依頼番号XX (12)

「……バレてましたか」

「ええ。でも、お役目のためならそういうことを抜きにして頼ってくださるから、わたくしはあなたのことが好きよ。カメリア堂さん」

「お師匠はこの世のすべてが好きでしょう」

「それもそうね。メアリ。わたくし、苦手も嫌いも全部好きだわ」

「それで、きちんと【塵】は取れましたか? 聖女様」

「ええ! 勿論!」


 再び始まりかけた会話劇を無理に断ち切って聞けば、軽やかな返答が返ってくる。


「では、次の地へ旅立たれた方がよろしいのでは? 貴女を待っておられる方はまだまだ多い」

「それもそうね。コクトさんによろしくお伝えくださいな。さあメアリ、行きましょう! わたくしたちを待ってる患者さんのもとに!」

「はいお師匠。それではメンテナンス屋さま、失礼いたします」


 くるりとその場で回って翼を広げたアンヘルにギュッと抱き着いた羊頭が小さく会釈をする。

 店主はそっと息をついて、にっこりとわざとらしい作り笑顔を披露し、かーテンコールのように礼をする。なにせ、このままやられっぱなしと言うのも少しばかり悔しいもので。


「ええ。この度はありがとうございました。今度お礼にお茶会でも致しましょう」

「あら、あら、あら! 無理をなさらなくていいのに! でも招かれたからにはお邪魔するわ。きっとその時には王様もいらっしゃるでしょうし、<救世位>のみんなとあなたとで最後のパーティをしましょう!」

「では、とびきりのお茶を用意してお待ちしておりますね」


 ええ! と跳ねるような声がして、突風が吹く。白い花びらと羽根が一度に舞い上がり、水晶のカメリアに降り注ぐ。花びらと葉に溜まっていたのだろう露がパッと散り、小さな虹がかかる。


「まったく、最後まで実に劇的ですね。妬ましいほどに」


 ひらひらと落ちてきた花びらをキャッチして、どっと襲ってきた疲れを隠さずため息をつく店主の口元は、わずかに弧を描いている様にも見えた。



「さて」


 ポン、と店主が手を打てば、白く染まり切った庭が瞬く間にもとの深く暗い森の姿へと戻っていく。白は緑に、花は草に、光は夜に、宴は日常に――あるべき姿に、回帰する。

 すっかり静かになった森の中、店主は<聖なる光の剣>を抜いてじっと刀身を見つめた。曇り一つない白銀の刃は、今はもう呻くことはない。


「勇者様は何処におられますかね」


 メンテナンス屋としての目は充分な機能を取り戻していると判断しているが、実際のところの使い心地は彼にしかわからない。けれど、聖女ほどではないにしろ勇者の居場所も定まっていない。

 剣を預けているから大人しく宿屋で待機しているくらいの可愛げがあれば別だが、残念ながら勇者コクトはそういうタチではないのである。

 アイテムの持ち主とアイテム自身の縁の糸を手繰れば、案の定宿屋とは随分離れた位置にコクトの気配はあった。


「ええと、持ち主の位置は……。ええ……?」


 店主の顔がひきつった。

 気配は、明らかに魔種の群れの只中にある。


 勇者のことだ、別に剣がなくとも生き延びられるだろう。けれど――こんなに打ってつけの試し切り場所もない。


「仕方ありませんね」


 お代をどの程度にしてやろうか思いながら、懐から手のひら大の羅針盤を取り出した。金の鎖に繋がれたこれこそが、王都に出向いたときに使った転移アイテムである。

 片道分の余力が残っていたのは幸いだったが、大変気が重い。

 重いが、これもお役目だ。


「【私は閉じる者。終える者。――■■】」


 途端、弾かれたように店主の姿はその場から掻き消えた。





 ひゅるひゅると体が落ちていく。

 深い青色と紫色のまじりあった空に赤と金の雲が浮かぶ薄明の空をに見ながら、店主はひたすら落ちていく。

 

「うーん失敗しましたかね、これ……うぇ、気持ちわる……」


 このまま地面に到達すれば間違いなく頭から割れて死ぬはずだが、その顔に焦りはない。アイテムの副作用で吐き気を覚えて顔色が悪いが、それだけだ。


「あ、あー……いますね。え、パーティいませんよねあれ。対峙してるの魔王級じゃないですか? ええ……暴れん坊過ぎませんかあの方……」


 見上げた地面の上で戦っているのは、勿論探し人である<救世の勇者>だ。彼に照準を合わせて転移アイテムを使用したが、随分上にズレていたらしい。

 だがまあ、その程度は些細なことだろう。

 大切なのは彼の周りにはもう他の魔種はおらず、あの一匹を先に倒されてしまうと、ここまで無理してやってきた理由であるがいなくなってしまうことだけだ。

 

