第227話 集会
あれから暫く経った日の夜。
とある山小屋……と言ってもいいくらいにみすぼらしい小屋の中で、十数時間にも渡り呪文の様な経を私は唱え続けた。
正確に言えば、“経”とは。
仏の教えをなぞるモノであり不浄を祓うモノであるはずだった。
しかしながら読み手、読み方。
そして解釈の違いと、唱えるモノの思惑によってはまるで意味が変わってくる。
寺などで読み上げられる経と違い、文章が抜けていたり違う意味の言葉を綴っていたりと、もはや冒涜に近い言葉の羅列を読み上げ続けた。
だかこれで良い。
割れた天狗の面を被り、古めかしい衣装に身を包んだその姿は他者が見れば“異様”の一言であっただろう。
そして、私の待ち望んだ時がついに訪れた。
『お前か、我らを呼んだのは』
蝋燭の僅かな明かりしかない小屋の中、いくつもの人やそれ以外の姿が影を揺らす。
さっきまでは居なかったはずの複数の影が、蝋燭の炎を揺らした。
男女は言わずもがな、時代すら違いそうな面々が静かに此方を眺めていた。
「お待ちしておりました、皆さま。この度は御足労頂き、感謝の――」
『下らん挨拶はいらん。要件を話せ』
先頭に立った女性が、ピシャリと此方の言葉を遮った。
それに対しより深い笑みを浮かべながら、下ろしかけた頭を上げるのであった。
「皆さまにおかれましては、力が戻り次第……存分に暴れて頂きたく思います」
『ほう?』
またも被せる様に口を開く女に対し、周りの者は静かに話している我々を見据えている。
彼女が代弁者として機能しているのかと言われれば、正直わからない。
しかし彼女は間違いなくこの儀式の中心に位置し、そして他の個体より“強者”である事は確かだった。
『詰まる話、好きにして良いから貴様の企てには手を貸せ、という事かの?』
「えぇ、簡単に言えばそういう事になります。まぁ、初手だけ私の指示通りに動いて頂けたのなら、後はこの現代を好きに楽しんで頂ければと」
『ほぉ、随分と我らを優遇するのだな? お主、何が狙いだ? ホレ、何をしでかしたいのか申してみよ』
彼女が楽しそうに笑う中、周辺の温度はどんどんと下がっていく。
上質な“怪異”が集まっているだけではなく、的を射ない言葉を放つ私に対して集まった彼らさえも敵意を向けている証拠であった。
吐き出す息さえ白く曇りそうな温度の中、自信を持って口を開く。
むしろ、それこそが望みだったのだと言わんばかりに口元を歪めながら。
「今の世は腐っている。誰も彼もが駒の様に動き、生まれながらにして人生の上限を決められている。そしてそれ以上の夢を抱けば罪とし、結果を残せなければクズと罵られる。誰しもが今の世に捕らわれる奴隷として生きている、現世は今、そんな時代なのです」
『……続けよ』
立ち上がり、口元を三日月の様に吊り上げながら叫んだ。
己の不満を、苛立ちを。
そしてこの世界に対する憎しみを。
これでもかというばかりに様々な“恨み言”を吐き出し、そして。
「この世は“不条理”に塗れております。成果に対する正当な報酬もなく、腐った人間達の集まりが揃って口を開けば、“個”は平然と切り捨てられる。おかしいではありませんか、何故他者より優れていた者が貶められ、有象無象の為に労力を求められる。そんな不浄にこの世は満ちている」
『詰まる話、貴様は“この世”が嫌いだ。だからこそ滅ぼしたい。という事で良いのだな?』
どこか呆れた様な表情で、彼女は言い放った。
まあ、良くあることだろう。
そんな風に思われているのかもしれない。
その証明と言わんばかりに、彼女を含め集まった者達からはため息が聞こえた。
世界に対する絶望、嫉妬。
そして自分本位な世界観と、子供の我儘とも言える程の身勝手な思考。
悲しいかな、そういった感情程“強い”のだ。
純粋で真っすぐ、そして自身を偽っていないからこそ、コレだけの数を呼べたのであろう。
自分自身でさえ分かっているのだ、幼稚な願いだという事は。
しかし、幼稚な願いさえ叶えられない。
当たり前が当たり前として存在しない世の中なのだ。
何故、声を上げた人間が責められようか。
誰だって気付いているはずだ。
周りより頑張っているのに報われない、結果が伴っているのに自分の物にならない。
それは、生物として“おかしいのだ”。
「そして今回の邪魔者には、現代を生きる“鬼”が紛れております。であるからこそ、皆様には是非協力を仰ぎたいと心より――」
『小僧、ソレは間違いなのだな? “鬼”はお前を殺しに来るのだな?』
背後に控えていた、呼び出した妖怪の一人。
此方と同じ格好の老人……だろうか?
