第224話 反省会
翌日、緊急会議という名目で皆を集めた。
場所はオカ研の部室。
病院にいる天童先輩を除き、卒業生達にも声を掛けて集まってもらう。
登校日前にまさか制服に袖を通す事になるとは思っていなかったが、この人数が集まるのだ、適当な場所を見作ろうのも面倒くさい。
とういか、そう言う“外部の目”みたいなモノを気にしていては話が進まないのだ。
しかも各々で持っている情報量が明らかに違っているのが、ここ最近で眼に見えている。
その辺りの情報共有と、今後の方針。
そして、後輩達の気持ちのあり方をもう少し修正出来れば……なんて思っていた訳だが。
「と、言う訳で集まってもらった訳ですけど……先輩方、その恰好はなんですか?」
流石に突っ込まずにはいられなかった。
「何って、この高校の制服ですが。変ですか? 卒業してから数か月ですから、まだイケるかと思ったのですが」
「うーん……おかしいな。スカートこんなに短かったっけ? 久々に履くと妙に落ち着かない」
お二人共好き勝手言いながら、部屋の奥に設置してあるソファーに腰かけている。
もはや懐かしいと思えるその恰好の二人に対して、皆もどう反応していいのか分からないご様子。
うん、別に恰好自体に違和感はないよ。
少し前まで着ていた服なんだから当然だよね。
でも何か黒家先輩、胸元苦しそうですね? また育ちました?
早瀬先輩、やけにスカートの裾を引っ張ってますけど、あの頃のままですよ?
その恰好で貴女飛び回ってたんですよ?
「あの、いえ……まぁいいや。感想は置いておくとして、何故制服で?」
高校の時の制服引っ張り出して遊園地に行く様なテンションだったのであれば、今すぐ脱いでいただきたい。
二人共アレか? 大学生になった瞬間その類のパーリーピーポーになってしまったのか?
「単純に、入場許可を取るのが面倒だったので。制服だったらバレないかなぁと」
「巡に言われて着て来ました……」
ダメだこいつ等、早くなんとかしないと。
入場許可くらい取りなさいよ、夏休みとは言え部活に来ている人たちもいっぱい居るんだから。
アンタらの外見で制服着てウロウロすれば、そりゃもう目につくだろうさ。
転校生とか噂されちゃったらどうするの、一回鏡を見ろ鏡を。
「まぁ……今日だけは良しとしますか。でも次からは正式な手続きを踏んでくださいね? 大した手間じゃないんですから」
はぁ、とため息を溢せば何故か生暖かい目で見られてしまった。
解せぬ。
「では、緊急ミーティングを始めます。言っておきますが、隠し事など一切なしで語っていただきます。言いづらい事、過去の因縁。色々あるかもしれませんが、そんな理由で誰かを殺したくはないでしょう? なので、全てを曝け出してください。私達には、情報が必要です」
そう宣言してから室内を見回せば、皆の顔が強張ったのが分かった。
部室内に居るのは二年生組の上島君に渋谷さん、副顧問の椿先生。
一年組の三月さんと環さん、そして俊君。
それに加え卒業生二人と、最後に私だ。
計九人ともなれば、部室の中はいっぱいいっぱい。
とはいえフルメンバーなら、後二名と“上位種”が一人加わる筈だったのだが……。
「では、始めましょう。まずは私の方から――」
ピコンッ!
「……私、というか私と天童先輩の調査では、コレと言った進展はありません。ただ分からない事が多いので、その辺りの説明を各自の報告に織り交ぜて頂ければと――」
ピコンッピコンッ!
