普通こういう場合って次期後継者は安全な場所に置いておいて、第二王子あたりが出向くべきものだと思うんだけど)

 ふとそんな思考が頭を掠め、セシリアは小さく息を吐いた。

(そういえばアドル国の王子たちは、仲が悪いんだったかしら……)

 

 既に立太子したとは言え、第二王子ルーサーはミルフォードの地位を脅かす勢いだと聞く。

 セシリアはアドル国で見かけたルーサーの顔を思い出してみた。

 確か向こうもセシリアを値踏みするように睨みつけてきて、ミルフォードの傍にいるものは軒並み敵視しているんだなと感じたものだ。


 ミルフォードとは真逆の印象。

 常に怒りを纏った覇者のような鋭い空気は、人によってはカリスマ性を見出すだろう。

 ロイヤルカラーは赤。

 王太子であるミルフォードが青であるから、対照的な色がまた、お互いを相対する存在とさせているようだ。


 小国の王女を母に持つミルフォードは、外交目的で娶った王女であり自国での地位は弱い。一方ルーサーの母は自国の侯爵令嬢であり、国内貴族たちから根強い指示を受けていると聞く。

 自国の貴族の期待を受け、本人もその空気に煽られその気になっているのだろう。


(うーん。でも、次期国王となる王太子を敵対視している時点で内政を混乱させているし、悪くすれば国力も低下してしまうと思うけどねえ)

 ……そんな事も分からない時点で資質は無いように思うが、恐らくそんな諫言など誰も口にしないだろう。勢力的にルーサーを国王にと望む者の方が多いだろうから。


 それでも国王がミルフォードを王太子に指名したのは、政略結婚の有効性を他国に示す必要があったから。特にアドル国で現状強い繋がりのある国は王妃の母国である小国のみで頼りない。国の今後を考えれば、交易貿易は無視できないし、彼の立太子は国として必要な一手だったのだろう。


(……とはいえ、ミルフォードも凄いけどね)


 あんな殺伐とした場所でへらへらと。

 しかも敵の方が多い場所で王太子の地位を掴み取り、維持し続ける。このままいけば譲位も問題ないところまで漕ぎ着けた。


(あとは理想的な妃を迎えれば……)


 そこまで考えセシリアはハッと首を横に振った。

 

(いや、それ私には関係ないし!)


 侍女たちが噂話に花を咲かせる場面を思い出し、セシリアは頭の上に浮かびそうな妄想を手で振り払った。

 

「……セシリア公女? どうかした?」

「何でもありませんわ!」

 首を傾げるミルフォードから目を背け、セシリアは手元を凝視して口元をひん曲げた。


 セシリアは傲慢も腹黒も好きでは無い。

 そうして憂いを帯びたあの人の横顔を思い出し、再び急いで首を振った。

 セシリアが一生を懸けた真実の愛は別の誰かのものだった。彼が愛情を示す相手は自分ではなかったけれど、幸せそうな顔を見れたのだ。……本望である。


「……そうかい? そう言えば今月分の利子はこちらだよ」

「!!!」


 ミルフォードは侍従から優雅に紙を受け取り、セシリアへと向き直る。それを手に取りセシリアはわなわなと震えた。握りしめた箇所がクシャリと皺になる。


 セシリアは、安さに負けて……

(へ、変動金利にしなきゃ良かったあああ〜!)

 不安定な金利を選んでいた。


 金利について説明を受けた気がするが、面倒臭くなったので一番安いのにしてしまったのだ。

 理屈はよく分からないが、ブルードラゴンの風評被害により、市場の金利が急に上がったのだとか何とか──


(あうあうあうぅ。ゼ、ゼロの数がああ〜……)

 しかしこれも真実の愛の対価である。

 セシリアはブルードラゴンの素材を夢見て気合いを入れ直し……

(本望よ!)

 ちょっと涙目になった。

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