天狗としか表現できないソレが、嬉々として声を上げた。
なんだコイツは? 周りからはそんな視線が彼に刺さるが、ご老体は気にした様子もなくカッカッカ! と楽しそうに笑い声を上げる。
『良いぞ、良いぞ! 儂はこの話に乗った! 元々損はない話だしのぉ。あの“鬼”ともう一度相まみえる機会が貰えるのであれば、儂は乗った!』
一人だけテンションの高い老人に顔を顰めながら、彼女は話を続けるべく口を開く。
ただし術師にではなく、そのご老体に対して。
『“天狗”、お前はその“鬼”を知っておるのか?』
彼女の問いに対して、ご老体は楽しそうに笑う。
それこそ、踊りだしそうな勢いで。
『知っているもなにも、儂を“祓った”男じゃ。面白い、実に面白い男だぞ? それに、お前さんにも関りがあるかものぉ……娘っ子』
『あぁ?』
小娘扱いされたのが気に食わなかったのか、彼女は眉に皺を寄せながら低い声を上げた。
そして周囲の温度は一気に下がり、此方の体は指先から紫と表現していい程に青くなっていく。
表情は、未だ狂ったかの様な笑みが張り付いていたが。
『他の者もじゃ、よく聞けよ? “鬼”が引きつれる子供達は実に面白い。儂の“呪い”を受けても果敢に立ち向かってきた、それどころか“呪い”を使いこなした小娘。どれほどの覚悟、精神を持っているのかのぉ。儂もアレに興味が尽きん』
ピクリと、呼び出された内の一人の方が揺れ動いた。
『更に“巫女”の血筋の娘に、“天の童”の姓を持つ不思議な“声”を放つ小僧。“鶴”を名乗る“結界師”の娘、残る小僧も“八咫烏”を宿すほどの逸材……今は違うようじゃがな。まぁ良い、どれも折り紙付きじゃ』
老人がそう言い放てば、室内はザワザワと落ち着かない雰囲気が漂い始める。
人もそれ以外の“怪異”も集まる室内で、これほどまでに“まとまった”のは初めての出来事だろう。
『天狗、まだ我の興味を引く話が出ておらぬ。申してみよ』
『全く、時代が古いばかりの小娘はコレだから……』
『あぁ?』
更に温度が下がる室内で、二人は楽しそうに会話を続けた。
片方は青筋を立てながら、もう片方が煽るという形ではあったが。
『二人目じゃ、現れたぞ? 本当に“狐”を使いこなせる娘が。銀色の姿、九本の尾。そして、お前さんよりべっぴんじゃ』
『死にたいのか? 天狗』
両方の拳を合わせる様に打ち鳴らし、彼女は“天狗”へと歩み寄っていく。
一種触発と言っていい状況なのだが、天狗も笑みが止まらない様子。
そんな狂人の集いが、この狭い山小屋の中に完成していた。
「確かめてみれば宜しいのではないかと」
『あぁ?』
「かの“九尾”を降ろした少女の力、そして姿形も。貴方様の眼で確認されては如何でしょうか」
そんな事を言いながら、私は黒色に近くなった手の指を“齧った”。
温度が下がり過ぎて、凍傷を通り越して壊死していた自らの人差指をその口に含み。
そして“噛み切った”。
ボリボリと音を立てながら噛み砕き、ゴクンッと咀嚼する音を響かせてそれでも笑ってみせる。
「各々気になる相手はいらっしゃるご様子ですから、それぞれ相手をなされてはいかがでしょう? そのお膳立ては、わたくしめにお任せを」
頭を静かに下げる彼に対し、集まった者達は静かに視線を送って来た。
あるモノは復讐、あるモノは興味。
様々な感情が渦巻く中、先頭に立った少女とも言える狐の耳が生えた彼女は、盛大に笑って見せるのであった。
『良い、良いぞ小童! 良かろう、我もその思惑に乗ってやろう。現代の“狐”にも興味がある。しかしその娘、我が貰うぞ』
「御心のままに」
『うむ、苦しゅうない!』
こうして“怪異”達の会合が終わろうとしていた。
しかし、その中でもやはり“例外”というモノは発生する。
明らかに“強者”たる顔ぶれの中、部屋の隅に縮こまっていた少女が一人。
その肩に、三本足の烏を乗せて。
『お願い……誰でもいいから、私を殺して……』
その蚊の鳴くような声は、他の者の高笑いによって空気に溶けるように掻き消されるのであった。
――――
お祭りの前というのは、何となくソワソワする。
これまでの人生で“そう言ったモノ”に参加する事は少なかったモノの、やはり周りが楽しそうにしたり、遊びに行く予定なんかを立てていると私もどこか落ち着かなくなるのだ。
