依頼番号XX (4)

 眼前に、虚がさらに深くなって口を開けている。

 足元からごうごう風が吹き荒び、もはや奥底には月光すら届いていないだろう大穴を前に、店主は深々とため息をついた。

 肩までがっくりと落とす仕草こそ演劇的ではあるが、声色に滲む疲労は拭い去れない。

 

「いやいや、これは……うーん、諦めちゃ駄目ですかね? 駄目? はい」


 気を紛らわすために言葉を紡ぎながら、思考を回す。

 もはや剣とは呼べなくなったからと言って、別のものを用意して渡すというのも無理だろう。

 伝説級のアイテムを所有しているから<救世位>なのではない。<。そうなると必然的に、リストに載せられるのは伝説級のみとなる。それ自体はいい。希少とはいえ、使われてこそのアイテムだ。出し惜しみなんてする気はない。

 しかし、伝説級の中にも相性や、ほんのわずかではあるが性能の差が存在する。そして、勇者の戦場と言うのはその僅かな差こそが明暗を分けるのだ。ここでさらに記載可能なアイテムは絞られる。

 そして、なにより。

 勇者コクトの力をを受け止めきれる武具というものは、歴史上たったしか現れていないのだ。

 その三振り目をこの終わりゆく世界で見つけるくらいなら、この災厄の魔剣をどうにか聖剣に戻すほうが建設的だろう。


 勇者コクトの魔王討伐。

 現在十八回記録されているその道筋によると、彼の武具の使用歴は次のようになる。



 コクトは最初のころ、魔力を帯びない五級の剣を使い潰していた。

 どれだけ良い剣でも一振りと引き換えに破損を余儀なくされるのだから、そのほうが効率が良かったのだろう。

 おそらく五級剣を使い潰す方針に切り替える前に使用した、いくつかの伝説級と思しき剣の名も記されているが、どれも一振りで武具としての役割を終えている。伝説級の中でも上位と言われるものが含まれているあたり、勇者に適性がある武器の希少性がうかがえる。

 

 そんな武器を定めずに行く旅の途中、コクトは火山に住まう最後の竜と出会う。竜の望みを叶え、友情の証として<闇を裂きし誓いの剣>を贈られて以降は、それが彼のメイン装備となる。

 <闇を裂きし誓いの剣>は竜が自身の鱗を材料として提供し、当時まだ生存していた伝説級の武器職人により作られた。頑丈で、伝説級に足を踏み入れるほどの業物であった。

 けれどそんな業物も、何代か後の魔王によって破壊されることとなる。

 幸いと言うべきか、彼は無手でも強かった。故に殺されることはなく、死闘を繰り広げることができた。

 だが、魔王が剣を壊した狙いは、勇者の弱体化ではなかった。

 その魔王は、素手ではけして殺しきることができないという特殊な概念を纏っていたのだ。


 ――死闘は、七日七晩続いた。


 すでに配下も仲間も彼らの間に割って入ることはできなかった。一瞬たりとも均衡を崩す事が許されない、凄惨な殺し合いであったという。

 相手を殺しきることができないと知っていてもなお、手を緩めるという選択肢は彼らにはなかった。

 それでも、均衡は崩れるものだ。

 切っ掛け自体は本人も覚えていないと言うが――先に崩れたのは、勇者の方であったらしい。

 勇者が一度目の死を許しかけた。<救世位>は死なないとはいえ、回復するまでにある程度の時間は対価として持っていかれる。そのある程度で世界を細断できるのが魔王だ。

 倒れるわけにはいかない。意地か狂気か――崩れ落ち逝く体で伸ばした手こそが、奇跡を掴んだ。

 

 宙に伸びた手が、朝日を掴んで剣を生み出したのだ。

 

 それこそが<聖なる光の剣>。

 鋳造能力を持たないはずの勇者が生涯唯一生み出した、魔王殺しの剣である。

 

 

「そしてまあ、その大層な奇跡の剣がこうなっているわけですね。もしかしてこの【塵】、その時の魔王の執着だったりします? なら聖女様ですかねえ、担当は」


 嘯いてみるが、そんなわけはないだろう。もう何百年前だと思っているのか。遅効性にも程がある。


 さて、以上の使用歴からわかることは二つだ。

 ひとつ。本人が生み出した以上、<聖なる光の剣>以上の適合アイテムは存在しない。仮に代替品を差し出すならば、そのことを承知してもらうことになる。

 ふたつ。記録にある伝説級のものより優れた性能のものの中で、さらに勇者と適合し得るものを選別する必要がある。

 

 一つ目に関しては、勇者の性格上問題ないだろう。彼はアイテムに執着することはないし、おそらく店主のもとに持ってきたのも「直ったらいいな」程度の心づもりだ。

 問題は、二つ目。これは不可能に近い。

 適合する可能性があり、なおかつ性能もクリアしているほどのものにはすでにそれぞれ所有者が存在しているのだ。

 所有者に事情を説明して譲ってもらうこともできなくはないが、伝説級のアイテムというものは往々にして「必要なものの手に渡る」という機能を備えている。所有権が確定している時点で「譲れ」という言葉はその相手に「死ね」というのとほぼ同じ意味を持つ。

 いくら最上位の存在が必要としているからと言って、それはあまりに無体と言うものだ。だいたいアイテムにも意思ってものがある。

 

「いけないいけない。ついアイテム目線になってしまうのは悪癖ですよ。私」


 これまでこういうことがなかったわけではない。常連を得ている今がおかしいことに変わりはないが、万が一を常人よりも多く引き寄せるからこその英傑。一回目で万に一つを成し遂げるからこその<救世位>である。

 伝説の武器のメンテナンス、というのは往々にして通常とはかけ離れた出来事に遭遇するものなのだ。不本意ではあるが。

 しかしそんなものと向き合う役割を背負っているにしても、店主の戦闘能力はそう高くはない。身につけようと思ったこともあったが、残念ながらアイテム修復特化に作られてしまったらしい。必要なアイテム収集はできる程度の身体能力はあれど基本的に回避と耐久でどうにかするしかない。

 死にはしないが、痛いのだって大嫌いだ。本当の所、明らかな厄災となった伝説級の武器のメンテナンスなんて投げ出して、店の中でのんびりしていたい。

 それは偽らざる店主の本音だ。けれど、この世界では割り振られた役割からはみ出る事こそ何より恐ろしい。

 かつて神さえも殺した逸脱という罪を恐れぬものなど――それこそ、もはや現れない<救世の主人公>くらいだろう。

 店主は彼の人ではない。だから、今日もこうして天命の無茶ぶりに従うのだ。

 

「まあ。前向きにいくとしましょう。こうして君が大穴を開けてくれたおかげで【彼】のところまで進めますしね」


 腕に抱いた魔剣をあやしながら奈落の底を覗き込めば、こちらの神経までもが凍ってしまいそうなほどの寒気がこみ上げた。先の見えない不安からくるものならばまだいいが、地下はこの世界の住人にとっては未知の領域だ。数多の種やアイテムを見てきた店主も知らない、悍ましいものが息をひそめていることもあるだろう。

 それでも【彼】に会うならば、この道を行く他ない。

 この難題を解決する知恵の火を持つ、唯一のものは――奈落にいるのだから。

 

「どうしておられますかね、賢者様は」


 向かうは<救世位>がひとり。眠らざる知の巨人が座す永遠の牢獄。

 <救世の賢者>メテウスの幽閉楼。


 <救世位>の武具なのだから、<救世位>に聞くのが一番手っ取り早い。

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