「えーと。勇者様ー! ご依頼の<聖なる光の剣>、お返しに参りましたー! 聞こえていらっしゃいましたら合図くださーい!」


 そこそこに声を張れば、コクトらしき影は無手で相対した推定魔王の腹にもぐりこみ、一発二発と拳を叩き込んで吹き飛ばす。

 距離をとれたからだろう、チラリと上を仰いだコクトが大きめの素振りで頷くのが見えた。

 

「はーい。じゃあ投げ……落としますんでお受け取り下さーい! 私は自力で何とかしますんでー巻き込まないようにだけお願いしまーす!」


 抱えていた剣をほい、と手放せば、重さも空気抵抗も無視して、剣は吸い込まれるように勇者に向けて一直線に落ちていく。さながら飼い主と感動の再会を果たした犬のように、光を固めて出来た剣に相応しい速度で空を駆けていく。

 


 ***


「来い」


 視線は再び起き上がった十九匹目に固定して、勇者コクトはただその一言を口にして、手だけを頭上へと掲げる。

 そこにあるのは信頼だ。己の片割れに等しい剣と、それをあのメンテナンス屋ならば依頼通りに直したのだろうという、二つのものへの厚い信頼。

 ――そしてそれは、当然のように彼を裏切らない。


 柄に手がかかると同時に鞘から刃が走る。黒い炎を纏った六臂が空気を焼きながら眼前で空を薙ぐ。髪の端が焼けたが問題はない。

 かがみ込んだ勢いをそのままに、回転をかけた体でその肉を、骨を、魂を断つ。足に力を入れて踏み込めば、ずるりと最後の皮を刃が通り抜ける感触があった。

 断末魔が耳をつんざく。

 まだ呪いたいと叫ぶように、炎にまみれた体が膨張する。

 爆発するのだろうか。その程度で死ぬ体でもない。周囲に被害が広がるような場所でもない。ならばいいか、と剣の血を拭い始めた手が、ハタと止まった。


「……メンテナンス屋」


 上を見れば、漸く着地するところのようで、先ほどまでこちらにつむじを向けていたのが嘘のように着地姿勢に入っている。

 

 着地地点は、十九匹目の真上だ。

 

(あいつは死ぬんだったかな)


 死んだら困るので一応助けるために走り出したものの、賢者と同等の年数を生きているらしいアレがこの程度で死ぬのかは甚だ疑問だった。もう少し悪心のある者であったなら間違いなく、この機会に試してみようとしただろうが、コクトにはそのような発想はまずない。

 目の前にいるのだから、助ける。

 目の前で阻むのだから、切る。

 ただそれだけの主義の下、勇者は勇者らしく、前進する。

 

 ***

 

「んえっ」

「すまない。爆発しそうだから助ける」

「はい? あ、あー。理解しました。ありがとうございます」


 半ば鳩尾を抉るように飛び込んできた勇者に担がれ、店主はその場を猛スピードで離脱する。討伐後の魔王が爆発するのはそこそこあるので、状況の把握はさほど難しくはなかった。

 コクトは店主が死なないことを知らないから助けたのだろうが、おそらく知っていても助けただろう。

 <救世位>とはそういう生き物だ。

 

「さて、勇者様、こうして担がれながらですが確認を。切れ味は如何でしたか?」

「上々だった」


 魔剣の方がきっとよほど斬れただろう。先ほどのものも最後の一押しすら必要なく、何を斬ったかもわからないほど容易く勝つことが出来たに違いない。

 けれど、<救世の勇者>コクトはそれを望まない。

 そしてその在り方は、店主にとっても好ましい


「それはよろしゅうございました」

「後で請求してくれ、金はすべて金庫屋に預けてある」

「ええそれはもう――ああ、そうだ。今回メンテナンスにあたって聖女様にご協力いただきまして、『よろしく伝えて』とのことでした」

「アンヘルが……。わかった。感謝する」

「ああそれともう一つ。――世界が終わるときに、また皆でお茶会でも致しましょう」


 その言葉が意外だったのか、コクトの切れ長の目が大きく見開いた。

 少し口をまごつかせ、小さく「わかった」とだけ帰ってきたのがなんとも彼らしかった。



 <聖なる光の剣>――これにて、メンテナンス完了。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る