残念公女の借金返済計画〜初恋の代償がお高くついた話〜
藍生蕗
1章
第01話
「勇ましいなあ、姫さん」
討伐隊参加の為に纏った装いを、師団長はそんな言葉で称した。
セシリアは苦虫を噛み潰したような顔でその賛辞に答える。鮮やかな新緑の瞳が険を孕み、白い指先が頬に掛かる金の巻き髪をピンと払う。
セシリア・オッドワーク、十六歳。
フォート国王家に連なる血筋に生まれながら、多額の借金を抱える第三公女である。
幸か不幸かその借入先は隣国、アドルの王太子の私財であり、国による干渉は無し──という誓約に近い口約束を貰っている。
事の発端はセシリアが王家の秘宝を勝手に持ち出し、挙句その収拾を隣国の王太子、ミルフォードにつけさせた事による。
報告を受けたフォート国王とセシリアの父、オッドワーク公は揃って顎を落とした。加えて父はセシリアの頭に拳骨を落とし娘に自ら身を粉にし返済せよ厳命したのだ。
『あうぅ……そんな、酷いわお父様。私の一世一代の真実の愛の……』
『そんなものは知らん! というか何だその非常に私的な予感しかしない台詞は! ──ああ、いい。聞きたくない……いいからお前は殿下の手伝いを頑張りなさい!』
もう何も見たくないとばかりに、父は片手で両目を覆った。
そうして実の娘より隣の国の王太子を信じる父に、流石にこれはセシリアが悪いよ。と、やんわりと説く伯父に後押しされ──セシリアは泣く泣く彼の下ぼ……ではなく手伝いに奔走してきた。
それにしてもミルフォードの返済条件は「下働き」であるが、仮にも一国の公女になんて条件をつけてくれるのか。セシリアの不満は尽きない。
何故なら立場が下働きなせいか、いちいち下らない用件で呼び出される。
『隣国なのに!?』
馬車で五日は掛かるのに。
怒りと驚きで抗議をしようにも、父に無言で手を振られては、いつでもセシリアはアドル国へ向かわされてきた。
お陰で大好きなデザートを食べ損ねた事もあったのだ。思い出すだけで腹立たしい。
勿論貴重な転移魔術など使わせてなど貰えないので、すっかり馬術に長けてしまったが、それだって公女には必要ないものだ。
そのせいか以前から我儘公女として貴族たちから遠巻きにされていたセシリアだが、今は輪をかけて孤立が進んだ気がしている。
(うぬぬ……っ)
そんなミルフォードとのしがらみを一刻も早く精算したい為、セシリアは日々金策に奔走している。でもこんな自分もちょっと嫌だ。
しかしセシリアを完済に急き立てている理由がもう一つ。……彼が設けた返済期限を、曲解した者たちの発言。それがセシリアをとても嫌な気分にさせるのだ。
『……期限はセシリア公女のお年が十八歳になる迄、だなんて……ミルフォード殿下はセシリア公女をお求めなのだわ』
キャーッと話す侍女たちの、そんな噂話をうっかり立ち聞きしたセシリアはその場で震え上がった。
(ひいいいい! そんな訳ないじゃない!)
他者を一歩高い位置から眺めていたぶり楽しんでいるような悪趣味な奴なのに。セシリアなんて暇つぶしの一環に過ぎないのに。
あの嘘臭い笑みに、それ以外の目的がある筈がないとセシリアは確信している。
そもそも返済期限は払えない場合の保険でしかないから、早く返せれば時期なんて意味はないのだ。
(……もー。お父様がお金を貸して下されば、こんな根も葉無い噂も無いというのに……っ!)
反省しろの一言で父はセシリアの味方をしてくれなかった。普段温厚な人ではあるが、流石に王家の秘宝を私的な理由で持ち出したセシリアを見逃すつもりもないらしい。
けれど魔物の被害を縮小できた、というミルフォードの感謝と進言で、セシリアは不問とされたのだ。
不安定なセシリアの処遇は、ミルフォードに委ねられていると言っても過言ではない。
(普通の令嬢なら感謝して、喜んで彼の元で働くかもしれないけれど……)
セシリアは緩い拳を作り、胸に当てた。
セシリアの胸には未だ失恋の痛みに疼く心がある。だから彼に感謝して全てを受け入れる程、自分の気持ちと向き合えていない。
セシリアは誰かの役に立ちたくて過去へ戻った訳では無い。だから良くやったと言われても戸惑いしかないのだ。
けれど咎められても悲しい──
大好きな人の心を救いたくて遡った時間を、間違えだったと叱責を受けても、セシリアの心は反発する。
ぐちゃぐちゃとして未だ纏まらない心ではあるが、結局やる事は決まっているので、セシリアは不満を覚えつつも日々を過ごせている。
……だからミルフォードがいけ好かないのは、実はセシリアには都合が良い事なのだが……
(こ、このまま周りに誤解させておくのは良くない気がする……)
背中をヒヤリとしたものが通り過ぎる。
ありえないとは思うが、父が勘違いしてお膳立てをするとか……ミルフォードが面白半分に噂を肯定するとか……
そんな思い浮かぶ最悪な未来に慄いて──
セシリアの「脱! 借金生活〜お金は早めに返しましょう〜」が始動したのである。
そして冒頭に戻る。
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