第225話 反省会 2


 「あぁー鶴弥さんのトラウマって、小学生の女の子が屋上から落っこちて来たヤツだったんですか?」


 「俊君、人の辛い記憶をそんなあっさり言わないで下さい。まあ最悪の形にはならなかったらこそ、救った本人としてはその程度なのかもしれないですけど」


 「びっくりしましたよ、空から女の子が降って来たんですもん。そりゃキャッチしますよね」


 「生憎と飛〇石は持っていませんでしたけどね」


 そんな雑談をしながら紅茶を啜っているが、後輩達が微妙な顔をしている。

 うん、お茶しながらのんびり語る話じゃないよね。


 「まぁ確かに怖いよね、私はコンちゃんが居るから何とかなるかもしれないけど。 でも巡が海に引きずり込まれた時は私も焦ったなぁ……未だに海を見るとちょっと警戒しちゃうもん」


 「そんな事もありましたねぇ、私は覚えてませんけど」


 「呑気に『ありましたねぇ』じゃないんだよ、“烏天狗”の呪いに突っ込んでいった時も心臓止まるかと思ったんだからね? 一瞬で体が腐りそうになる“呪い”に突っ込んでいくんだもん、今度やったらマジで蹴るよ?」


 「ありましたねぇ……そんな事も」


 のほほんと先輩二人も会話に参加してくるが、内容がいちいちエグイ。

 全部本当にあった出来事だから何とも言えないのがまた。

 私達、本当に良く生き残ってるよね。


 「あぁーあとアレですかね、先生が谷底に落っこちたヤツ。アレは流石に私も焦りましたねぇ」


 「焦りましたねぇでは普通済まないと思うんだよね……皆の行動は、私にとってはどれをとっても心臓に悪いよ」


 黒家先輩の言葉に、椿先生がそれそれは大きなため息を溢しておられる。

 ある意味一番多くのトラウマを抱えそうなのって椿先生だよね。

 あと一番胃を壊しそうな人物ナンバーワン。


 「は、ははは……私、入る部活間違えたかも……多分生き残れない」


 「一花、大丈夫。私も多分その時は一緒に逝く事になるから……」


 いかん、昔話に華を咲かせている場合ではない。

 後輩が段々遠い目をし始めている。


 「徹……相変わらず先輩達の話を聞くとどんどん自信なくなっていくのってウチだけ? その状況に放り込まれたらウチら死なない? 何この難易度の違い、ウチらってどんだけイージーモードなの?」


 「安心しろ、聞けば聞くほど如何に自分が小物で矮小な生物か実感してる所だ。絶対死ぬ、俺らだけだと」


 二年生組も、悟りを開いた様な顔をしながら紅茶を飲んでるし。

 後輩の中でウキウキしながら会話に参加しているのなんて俊君くらいだ。

 まあいい、昔話はこのぐらいにしてそろそろ本題に戻ろう。

 ゴホンッ! と咳払いすれば、全員の視線がこちらを向いた。


 「休憩はこれくらいにして、本題に戻りましょう」


 「落ち着きましたか? まだ怖いなら抱っこでもしましょうか?」


 「く・ろ・や・先輩?」


 「冗談です。立派に部長やってるなと思ったら、からかいたくなってしまいまして」


 ケラケラと笑う黒家先輩を一睨みしてから、三月環コンビに視線を向けた。

 するとビクッっと身を震わせて、怒られる事を覚悟した子供みたいな表情になる二人。

 おかしいな、私ってもしかしてこんなナリでも怖がられてる?


 「……今後は部内の雰囲気がどうとか、言い出しずらいとか気にせず報告して下さい。命に関わる事なので、疑うべきは全て疑うべきです。そしてそういう類の気遣いなんてこの部活には不要です。以上」


 「「……へ?」」


 余りにも短いお説教に、二人して間抜けな顔を晒す。

 だってガミガミ言えないでしょ、この雰囲気で。

 しかも相手は一年生だし、それこそ分からない事ばかりだろうに。


 「で、でも……その、茜さんには」


 「黒家先輩と俊君に分からない様に、でしたっけ? そんなの無理に決まっているじゃないですか。浬先生に、何も考えず茜さんを思いっきり殴れ。なんて言って実行してくれると思います? まずありえません、だとすれば私達に声を掛けるしかなくなる。そしてそうなれば、彼女の望みでも私は無視します」