「夏美、何をしてるんですか?」
「あ、ごめん。すぐ行く」
お祭りの告知ポスターを眺めていた私は、巡に呼ばれてハッと正気に戻った。
今まで避けて来たこういう祭事に、今回は大手を振って参加出来るのだ。
正直、今から楽しみで仕方がない。
とはいえ見回りと調査という意味合いも含まれているので、あまり浮かれてばかりという訳にもいかないが。
「すみません、私までご一緒してしまう形になって」
申し訳なさそうに声を上げるのは、私達の後ろをひょこひょこと付いてくるつるやん。
隣を歩けばいいのに、なんて言ってはみたのだが。
注目を受けるのが嫌だ、とか何とかで私達の背面に隠れるようポジションに収まってしまった。
どういう意味合いでこうなってしまったのか分からないが、今では半袖パーカーのフードまですっぽり被って完全に隠密体勢だ。
でもなんていうか、小柄な子がおっきいフード被ってる姿って可愛いよね。
「何を気にしているのか分かりませんが、後輩と買い物に行くくらい普通だと思うんですけどね」
「とか何とか格好つけておりますが、久々につるやんと一緒のお買い物に浮かれている巡であった」
「否定はしません」
「あらま、素直です事」
そんな会話をしていれば、恥ずかしそうにフードの先を引っ張って顔を隠してしまうつるやん。
うん、やっぱ可愛いよ私達の後輩は。
そして今回の買い物の目的すら可愛いのだ。
「しかし天童さんも随分とぐいぐい来るようになりましたね、聞いた時は驚きましたよ」
「つるやんの浴衣姿が見たい、だなんてねぇ。それにしっかりと答えちゃうつるやんも可愛いけど」
「……うぅ。天童先輩には借りもありますし、今回は私の迂闊な発言が原因ですから。ですので、甘んじて受け入れただけです!」
真っ赤な顔でブンブンと拳を胸の前で振り回す後輩。
目立ちたくないと言っていたのに、今ではこの小さな後輩が一番目立っている気がする。
街中を歩いている周りの人達からも、なんか温かい微笑みを向けられているし。
「ま、その辺りはゆっくり聞かせていただくとして。着きましたよ?」
そう言って、巡は一軒のお店を指さした。
私も詳しく聞いていた訳では無いので、どんな店に行くのかは知らなかったのだが……コレ、大丈夫だろうか?
「あ、あの黒家先輩? 私そんなに懐は温かくないというか……」
「巡、つるやんの意見に一票。ここ、私達が入っていいお店なの?」
目の前にあるのは、どう見てもお高そうな和服が飾られている日本家屋の様なお店。
ショーケースから覗くのは値段の書かれていない綺麗な布。
冷やかしで入って良い雰囲気なんて微塵も感じないのだ。
いやいやいや、コレ絶対ダメなヤツ。
一着数十万とか、下手したら数百万とかする着物とか売っているお店だ。
渋い文字で『オーダーメイド受付しております』とか書いてあるんだけど。
逆に怖い、怖すぎてお店に入る気になれない。
巡さんや、忘れているかもしれないけどウチ母子家庭だからね?
バイト代だって半分は家に入れてるし、残ったお金はコンちゃんのゲームソフトに使ったりしているから、本当に余裕なんてないのだ。
それこそ大学に入るのにだって、お金の面では相当お母さんに無理させちゃったし、コレ以上は……。
なんて事を考えていた私に、巡深いため息を溢した。
「ホラ、とにかく行きますよ? もう予約入れちゃってますし。中に入れば、少しは分かるはずです」
呆れた声を洩らしながら私達の手を掴んで、無理矢理に玄関を潜ろうとする巡。
「ちょ、巡っ!? ココ絶対冷やかしとかで入っちゃいけないお店だって!」
「先輩っ、お願いします! 今月はガチャを回したせいで厳しいんです!」
各々抗議の声を上げるが、聞えぬとばかりにズンズンと進んで行き和風の建物には似合わない自動ドアが開いてしまった。
あぁ、終わった。
来月はバイトを死ぬ程増やさないと……なんて考えていた私だったが、その予想は良い意味で裏切られる事になった。
「いらっしゃいませー……って、巡ちゃん。いらっしゃい、ちょっと遅刻だよ?」
扉を潜った先には、綺麗な和服姿の女性が微笑みを浮かべていた。
何と言えばいいのか、和服美人?
