依頼番号XX (2)

「なるほど。そこでご自身の技量を疑わないあたり、流石ですね」

「それを疑えばこれまで殺したものが浮かばれないだろう」


 自身の技を疑ってはならない。

 それはこの世界が終わるまで死ねない<救世位>の位置にあるものが掲げる矜持。そして、不変の真理でもあった。


 この世界は、神の遊戯によって生み出された一冊の本で――主人公が二度と現れない物語でもある。


 それは生きとし生けるものすべて、言葉を交わさぬ赤子でさえ本能で知っている絶対の理。見放されたせかいは最後の一文が結ばれることはない。それ故いつかほつれて消えていく。

 そんな「終わることが大前提」であることへの神の慈悲か嘲笑かは定かではないが、この世界には時折<救世>を冠するものが生まれる。

 死なず、滅びず、善く戦う。「最後の文字」に至る日以外で予期せぬ終わりが訪れることのなきように、世界を救い続けることが使命。

 彼らは言ってしまえば、二度と現れない「主人公」に次ぐ役割を背負った「せかい登場人物ネームドキャラクター」だ。四人目の<救世位>を置き去りにして以降姿を見せない「神」などより、よほどこの世界では信仰を集めている。


 だからこそ、<救世位>は【確固たる己】からブレることが許されないし、世界がそれを許さない。


 ここは、そういう世界だった。


「それで。この剣に何が起きている」

「そう急かさないで下さいよ。もう2000年以上生きている方がそんなせっかちな」

「……店主」

「はいはい――おやまあ、これはこれは」


「これはもう<聖なる光の剣>とは呼べません。貴方、いったい何を斬ったんですか?」


 ***


 思い当たる節はないという勇者は、「2・3日剣を預かりたい」という言葉にも顔色一つ変えず無手のまま店を出ていった。


「まったく、勇者様は謙虚でいらっしゃる」


 店主は嘯きながら手元の剣を再び注視した。

 白銀と白金に光る、美しい剣。<聖なる光の剣>とは名ばかりではなく、<救世位>専用に鍛えられた正真正銘【神話級の聖剣】として在るはずのそれ。

 ――その中に、一点の曇りがあった。

 使い手である勇者にも視認できないほど小さなその曇りを、店主は【塵】と呼んでいる。


「いったいどれほどの恨みを買えばこんなことになるやら……ま、それも仕方のないことですけれど」


 【塵】はどこにでもある、感情の老廃物のようなものだ。人が生きて営みを行う限り、善悪・好悪・正負・浄不浄どれに置いてもついて回る。

 大抵は時間とともに流れ去る、害のないものだ。けれど――時折、こうして滲み付くことがある。滲み付かれたものは本来の性能から反転するとされ、ごくまれに良い結果を招くが、ほとんどの場合悲劇を産み落とす。

 そうなる前に【塵】を取り除いて反転した性質を元に戻すのが、店主をはじめとしたメンテナンス屋の裏の仕事だ。

 持ち込まれたアイテムに滲み付いた【塵】の状況を見極め、不要であれば刀身の研ぎや鍛え治し、魔石の交換、細かな装飾の清掃、古代文字の再刻印といった一般的に知られているメンテナンス作業を行う。

 もちろんこの作業も重要だ。

 <聖なる光の剣>のような神話級武具ならばともかく、市井に流通している現世職人の手による品々はどれほど優れた名品であっても時間経過により性能を落としてしまう。そして、性能の落ちたアイテムを使い続ける者に待つのは無惨な死に他ならない。

 故に、【塵】の存在を知らない者であっても必ずメンテナンスを行うことが義務付けられており、メンテナンス屋は客に事欠くことがない――この店以外は。

 

「伝説級以上のアイテムに【塵】が滲みることはまずありませんんし、それ以外の不調も全自動で回復できるからこその【伝説】なわけで……ああ恐ろしや」


 わざとらしい口調とは裏腹にその目は冷めている。

 それもそのはず、この店こそは世界唯一の【伝説級以上のアイテム専門】を看板に掲げたメンテナンス屋なのだ。

 他と比較することもなければ宣伝する必要すらないその店に、名前はない。だから常連たちは口々に勝手なあだ名で噂する。

 

 自分が利用するのはここだけだから――メンテナンス屋。

 店を囲う水晶のカメリアが綺麗だから――カメリア堂。

 店主のよくわからなさが気に入ったから――幽霊調律師。

 呼び名がないものはそのままにしたいから――アンノウン。

 

 そんな統一性皆無の呼び名を、やはり店主は気にすることなく、ただ仕事をこなしていく。

 何日も、何年も、何千年も――この透明な店と店主は変わらず、ここにある。

 ブレることは許されないとでも、言うように。

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