 「でも、それじゃあまりにも……」


 彼女の気持ちを尊重しよう、とういう三月さんの気持ちも分かる。

 分かるが、昨日の時点では私は間違いなく二人に報告していただろう。

 俊君が“獣憑き”では無くなっていた事も知らなかった訳だし、彼女が相手となれば不確定要素が多すぎる。

 そういう意味で早瀬先輩にも声を掛けるだろう、そしたら必然的に黒家先輩の耳にも入る。

 そして何より、黒家先輩や俊君にまた同じ想いをして欲しくないのだ。

 ある日突然いなくなってしまう家族。

 私は祖父としか仲良くないから、完全に理解する事は出来ないかもしれないが……それでもお爺ちゃんが倒れたと聞いた時は、本当に頭が真っ白になったくらいだ。

 アレ以上の想いを二度も二人に経験させるのは、あまりにも酷だ。

 更に言えば彼女の我儘を押し通す事が出来たとしても、残されるものの気持ちはどうなる。

 どちらも尊重できる結果になるのなら良いが、昨日の時点ではわだかまりが残るだろう。

 だからこそ残される側の“我儘”も、私達は聞くべきなのだ。


 「鶴弥さんは私達の事を思っての判断です、冷たいだなんて思わないで下さい。それと、すみませんでした。姉の我儘に付き合わせて」


 静かに言い放ち、私の背後で黒家先輩が頭を下げた。


 「い、いえそんなっ! 頭を上げてください!」


 三月さんが慌てて立ち上がり声を掛けが、先輩は未だに頭を上げない。

 そしてそのまま、静かに言葉を続ける。


 「俊、呆けている場合じゃありませんよ? 身内が他人様に御迷惑をかけたのです、貴方もやる事があるでしょう」


 その言葉に、俊君は何も言わず二人に深く頭を下げた。

 とはいえ、その空気に耐えられる筈もなく。


 「お願いです、頭を上げてください! 私達、別に迷惑とか思ってませんからっ!」


 耐えられなくなったのか、環さんが叫び声を上げるとようやく二人が頭を上げた。

 私でもちょっとさっきの雰囲気は耐えられないかもしれない。

 黒家先輩に個人的に頭下げられるとか、ちょっと想像したくないんだが。


 「それから、私達の事なら心配いりませんよ?」


 「え?」


 先輩の言葉に、戸惑いの声を上げる三月さん。

 振り返って見れば、そこには懐かしい悪い笑みを浮かべた黒家先輩が御光臨なされていた。


 「私は元々、姉を祓う為と“烏天狗”を殺す為にオカ研を作りましたから。話が出来る状態で姉に再会できたのは幸いでしたが、それでも結局は“怪異”です。いつかは祓う時が来ると思っていました」


 そう言いながら先輩はゆっくりと歩き始め。


 「正直、今までが“特別”だったんです。いつか終わりを迎える事が分かっていて、ソレを先延ばしにしていただけ。だからこそ、時が来たならキッチリと“私達”の手で終わらせなければいけない。分かっていますよね、俊」


