伝説のアイテムのメンテナンス屋さん

冴西

依頼番号XX:【聖なる光の剣】(1)

「いらっしゃいませ、勇者様」


 媚のない声が、黒髪を高く結い上げた青年を迎えた。

 所狭しとおかれた奇矯なアイテムたちの谷間にちょこんと座った店主は、手元の器具を覗き込んだまま顔を上げることはない。

客商売としてはあってはならない態度だろうが、青年は特に気を悪くするでもなく悠然と歩を進める。

 もはや原生林とでもいうべき密度で配置されたアイテムの隙間をすり抜けながら、身に纏った装備品の一つたりとも掠らせない足取りで進む姿は慣れたものだ。

 青年――<救世の勇者>コクトはこの店の常連である。故に、店主がいちいちこちらの顔色をうかがうようなサービスを商売にしていないと充分に理解している。

 コクト自身、そんなものをこの店に求める気はない。おそらく、この店に訪れることになるようなものは皆そうだろう。


「おかけになって、剣をカウンターの上に。本日はどのような不具合で?」


 淀みない言葉はまるで真正面に向き合っているような響きを伴っているが、やはり店主が姿勢を変えることはない。

 余程耳がいいのか体外にそれ用の目でもあるのか、アイテムか。並列作業の見事さを前にしてかつては考えたこともあったが、この慮外の店主については細かいことを考えても無駄なことだろう。


「斬れすぎる」


 勇者という言葉にそぐわない、乾いた印象の言葉を投げ返したコクトは、作業を続ける店主の横顔を見ながら慣れたように語りだした。


 ――あれは、十八匹目の魔王を打ち倒した夜だった。




 最初の魔王を倒した時の興奮などどこへやら、今はもう義務感だけで果たした討伐の帰り道、コクトは独り森を歩いていた。

 パーティは最も近場にあった人間の街に置いてきた。

 仲間意識が皆無というわけでもないが、どうにも彼らと自分が同じ生き物である実感が持てなかったのだ。

 無事討伐が終わったと安堵に頽れた姿に、やっと重荷が降りたと健闘をたたえ合い美酒に酔う姿に――やっと帰れると涙を流す姿に、それはよかったと他人事の喜びは感じても自分自身の歓喜は一切抱けない。

 それが無性に寂しくて、空しくて。


 気づけば、夜闇の中にいた。


 コクトは一見して、細身の若輩者というのが相応しい風体をしている。

 <救世位>の勇者であり、その位に見合うだけの死線の数を潜り抜けた実力こそ確かだが、体質なのか筋肉は膨張ではなく鋼のような硬さと密度で引き締まる道をその肉体は選んだ。魔物の盗伐者として一般的な鎧に身を包んでしまえば、一見してその実力を見破ることは困難だ。

 相手が魔力や法力に重きを置く異法種であればまだしも、外見に重きを置く人間種には、ただ険しい目つきをした極東民族の青年にしか見えない。

 お伽話や神話においては英雄はその肩に得も言われぬ魅力やいかにもそれらしい覇気を神より振りかけられるというが、この終わりかけの世界においてはそれを感じられる人間種はもはや一握りしかいないのだから。


 故に、只人に絡まれることはそう珍しいことでもない。


「若ェの、オメエの身ぐるみここに置いて行ってもらおうか!」

「大人しくしてりゃ、命までは取らねえよ」


 どうしてか、どこの地方においても似たようなセリフを吐きながら現れる、こういう野盗などに遭遇することは。


「騒がしいな」


 だから、いつも通りにコクトは剣を抜いた。

 素手で往なすこともできなくはないが――鍛え上げられた膂力はすでに人間種にとっては肉体で受けきれるものではない。うっかり骨や内臓を傷つけてしまう可能性を考慮すれば、精緻な剣技で相手の装備品一式を切り刻む方がよほど加減がしやすいという経験からくるものだった。


 だが、いつも通りに振るった剣は、いつもとは異なる結果を投げ返した。


 ぼと、と最初に落ちたのは、腕だった。

 次いで、足が、腸が、指が、血が、首が。次から次へと「散らばった」。


 装備品のみを切り裂くはずだった軌跡通りに、二人の人間はバラバラになって――あとには血だまりだけが残った。


 あまりに滑らかに砕けていくものだから、最初は人間に化けていた魔族の変身かとコクトが錯覚するほどだった。

 けれど、そうではなかった。それは確かに人間で、間違いなく自身の振るった刃が殺していた。


 魔王は十八匹、そしてその前には無数の魔族、そしてその更に前には魔族に与した人間を。数々の命を屠ってきた勇者が今さら力加減を間違えるはずもない。

 その惨状の原因が手足に等しい武器<聖なる光の剣>の異変であることを悟るのは、容易だった。

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