歳は私達の少し上くらいに見えるが、雰囲気と所々に見せる綺麗な仕草というか、落ち着いた態度が“大人”って感じ。
草加先生や椿先生の様に“頼もしい”って感じではなく、何処までも“綺麗”だと思えるような……いわば良い所のお嬢様って感じだろうか?
「到着が遅れてすみません陣野さん、今日はよろしくお願いします。ホラ二人共、呆けてないで挨拶くらいしなさい」
そう言って彼女の前へと引っ張り出されれば、そりゃもう慌てて頭を下げる他無かった。
「え、えっと! 初めまして、早瀬夏美って言います!」
「あ、その。鶴弥麗子です……今日はよろしくお願いします……」
「あらあら、うふふ。ご丁寧にどうも、でも変に気を使わなくていいのよ? 巡ちゃんからも“なるべく安く、綺麗に可愛く見える浴衣を”なんて注文を受けてますからねぇ」
のほほんと笑う女性から視線を外し、巡へと顔を向けてみれば。
彼女は「お前らの懐事情くらい知っておるわ」とか言い出しそうな悪い笑みを浮かべていた。
「彼女は“
「あらあら巡ちゃん。私は親友“だった”人ではなく、今でも茜の事は親友だと思っていますよ?」
「おや、それは失礼。妹して嬉しい限りです」
そんなやり取りとしながら、二人は柔らかい雰囲気で笑い合う。
巡が三上さんへと向ける表情と同じ、まるで警戒などしていない表情だ。
それくらいに、彼女とは交友関係にあるらしい。
思わず大きなため息を溢してしまった私を、誰が攻められようか。
「すっごい高い和服とか買わされるのかと思った……」
「早瀬先輩、私達……今日は生きて帰れそうですね……」
思いっ切り緊張の糸が切れた私達を、二人はクスクスと笑いながら見つめている。
こんな事なら、最初からそう言ってくれればいいのに。
相も変わらず配慮が足りないと言うか、性格の悪い巡へと一睨みしてみれば彼女は困った様に微笑みを返してくるのであった。
「そう怒らないで下さい、せっかくなら安くても良い物をと思いまして。このお店なら安心ですよ」
まあうん、ありがたい事この上ないんだけどさ。
でも、もう少し心の準備期間が欲しかったよ。
などと思っている内に、店の奥へと繋がる暖簾からゴツイ男性が顔を出した。
長い髪の毛を後ろで一本に結び、紺色の甚平を着た眼光の鋭い男性。
思わずビクッと背筋を伸ばしてしまう。
「茜ちゃんの妹さん、来たのか」
「えぇ、お邪魔しております。お久しぶりです」
「奥に来い、二人は紗月だけでも何とかなるだろう」
「お父さん……相手は女の子なんだから、もう少し説明してあげないと怖がられるよ?」
巡と紗月さんのお父さん? の話を遮る様に声を上げる彼女だったが、当の本人は難しい顔をしたままジロリと私達の事を睨みつけた。
「髪の長い嬢ちゃんには桃色、ちっこいお嬢ちゃんには水色だ。白だけは着せるな」
「もぉ、お父さん!」
そんな良く分からない会話を終えると、彼はフンッと鼻を鳴らしてすぐさま店の奥へと引っ込んでしまった。
ごめんね? とばかりに私達に掌を立てるが、巡が首を横に振って彼女を諫める。
「問題ありません。私もお世話になっている上、良く知っている間柄ですから。紗月さん、二人の浴衣お願いしますね?」
「えぇ、承りました」
「では、私は少し席を外しますが……暴れたりしないで下さいね? 特に夏美」
「失礼だな本当に! 私を何だと思ってるのさ!」
クスクスと小さな笑みを溢しながら、巡は店主と思われる男性の後に続いて姿を消した。
どんな間柄なのだろうとか、何故巡だけ奥へ? なんて色々気になる所は多いが。
「さてさて、それでは採寸と布選びといきましょうか」
とても良い笑顔で、紗月さんが手をワキワキしながら近づいて来た。
えっと……色々な意味で大丈夫なのだろうか、この店。
「早瀬先輩、どうしましょう。何故か私、身の危険を感じます」
「奇遇だねつるやん、私もだよ」
何はともあれ、手の届く範囲で浴衣をゲットできる事になった。
コレばかりは感謝すべき所なんだろうが、ちょっと紗月さんが怖い。
とても良い笑顔で、これでもかとばかりに手をワキワキされておられるのだ。
色んな意味で、無事に帰れるといいなぁ……なんて思いながらも、別の部屋で普通に採寸が始まったのであった。
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