 「……はい、姉さん」


 そのまま俊君の隣に歩みより、彼の肩に触れる。

 少しだけ歪んだ光景。

 そんな風に映ってしまう程、二人は対照的な表情だった。

 無表情な姉に、悔しそうに奥歯を噛みしめる弟。

 でも、彼女の表情の意味を察せない程付き合いは短くないつもりだ。


 「黒家先輩と俊君がそれでいいなら、可能な限り立ち合いをお願いします」


 後輩達が固まっている中、業務的に声を掛ければ。

 彼女は悲しそうな雰囲気を漂わせながらも、小さく微笑むのであった。


 「えぇ。その時は、ちゃんと見届けます」


 “呪い”というモノの恐さを一番知っている彼女は、ソレを振り撒かない為に最善の行動を選んだのだろう。

 例え身内であろうと、容赦などしない。

 慈悲など掛けず、最短距離で攻略を目指す。

 だからこそ、彼女は笑うのだ。

 私達に、余分な気を使わせないために。


 「胸、貸しましょうか?」


 「おや、言う様になりましたね。とはいえお借りする胸が――」


 「それ以上言ったら先輩であろうと怒ります」


 「それは失礼」


 あまり反省などしていないご様子で、ニヤリと悪い笑みを浮かべる黒家先輩。

 まあとりあえず、後輩たちの事はこれで一段落と考えて良いのだろう。

 だとすれば今後の話と、現状の対処から。

 まだまだ話す事は残っているのだ。

 だからこそ、あまり重いこの空気をどうにかしたい所なのだが……。


 「巡、いい加減その顔を無理やり作る癖直しなよ。皆ドン引きしてるよ?」


 「余計なお世話です」


 マイペースなもう一人の先輩に助けられ、場の空気は少しだけ穏やかなモノに変わる。

 変わった、と思う。

 まあ仕方ないよね、黒家先輩の悪い笑みってラスボスというか、黒幕みたいな顔してるし。

 彼女の事を知らなければ、相当怖い笑顔に見えていた事だろう。

 しかも、弟の俊君を無理やり従わせている様な雰囲気も勘違いされそうだし。

 まあ何はともあれ、茜さんに対する心残りはありつつも、やる事は明確になったのだろう。

 それが良い事なのか悪い事なのかは分からないが。


 「では、次の議題に移りましょうか。よろしいですね?」


 コレ以上は身内の問題だ。

 私達が首を突っ込んで場を荒らすべきではない。

 そんな事を考えて場を見渡せば。


 「わ、悪い顔が二人になった……」


 うっさい眼鏡、黒家先輩程ではないわ。


 ――――


 なんやかんやとあったが、現部員達のお話はどうやら終わったらしい。

 だとすれば、そろそろ私達の話す番が回ってくるだろう。

 以前私達が経験した“贄”に関しても話す必要がある。

 如何せん報告が遅れてしまったが……流れ的に鶴弥さんに怒られたりするんだろうか?

 なんて事を考えながら「ふむ……」と顎に手を当てていると、鶴弥さんから声を掛けられてしまった。


 「黒家先輩、一人で勝手に百面相してないで報告があるなら早くして下さい。それとも私の方から先にしますか?」


 失礼な、そんな色んな顔をした覚えはない。

 そもそも百面相って数名で行うモノではなかった気がするのだが。

 まあ、それはいいか。


 「いえ、私から先にさせていただきます。絶望するなら、先の方がいいでしょう?」


 「うわぁ……後にも先にも聞きたくない感じだソレ」


 思いっ切り顔を顰める鶴弥さんを無視して、私は皆に向き直った。

 私達が経験した、あの出来事を語ろうではないか。

 思ったより早く語る時期が来てしまったが。


 「私が……私達と言うべきですかね。私と夏美がここ最近遭遇した怪異は“白い姿”をしていました。しかも、“異能”を失った筈の私にもしっかりと見えた。しかし“上位種”ではない、という事がコンちゃんの報告で確認されています」


 「ちょ、ちょっと待ってください! 白い姿って、どういう感じでしたか!? 僕達も以前白い姿の怪異……というか生霊と遭遇しました」


 ほう、これはまた興味深い。

 しかも生霊と来たか。

 一般的に“生霊”と言っても様々だ。

 怨念やその他感情によって相手の元へと現れる、いわば“呪い”の一種だろう。

 そして他の例を挙げるのならば、体と魂が切り離された状態。

 一般的に“幽体離脱”と言われる現象だ。

 ソレが“白い霧”であったというなら、今回の相手は随分と血なまぐさい事をやっているのかもしれない。


 「僕達が見たのは双子の女の子、しかも白子でした。その二人の形代を作り、形代に呪いを溜めるという形の術式だったんだと思います。しかも片方は意識が戻らない状態だったので、そちらが“白い怪異”として僕らの前に現れました」


 上島君が簡略的に説明してくれているが、ソレは以前鶴弥さんから説明を受けている。

 しかし“白い怪異”については聞いた覚えがないのだが……?


 「す、すみません。音叉の事とかで頭がいっぱいで、報告が不十分でした……」


 チラリと視線を向ければ、鶴弥さんは項垂れて視線をテーブルに落した。

 まあその時にソノ話を聞いても理解出来なかっただろうから、別に構わないが。


 「その“白い怪異”は、“贄”と言うそうです。簡略的に言えばただの小物、“呪い”というか“術式”を行使する為の燃料として捕らえられた“雑魚”の様です。専門家に聞いた訳では無いので確信が持てませんでしたが……三月さんから聞いた姉の話からするに、そう言う事なのでしょう」