「……ちょっと待ってくださいね」
ピコピコピコピコうるさいスマホを覗き込んでみれば、そこには今日ハブられている顧問の名前が。
『鶴弥、タスケテ。経験値アップイベント、一人じゃ回り切れないデス』
「こ、こいつは……本当に……」
『あ、それと天童大丈夫だってよ。抜歯して検査して様子見て終わりだって』
「……」
了解しました、報告ありがとうございますっと。
あ、あと夜にはネトゲに付き合ってあげると言っておかないと。
「部長、始めましょ?」
スマホをイジイジしてたら、後輩達から呆れた目を向けられてしまった。
すぐさまポケットに仕舞ってから、ゴホンッと咳払いを一つ。
いかんいかん、今日は後輩達のお説教も含めているのだから、しっかりしなくては。
「お待たせしました、では始めましょう。本日のミーティングを」
若干グダグダした感はあったが、とりあえず今日のやる事をやってしまおう。
もしかしたらコレが、今後の出来事に大きく関わってくるかもしれないのだから。
――――
「――と、いう事でして……」
上島君と渋谷さん、環さんと三月さん。
このタッグの報告はほぼ同じ、その中でも微妙な違いはあるにしろ二人まとめて聞いた方が早そうな報告が上がって来た。
そして俊君に至っては、昨日の出来事の擦り合わせを行う程度。
八咫烏の件で勢いよく頭を下げられてしまったが、こればかりは仕方のない事。
本人が“そう”と決めたのであれば、私達に文句を言う資格はない。
しかし問題なのは渋谷さんから出て来た結構な身の上話、というか聞いて良かったのかという話まで上がって来た件についてなのだが。
「まずは上島君と渋谷さん。“ブギーマン”そのものに心当たりはありますか? それと、今この場に呼べますか?」
二人から上がって来た報告。
各所に現れ、やたら付きまとってきた“上位種”。
こちらを助けるようなおかしな行動を取っていた為、完全に敵だとは思っていなかったが……まさか使役するまでに至っていたとは。
「えっと、まず呼べるかって言う質問に関しては……ゴメンとしか。あの子、結構フラフラそこら中動き回っちゃうから」
そう言って項垂れる渋谷さんの代わりに、今度は上島君が口を開いた。
「正直、アレが何なのかという確証は持てませんが……消去法で考えていくと、渋谷の弟。つまり水子の可能性が高いと思われます。しかし前の依頼で分かった様に、水子の意思というものは酷く曖昧です。他に手を加える様な存在が居なければ、精々“雑魚”がいい所かと思うんですが……」
幼馴染同士であったという渋谷さんと上島君。
それだけでも結構驚きだが、“ブギーマン”は上島君に対して特殊な呼び方をした。
ソレを知っているのが渋谷さん本人か、彼の母親だけとなれば……可能性は高いかもしれない。
でも。
「“水子の霊”が育ったからと言って、知性もしくは“想い”がそこまで強くなるモノなんですかね……貴方達としっかり会話をしたのでしょう? 霊体になっても精神が育つのか、とか色々分かりませんね。力が増しているだけなら分かるんですけど。何故渋谷さんの弟だけその様な進化を遂げたのか、なんて考え始めると……」
正直、答えが出ない。
前回戦った水子に関しては、そこまで難しい言葉を使ったり、会話をした覚えはない。
母親を求める、感情を訴えるなどの簡単な言葉ばかりだった。
それだって、カレらの気持ちを“耳”がそう感じ取ったと言えてしまう可能性さえある。
他の人にも聞こえていたとするならば、それはカレらの本能を“音”として捕らえたに過ぎないのだろう。
そこら辺の霊と違って、水子には難しい会話など成り立たない。
そう、感じたのだが……。
「もしかしたら、昔徹が作ってくれたお札の影響かも」
ポツリと、渋谷さんがそんな言葉を溢した。
「えっと……何の事だ?」
当の本には覚えていないらしく、呆けた顔を晒していたが。
それに対して、彼女は少しだけ不機嫌そうな表情で上島君を見上げた。
「昔、弟が生れてこれないって言った後、くれたじゃん。“大事な人とまた会えるようになるお札だ”って。アレ、弟の棺に入れてもらったんだよね」
「えぇっと……そんな事もあった……かも?」
ちょっと待とうか。
もしその時から“指”の異能に目覚めていたとしたら? というか、自覚は無くとも無意識に異能を発動していたとするなら。
例え眉唾物だとしても、彼が“札”として書き直せばソレは効力を持つ。
だとすれば、コレは非常に面倒くさい状況に陥っているのでは?
