依頼番号0 <×××>
「ああ、疲れた疲れた。やはりおうちが一番です」
配達の手間をかけたと律儀に担いだまま深い森に返された店主は、原生林のようなアイテムの山の中こそが一番落ち着くとばかりにカウンターの中に体を滑り込ませた。
歯車の音、宝石の砕けたものが落ちる音、夜の雫が落ちて滲むにおい、機械油のにおい。そんな者たちに浸りながら、店主は作業台の下からおもむろに一つの立方体を取り出した。
店主の両手にちょうど収まるくらいの、小さな正四面体だ。表面には精緻な彫金が施され、箱全体に満開の花が咲いている様にも見える。
「さて、こちらはどうなってますかね」
一見して鍵穴もふたも見当たらない、ただの四角でしかないそれをスルスル撫でるように店主がいじくりまわすと、不意にかちりと音が鳴った。
しゅるりしゅるりと表面の彫金が解け、花びらが散り、蔦が枯れていくように立方体が解けていく。
中から現れたのは、一つの天球儀だった。
渾天儀とも呼ばれるそれは、いくつもの輪が重なり、中央に輝く星を取り巻くように回っている。手を離せばぷかりと宙に浮いてしまうそれを捕まえながら、店主はいつぞやのように拡大鏡を覗き込んだ。
ひとつ、ふたつと細かな部品を弄り、何かを確かめるように息をつめて中央の星を見守る。
そんな動作を幾度かくりかえし、ふう、と店主の方が大きく揺れた。
「うーん……まだまだ掛かりそうですね、
おさらいをしよう。
その本を完結させることで世界は役目を終え、物語の外に出ることができるはずだった。そして、完結させることができるものこそが<救世の主人公>であった。
そして、一人の神が、すべてを壊した。
【自分も主人公になってみたい】
その願いを押し通し、失敗し、その果てに作るはずの
重大な、契約違反を犯した。
「こんなにメンテナンスに時間がかかるとは、想定外でしたよ。幸い納期まではまだありますけれど、こんなに納品に時間がかかるとは、
そのプロセスを狂わせてしまったことで、
神造アイテム<世界>。
これこそが、水晶のカメリアに囲まれ幽閉されるように引き籠る、このメンテナンス屋に一番最初に託され――未だメンテナンス中の、伝説のアイテムである。
「さてさて、次は、何を試してみましょうかね」
どこか愉しむように、メンテナンス屋はひとり呟いた。
伝説のアイテムのメンテナンス屋さん 冴西 @saenishi_sunayori
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