第02話


「ブルードラゴンの皮を剥ぐとか言い出す公女なんて、初めて聞いたぜ」


 そう歯を見せて笑うのはセシリアの警護隊長でもある、第三師団長のモーリスだ。

 懐深く温かみのあり、面倒見も良い男であるが、年齢はやや歳の離れた兄くらい、二十八歳と案外若い。


 しかしセシリアの立場上、そうならざるを得ない。

 セシリアはこの国の王族に準じる血筋で王位継承権を持ってはいるが、所詮は公女である。王族の優位性には敵わない。

 国王夫妻に太后夫妻、この国には王子が三人おり、更にセシリアの父もいる。姉一人は既に嫁ぎ、一人は絶賛準備中で警護対象から外れてはいるのだが、セシリアの優先順位が一番下なのに変わりはない。

 上から順に優秀な人材を引っ張っていけば自然と年齢の幅も広がるだけで、セシリアも特に彼に不満はない。


 モーリスは公女の護衛という立場を理解し、最低限の身なりは整えてはいるものの、短い黒髪に快活な性格は、無精髭でも蓄えていた方が似合うような風貌だ。

 そんなモーリスにフッと息を吐いてから、セシリアは拳に気合いを込めた。


「何も丸剥ぎにするという訳ではないわ! ほんの一部で良いのよ。ブルードラゴンは鱗だけでも希少価値が高いんだから。一番流通の盛んな場所で高値で売り捌けばいいのよ!」


 ブルードラゴンとは、竜族の一種である。

 竜族に関しては未だ解明されていない未知の種族ではあるが、人里に降りる個体は年若く、知能も低いと言われている。


 中でもブルードラゴンは見た目は白いが吐き出すブレスが凍えるように冷たい事。大きく開いた口の中が真っ青な事からそう名付けられた。

 人里に降りてくる事も稀にだがあり、駆除が厄介な害獣と区分されている。

 ただ鱗から爪先、その青い舌まで。宝石から武具の強度を高める素材。果ては食材としてまで高級品として取引される個体なのだ。


「姫さん……目がお金のマークになってるぜ……」

「当然よ! これを達成すれば年間目標まであと少しだもの!」


 ……因みにセシリアは正式には姫ではないが、こう呼ばれても特に咎められる事はない。

 それは幼い頃、子供を三人産んだ母と伯母が、お互いの末の子を交換したいと冗談を交えて談笑していた事に起因している。

 伯母は息子が三人。母は娘が三人。

 お互い「一人くらいは」と思ったのだろう。

 現に母は長女に続き、間近に迫った次女の婚姻に喜びと共に寂しげな様子だ。


(そういえば、結婚祝いは何にしようかしら)

 セシリアは、あっと思い至り首を捻る。

 次女は書類一つでも細かくチェックするような面倒臭い性格の為、考えるのを先延ばしにしていた。

(この件が終わってからゆっくり考えればいいわね)

 ついでに母を誘えば、良い気分転換になるだろう。

 

 ──まあそんな母の願いもあったのだが、流石に叶いはしなかった。だが、伯父一家とオッドワーク家の仲のいいのは変わらない。それに、

『もしかしたら本当に王家に迎える事になるかもしれないからな』

 なんていう、非公式ながらも国王の言葉も後押しし、セシリアを姫と呼ぶ者は少なくはない。国王も娘が欲しかったのだろう。



 ……そんなセシリアに付き添い、あちこち飛び回る事に慣れたモーリスだが、未だ彼女の金銭欲にはついていけないというか、何故彼女がこんな事に躍起になっているのか、意味は分かっていない。


 勿論彼女の主人(?)である王太子からの圧力で、セシリアに傷一つつけてはならない事は理解している。

 ただそこを理解しているからこそ、逃げる意味が分からない。……だって期限内に借金を返し終えたところで……

(いやいやいや!)

 頭を掠める疑問を振り払うべく、モーリスは首をぶんっと振った。──なんて事は、きっと考えてはいけないのだ。

 

 自分はただ職務を全うするだけだ、と今日もモーリスはそれらの思考を放棄する。


 しかし希少価値の高いブルードラゴンの素材確保には当然危険を伴う。


 セシリアは期限までの完済に尽力しているが、その詳細は返済先﹅﹅﹅には秘密にしている。

 どうやら彼女は相手の意表を突いて完済し、その驚く顔に溜飲を下げたいから、らしい。


 でも彼はセシリアが自身を危険に晒していると知れば──多分怒る。恐らく笑顔で。全く笑っていない眼差しで……


(……だからあの人が姫さんの行動を知らない筈は無いんだけど)


 モーリスが見る限り第三師団内に何人か、王太子の息の掛かった者が紛れ混んでいるし、侍女にもそんな気配のある者がいる。今も遠目に視線を感じているし……何かもう、しっかりばっちり監視されているのだ。


 それは恐らくこの件には国王も関与していて、それは勿論セシリアが逃げ出さないように。という計らいもあるだろうけれど……間違えれば自分の首は簡単に飛ぶとは理解している。


 なのでセシリアの危険を孕む行動はちゃんと上司に報告しているけれど、それは決して彼女へ対する裏切り行為では無い。

 これは自分や団員、その身内までをも守る行為であり、むしろ人命救助の一環なのだ。


「内緒よ!」

 と意気込むセシリアには申し訳ないが、色々と無理である。


(背負いきれん。……すまない姫さん。頼りない護衛隊長で、ほんとごめんな)


「さー! 稼ぐわよー!」

 拳を天に突き上げるセシリアに背を向け、モーリスはそっと涙を拭った。

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