「……上島君、その時に描いた札を覚えていますか?」
「……すみません」
「はぁ」
思わずため息を溢すが、話によれば幼少期の出来事だ。
ソレを思いだせと言っても、流石に酷だろう。
だが、分かった事もある。
未だに想像の域を出ないが。
「“ブギーマン”の正体が本当に渋谷さんの弟なのだとしたら、他の個体と違うのはまずソレが原因でしょうね。そして今度は何が原因で“今”姿を現したのか、という話になりますが……こればかりは情報が少なすぎてわかりませんね」
想像だけで言うのなら、彼女を守る為だったり彼女自身が“共感”に慣れるの待って居たり。
もしくは彼女の弟が眠るという霊園で、東坂縁が呪術を行使した事が原因だったりするのかもしれないが……。
後者だった場合彼が呪術を使った事により生まれた、または進化した“怪異”ということになるが……多分違うよね。
その場合呪術師に目を付けられていたのは、間違いなく“ブギーマン”である筈だ。
となると前者、と決めつけるのは良くないが……そう過程するとさらに問題が一つ増える。
「私の想像が正しければ、もしかしたら渋谷さんは“異能持ち”では無いのかもしれませんね」
「「は?」」
ボソッと呟けば二人が同じような反応を返しながら、ポカンと口を開けて私の顔を見つめて来た。
だってそうじゃないか、今までも疑問だった。
“見えない人”でありながら、“共感”という異能を持つ少女。
一見浬先生みたいな異分子。
でも正確には、彼は見えているのだ。
“上位種”のみが見える、という条件付きではあるが。
しかしコレは他の人も条件が違うだけで似たようなモノだ。
浬先生はちょっと突起し過ぎている気もするけど。
雑魚やなりかけが見えない体質、そして“異能”。
文字列だけ考えれば、彼女は浬先生に近い存在という事になる。
違うのは“異能”だけ、彼の力は他と天と地ほどの差があるのだから比べるべきではないのかもしれないが……。
「普段は全く見えない、でも条件付きで見える。その能力を私達は“共感”と呼びました。でも、似た状態の存在が他にありませんでしたか? 私達の、すぐそばに」
多分、こっちの方が近い。
浬先生と同一視するより、“彼”の方が渋谷さんの条件に近い気がするのだ。
そして、その視線の先には。
「僕、ですか?」
まさか自分だとは、とでも思っているのだろうか。
俊君が驚いた表情を浮かべて首を傾げた。
“獣憑き”。
神降ろし、または憑依と言っても良いのかもしれないが、ソレを行い特別な力を持った者。
今まで出会った存在として“八咫烏”や“九尾の狐”。
その特性から肉体能力ばかりに目がいっていたが、渋谷さんの条件と一致するのは彼以上の存在は無い……気がする。
“一般人”から“見える人”へ。
そして“こちら側”に干渉する力を手に入れているのだから。
「まだ確信は持てません。しかし、そうである可能性がある様に感じます。しかし完全に“獣憑き”と一緒とも言えないんですよねぇ。“ブギーマン”が居ない時でも“共感”が使える以上、渋谷さんにもなんらかの影響が出ている訳ですもんね……だとするとやはり上島君の札が原因? “大事な人とまた会えるお札”とやらが何か分かりませんが、それが本当なら片方ではなく、両者に能力が付与されているとか? うーん……」
だとすれば、“指”の異能というモノの可能性は今まで以上に広がる事になる。
彼の“異能”がきっかけとなり“ブギーマン”という“上位種”が生れ、そして渋谷さんに憑いた。
それだけなら話が早いのだが、渋谷さんの“共感”自体に上島君の能力が関わっているとなれば、話は全く違ってくる。
ソレによって制限が掛かるのか、能力の強弱が発生するのかは分からないが……“指”の異能というモノが、今まで以上に危険な代物になってしまう。
試し様は無い、しかし。
“異能持ち”の関係者を増やす“異能”になりかねないのだ。
それを理解したのか、本人は青い顔をしているが。
「ま、その辺りは検証しようがありませんから良いです。試したいとも思いませんが。そして既に独立した個体として“ブギーマン”が存在している以上、過去の事をどうこう言ったって仕方ありませんからね」
今確かめられない現象は、情報として取っておくだけで十分だ。
それより話を進める事、そして何より。
「そんな大事な……もとい危険な情報を、私にも話さず自分達で検証していた方がよっぽど重要です。もしも“ブギーマン”が襲ってきたら? 先日の調査で、身に余る“怪異”が襲ってきたら? それを感知する“異能”もないのに、何故自分達で充分だと判断したのですか? まずはそこから聞きましょうか」
