依頼番号XX (3)

 

「さてさて、どこから手を付けましょう」


 やはりどこか役者めいた口調で店主は呟いた。

 時は夜半。場所は店内から移動して、水晶製のカメリアが濡れたように光る生垣を抜けたずっと先。暗く広がる森の、最も深い箇所に位置する泉のほとりである。

 そこかしこからする魔獣の息遣いを気にすることはない。襲ってこられればその限りではないが、この森で店主を襲おうとするのは余程の新参者だ。もう何千年もこの土地で生きてきた、ヒトとも魔ともつかない奇妙な生き物を突くような愚か者が生き残れる場所ではない。

 

「古式ゆかしく水の清浄作用から試さんとここまで足を運んだわけですが、私も耄碌しましたかね」


 くるりと両腕を広げて回転する様は、月光の下で祈り舞うかんなぎにも似て美しい。

 実際、目的は円を描いて結界を張ることであったので、そう幻視しても仕方ない。古くシンプルな式とはいえ、結界を要するほどの事態が目の前にあるという現実を無視すれば、の話ではあるが。

 

「まさかまさか、ただ水を一かけしただけで大本をすっかり飲み干してしまうとは。とんだ大食漢の魔剣になったものです」


 ぽっかりと夜の大地に口を開けたその虚を見下ろしながら、店主はひとつため息をついた。

 その腕に、ぐうぐうと大きな音を立てて腹を鳴らす剣を抱きながら。


 ***


 聖剣と魔剣は相対するものであるが、その実似たようなものだと店主は認識している。

 今はもう聖剣や魔剣と呼ばれるものを作れる職人は絶えて久しいが、かつてそれらを鋳造せしめた超越存在たちは、聖だろうが魔だろうが必要に応じて生み出していた。本当に相反する性質のものならばそう簡単にはいかないだろう。

 結局は素材と付与する属性の問題なのだ。生み出せるものがいなくなったから希少になっただけで、火属性や水属性のアイテムと仕組みとしては何ら変わらない。

 とはいえ、基本的に一度アイテムに刻まれた属性が変化することはない。

 それこそごくまれな類である【塵】の影響を受けて変異するか、あるいは一つの属性の極致と言えるほどの濃度の魔力に最低でも十年単位は漬け込む必要がある。

 今回の場合は前者に当てはまった、というわけだが、ここで問題になってくるのがアイテムの等級である。

 すべてのアイテムには存在強度を軸として様々な尺度から算出された等級が割り振られている。一切の魔力を付与されていない無染物品は最低ランクの【五級】とし、それ以外のものは【四級】~【一級】に分類。現代の技術では再現できない属性や性能を持つものは測定不能の例外存在として【特例】扱いとなる。

 

 言うまでもなく、現代で再現不可能な【伝説級】アイテムは総じて【特例】だ。

 そして、【特例】アイテムはその特性上、現代の環境に存在し得るあらゆる種族・物質・魔術の影響を受けない。与えられるとすれば――同じ【特例】に分類されるものから生じたものだけ。


「いやはや、どうなっているんでしょうね。ここ最近は」


 伝説級のアイテム専門のメンテナンス屋。それは万が一の時のために神がこの世に残した<救世位>のための安全装置だ。

 起こることはないだろうからゆっくりしていなさいと設置された自分が、「常連」を獲得するほどに働いてしまっている。その意味。

 

「せっかくのんびりできると思ったのに、まったく世界というやつはどこであっても忙しない」


 腕の中で喚く剣の声など聞こえていないかのようにしれっとした顔のまま、落ち窪んだ泉の跡に店主は歩を進める。その先には当然水はなく、ただ夜闇と月の光だけが静かに満ちている

 およそ泉の中心だろう部分まで来て、店主はおもむろに剣の柄を握りしめた。柄頭を天に捧ぐように掲げ、月光を丹念にそこにはめ込まれた宝玉に振りかけながら呟く。

 

「これで大人しくなってくれると、ありがたいのですがね」


 その言葉と同時に剣がするり、と店主の手の中から滑り落ちた。

 まっすぐに落下したそれは順当に岩盤へと切っ先を向ける。

 通常の剣ならば岩盤に弾かれる。名剣ならば運が良ければ突き刺さる。伝説級の武器ならば突き刺さって当然――賽を振るまでもない、自明の理。

 

 そのはずだった。


「あっははは、これでは月光浴も無理ですね。困りました」


 宙に投げ出された剣をキャッチし、再び鞘に納めた店主が呵々と笑う。


 剣というものは斬ることが本分である。刺突に特化したものや、純粋な刃の冴えではなく自重で半ば潰すようにして断つものなどの細かな違いこそあれど、最終的に対象が寸断されることが目標とされていることには変わりない。


 ならば、もはやこの魔剣は【剣】と称することすら能わないのだろう。

 

 切っ先が突き刺さるや否や、岩盤を丸ごと砕き飲み干す。なんてことは――間違いなく、剣に付与された役割の範疇を超えているのだから。

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