依頼番号XX (7)
「いやあ、さすがに王都。栄えてますね」
複雑な障壁術式が展開する門を眺め、店主が笑った。
奈落でメテウスと話し、店に看板を掛けてから、まだ五秒も経っていない。
森から王都まではどれだけ足が速い種族でも四日はかかる。
それは単純な距離だけではなく、ダンジョン化した渓谷や致命的な沼地となっているエリアが間に挟まっていることも原因だ。単純に走り抜けるだけでは対処できない地形があまりにもこの大陸には多い。
また、魔種が暴れた跡は一日で地形が塗り替わることもあるので、現代における生存圏間の移動には地形判定の術が使えるガイドを雇うか、王都が定期的に派遣している辻馬車に乗るかが一般的な手段となっている。
しかし森はまず辻馬車が通ることもないし、ガイドを呼び寄せるだけで時間を食ってしまう。そんな猶予は店主に有りはしないので、今回はとっておきの手段を使うこととした。
すなわち、転移アイテムの使用である。
そんなものがあるならば全員が使えばいいと思われるかもしれないが、まず前提として生命体をまるごと転移させられるアイテムは数が限られている。最低でも二級相当のものでなければ、転移しきれずバラバラになってしまう可能性が高いのだ。
そして、二級の転移アイテムでは短距離かつ片道運んだだけで耐久上限を簡単に上回ってしまう。往復で使用するならば、最低二回の長距離跳躍を無理なく実行しなくてはならない。そうなると、一級の中でもだいぶ例外等級に近い性能のものが必要となる。
アイテムの値段というものは、等級が誤認される、適合者が極端に偏っているなどの理由で下がることもあるが、たいていの場合その性能と釣り合うようになっている。特別稼ぎのいい者でもない限り気軽に手が出せる値段ではない。
幸いと言うべきか、店主は客層こそ偏ってはいるもののアイテムの専門家である。
メンテナンス屋であるため基本的に販売は行っていないものの、修復するアイテムの中には転移機能を用いているものも当然存在する。
つまりは、材料としてその手の素材は文字通り、売るほど所持しているのだ。
「うーん、これも経費として勇者様に請求しましょうかね。依頼がなければ森から出ることなんてありませんでしたし」
呟きながら、大きく開かれた門――ではなく、その脇の小さな扉へと足を向ける。
ガヤガヤと賑やかな大通りとは打って変わってぽつぽつと浮世離れした格好のものが通っていくその扉は、許可証を失効してしまったり、あるいは何らかの理由で交付を受けられていなかったりした者に開かれている通路だ。潜ると同時に魂のスキャンが行われ、敵性反応が見つかった場合は三日間拘束された後、放逐されるか討伐されるかが決まる。
なお、この三日間という日数はスキャン結果から身元を徹底的に洗い出すまでにかかる最大日数らしい。
「うーん、引っかかるわけにはいかないんですけど、こういう時に限って鳴ってしまうのが警報ってやつですよね」
自分が敵性体ではないことは保証できるが、残念ながら今は未登録の魔剣となった元聖剣を背負っているので不安にもなる。ため息をつきながら式を飛ばし、心の中で冷や汗をかきながら扉を潜る。
左手、頭、左足、胸、左腿、右肩――順調に術式部を体は通過していく。
しかし、不安と言うのはやはり的中するものなのだろう。
剣の柄が術に触れた、その瞬間。
脳天に、雷撃が落ちた。
***
頬に冷たい風が当たって、店主は目を覚ました。
「あははは、順当すぎるくらいに牢屋ですね。雷レベルの警報ですもの。順調にセキュリティが働いているようで何よりです」
乾いた笑いが喉をひりつかせた。おそらく体感として気絶していたのは一刻ほどだろうが、雷撃警報のダメージは抜けていない。
こうした警戒網に引っかかったものに対して、過剰な暴力や劣悪な環境を与えることは生存圏にあっては禁止されている。暴力性に目覚めたことによる魔種への零落現象を避けるための規定だが、冤罪投獄される側として見ると制圧のための衝撃の威力の高さは充分暴力的だ。
「はー……いつ来るでしょうね。お忙しいでしょうけれど、二日とか待つのはちょっと厳しいんですが」
「安心するがいい。もう着いた」
牢屋に似合わない、高貴さ溢れる声が美しく響いた。
「全く持って横着が過ぎるぞ愚か者め。魔剣なんぞを我が都に持って入ろうとするならば事前に申請せんか」
「それは……はい。申し開きのしようがないですね」
「余の愛すべき臣民が泣いたのだ。何か報いは貰うからな――幽霊」
剣呑に細められた目が雷光を帯びたように煌めく。その威圧に、さしもの店主も素直な首肯を返せば、よろしい、と目の前の彼が頷く。
コォン、とその手の王笏が床を打つ音に応え、首を垂れるように格子戸がその身を開いた。
――<救世の王者>、絶対君主ガランの御成りである。
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