私は、怒っているのだ。
昨日から。
「いえ、その……僕達もそろそろ自立しないとかなぁって思いまして……いつも部長に頼ってばかりでは、その」
「は? 頼って何が悪いのですか? 私は現時点で、卒業生の皆さんに力を借りていますよ? 詰まる話、私には頼りたくない理由でも?」
「あ、いえそういうつもりは……」
気持ちは分かる、自身が役に立っているという自覚。
そういう“何か一つ”が欲しくて、動かずにはいられない。
とは言えソレを無条件に了承してしまえば、私と同じ結末になるだろう。
全く知らない“誰か”の死を目の前で見る事になる。
私は、本当に運が良かっただけなのだ。
たまたま俊君が通りかかり、最悪の事態を回避してくれた。
本来なら見る必要の無かった“死”を目の当たりにして、その責任を負う事になるのだ。
気づいてしまった、見てしまった。
ただそれだけだとしても、“もしかしたら”という言葉が付きまとい、その“罪”と向きあう事になる。
薄情にも感じるかもしれないが、あの感情と一生向きあえと言われるのなら知らないまま過ごした方がずっと幸せになれるだろう。
この眼で見てしまったからこそ、心に残る罪悪感。
この“耳”で聞いてしまったからこそ、力が足りないと感じる劣等感。
何にしろ、その身に残り続ける後悔には変わりない。
「お願いですから、頼ってください。使えるモノはすべて使いましょう? 私達は“生きる”という言葉の意味が常人とは違います。だからこそ、生き残る為には遠慮なんてしないで下さい。自立という意味では否定しませんが、抱え込まないで下さい。一人ひとりに“出来ない”事があるなんて、当たり前なんですから。私達は“一人では何の役にも立たない”集団だという事を、もう一度自覚して下さい」
後輩達には、そんな想いをして欲しくはない。
私の様な経験をしなければ、幸せになれるかと言えばそうでは無いだろう。
だが、“傷”は残らない。
その傷は、最悪の場合一生残るだろう。
そんなモノに、自ら首を突っ込んで欲しくはない。
私達の知らない所でも、“怪異”のせいで人は死ぬ。
それを自分の責任だと感じてしまう様な“善人”になって欲しくは無いのだ。
だって私達は、異能を持っていても“ただの人間”なのだから。
救える命も、そして救えない命も当たり前の様にある。
ソレに対して、全ての責任を取る必要なんてないのだ。
「部長、本当にすみませんでした。でも、一度休憩を入れましょう」
「何故ですか?」
急に険しい顔になった上島君が、話も終わっていないのにそんな事を言い出した。
コイツは本当に私の話を聞いていたのだろうか?
話に飽きたとか言い出したら、本気で殴る自信があるのだが。
「お願いですから、そんな辛そうな顔で語らないで下さい。申し訳ありません、今回は僕達が軽率でした。今後何かを試す際にはしっかりと報告を入れます」
そう言って頭を下げる上島君のセリフに首を傾げながら周囲を見渡して見れば、皆心配そうな顔をこちらに向けていた。
え? あれ? なんて言葉を呟きながら自身の目尻に触れてみれば。
「な、泣いてないわ!」
叫びながら体ごと視線を逸らし、背を向けた。
そしてその先には、先輩達が困った顔で笑顔を浮かべていた。
「つるやんも大変だったもんねぇ、怖い思いもしたもんね。ごめんね、その時力になってあげられなくて」
「やはりトラウマになった出来事というのは、中々克服出来ませんからね。無理せず、泣きたい時には泣いて良いんですよ? 胸でも背中でも貸しますから」
止めて、二人して優し気な微笑みを向けないで。
確かに語りながら当時を思い出して、色々と思う所はあったけど。
大丈夫だから、本当に大丈夫だから。
むしろほぼフルメンバーの時にそんな事言われても恥ずかしいだけだから。
私今部長、OK?
情けない姿見せたくない、ワカリマスカ?
「あの、マジで大丈夫なので勘弁してください……二人共両手を広げて待ち構えないで下さい、飛び込みませんからね?」
「「えー」」
ぶー垂れる二人を他所に、上島君が全員分のお茶を用意してくれた。
とりあえず一服しよう……そして一回頭を切り替えよう。
この空気で、再び真面目な話なんて出来たもんじゃない。
はぁ……と大きくため息を溢してから、私は再びテーブルへと向き直った。
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