 姉が三月さんに語って聞かせた“雑魚”は“呪い”の塊であり、呪詛における元になるというお話。

 というかそういう話はまず私に話せよ、とは思うのだが。

 姉さんにも色々と思う所があったのだろう。

 私達姉弟が“怪異”と関わるのを一番嫌がっていたの、姉さんだし。

 まあそれはともかく、あの全身が拘束された様なウネウネと動く気持ちの悪い白い怪異。

 そいつらは何かしらの術を使う為に無造作に集められ、そして囚われ使われるだけの存在。

 だとすると、今回の相手は生きた人間の魂さえ平然と使おうとしていた事になる。

 現代の法では裁けないのは確かだが、立派な殺人だ。

 “器”を壊していないとしても、“中身”を啜ってしまう様な所業をしているのだから。

 ちなみに“贄”の状態なら、祓いさえすれば元の体へと戻っていくらしい。

 元々死んでいる“雑魚”はそのまま消滅するが、生きている人間の魂は元の場所へと帰る。

 ただし“燃料”として使い切ってしまった場合は別、との事。

 コレもコンちゃん情報なので、詳しい所までは分からないが。


 「つまり、今回の相手は遠慮なくぶっ飛ばしてしまっていい“生きた人間”という訳ですね。まあ元から遠慮などするつもりはありませんが……それともう一つ、悪い知らせです」


 「なんでしょう……黒家先輩からそう言われると、とんでもなく嫌な感じがするんですけど」


 「それが、巡が黙っていた内容かな?」


 鶴弥さんと夏美が、各々好き勝手な感想を洩らしているが……まあ仕方ないか。

 この報告は、二人にとっても重要だろうし。


 「空耳……と思いたくもあったのですが、“烏天狗”が戻って来た可能性があります」


 ガタンッ! と。

 私が告げた瞬間に、二人が音を立てて立ち上がった。

 まあ、そう言う反応になるよね。


 「落ち着きなさい。その“声”を聞いた限りは完全な状態という訳ではありませんでした。多分無理やり“あの世”とやらから呼び戻されたのでしょう」


 正確には、人魂という形で姿も見えていた訳だが。


 「そうは言っても、あの“烏天狗”だよ? また何か起ってから、なんて考えてたら手遅れになるんじゃ……」


 夏美が、というよりコンちゃんさえ気づいていなかった所を見ると、やはり他の“贄”と大差ないくらいに弱くなっていたと考えて良いのだろう。

 とはいえ、術者の元へ到達すればどうなるかは分からないが。


 「だからこそ色々と調べました。その結果、私の空耳や嘘の伝承でなければ、もう一度戦う事になりそうです。今回はその条件が揃っていると判断しました」


 「つまりは戻って来た事自体は確定って事だよね、どうやって?」


 「“たまよばい”って聞いた事ありますか?」


 魂呼ばい、それは死という不可逆なモノに対して対抗するかのように生まれた呪術。

 死んだ人間の魂を呼び戻す、または輪廻転生を早めるとして行われる儀式。

 ある地域では魂込め、魂呼びなんて呼ばれ方もしているらしいが全て似たような術式だ。

 要は死んだ者の魂が“あの世”、またはあの世に逝く前に呼び戻すための呪術。

 これまでの経験、そして“烏天狗”の声が聞こえた事から察するに、本当に“向こう側”から呼び戻してしまう術式なのだろう。

 そんなモノを東坂縁という人物は今も行使しており、尚も“贄”を集めている。

 正直、その人物が“烏天狗”を呼び戻そうとしているだけならまだいい。

 一度は戦った事のある相手、しかも以前より弱っている可能性がある。

 だとすれば、“腕”をぶつければ問題なく勝てるだろう。

 しかし、どうにも腑に落ちないのだ。

 なんて説明をしてみれば後輩たちは首を傾げ、夏美と鶴弥さんの二人は眉を顰めた。


 「余りにも様々な感情を集め過ぎている。ソレは不純物であり、霊を下ろすにしても弊害になり得る。って事ですかね?」


 鶴弥さんも考え込む様な表情で、そんな事を呟いた。

 相手が“願い”というものの方向性、全く異なる想いは不純物になり得ると知っていれば確かにそういう結論になり得る。

 私達だって、コンちゃんが顔を顰めながらそんな事を呟いたからこそ知る事の出来た事柄なのだが。


 「でもその人って、厄災がどうとかって言ってたんでしょ? “烏天狗”も確かに危ないけど、“アレ”そのものを知っていたのなら……そこまで大きな表現をするかな? だってあの変態、気づかれない様に女の子攫ってた訳でしょう?」


 とんでもない言いようだが、確かに夏美の言う通りだ。

 アイツは過去も現代も、大きな騒ぎにならない程度に悪さをしていた。

 そんなヤツでもあそこまで強力な“怪異”に進化するのだ、厄災なんて表現する他の怪異は……なんて、普通は思ってしまうだろう。

 だからこそ、逆に考えてみたのだ。

 多くの呪いを集め、魂呼ばいを行使する。

 その結果大きな力を手にしようとしている、大雑把にそこまでが相手の計画だとしよう。

 そして戻って来た“烏天狗”と、彼の遺品を身に着ける術師。

 もしも、それがただの偶然の結びつきであったのなら?


 「と、いいますと?」


 独り言のように呟く私の言葉に、鶴弥さんが鋭い視線を向けてくる。


 「簡単に言いますと、相手は確かに呪術や怪異、そして呪いや異能に関しての知識は私達より遥かに豊富なのかもしれません。しかし、経験が少ないとしたら? 実績と呼べるモノがない可能性はありませんか? そう考えると、どうなるか。行き過ぎた言動や、椿先生の報告によると、どうにも小物臭がしている気がしてなりません」


 「えぇっと……つまり知識的には凄いけど、私達みたいに“怪異”と敵対したことがない。もしくは、あったとしても強い個体と当たった事がないとか?」


 うーんと唸りながら、夏美が首を傾げて呟いた。

 彼女が言う様に、頭でっかちかイキリ陰陽師。というだけなのであればこちらとしても楽なのだが……多分違うだろう。


 「相手の身に着けている物を考えるに、呪具に守られているからこそ調子に乗っている。もしくは“家柄”によるものなのか。どちらにせよ、何が言いたいかと言いますと“烏天狗”単体を選んで呼び戻した、という線は薄いんじゃないかという事です。彼の使っている遺品の影響で、烏天狗は“ついでに”呼び戻された可能性もあるんじゃないかと、私は思っています」


 要は私達だからこそ“烏天狗”というモノを特別視してしまうだけであり、術師からすれば“たまたま”呼び出した存在に過ぎないのではないか、という事だ。

 まあそうすると、もっと不味い事態な訳なんだけども。


 「えぇっと、ごめんなさい黒家先輩。話がぶっ飛びすぎて良く分からなくなってきました。“烏天狗”をついでで呼び戻す術式って……さっき言っていた“たまよばい”って、そんな大掛かりな儀式なんですか?」


 鶴弥さんは頭を押さえて眉を顰めているし、後輩の皆も難しい顔をしながらこちらを眺めている。

 これで私の予想が全部大外れだったら、かなり恥ずかしいな。

 でもまあ、予想の一つって事で頭に入れて置いてもらえばいいか。


 「そう大したモノではありませんよ、場所によっては死者の名前を大声で叫んだりするそうです」


 「であれば、可能性は薄いんじゃ……」


 「問題になるのは集めている“想い”の量、“厄災”と豪語する相手の言葉。そして“烏天狗”が戻って来たという事実。その他諸々の事情も考えると……確実で最強な“一つ”を呼び出そうとしてる可能性は低いんじゃないかと言う話です」


 私の結論は、そこに至った。

 あの“烏天狗”を降ろせば、確かに強くなれるかもしれない。

 でもそれは結局個人の力であり、“厄災”なんて豪語するほど大仰なモノには思えないのだ。

 結局あの男はハーレムが作りたいがだけの変態ジジィだ。

 だとすれば別の何か、多くの“贄”や“想い”を集めてまで決行する大掛かりな儀式。

 だというのに“烏天狗”までフラッと現れている。

 しかも無理やり呼び戻されたとか、滅茶苦茶に怨霊化しているとかいう雰囲気もないまま。

 全く持っていい迷惑だが、その辺りも考えると……。


 「もしかしたら狙っている神様、もしくは妖怪は居るのかもしれませんが。それでも質より量、とにかく沢山降ろしてしまえって意気込みでやっているのかもしれませんよ? だからこそ様々な“想い”を集め、多くの“呪い”を作った。“烏天狗”に関しては……呼び出す上で彼が遺留品を身に着けていたから、たまたまお声が掛かった。とかだったりするかも?」


 「……だとしたら、とんだ傍迷惑ですね」


 「この予想が合っていれば、の話ですがね。正直想像の域を出ませんので、後は各自で判断してください」


 私の言葉に、各々様々な表情を浮かべながら天を仰いだ。

 それも当然の反応だろう。

 なんたって私の予想が正しければ、今回の相手“東坂縁”。

 彼は「とにかくいっぱい呼べば強いだろ!」みたいな幼稚な発想で、本格的な準備と儀式を行使してしまっているという事なのだから。

 そんな事までして何がしたいのかは知らないが、後先考えず失敗するかもという未来さえ想定していない様に思える愚かな行為。

 そんな、大馬鹿者が相手なのだ。

 まあ、今までの相手で碌な人間など居た試しはないのも確かなのだが……。

 皆似たような気持ちなのか、この日ばかりはそこら中からため息が上がるのであった。

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