第223話 神様、とは


 宴会の片づけを終え、私達は先生の部屋へと戻って来た。

 家主が居ないのだが、まあ急に夜の街に繰り出した先生が悪いって事で。

 鍵は置いていったみたいだし、泊っていいって事だよね?

 勝手知ったるなんとやら。


 「それで、俊。詳しく話を聞きましょうか」


 私がそう呟けば、皆静かにリビングの机に集合してくれた。

 若干一名「お茶淹れるねー」とか言ってキッチンに消えた奴もいるが。

 結局夏美が戻ってくるのを待ってから、俊はポツリポツリと話し始める。

 いつもの様にトレーニングしていた事、急に“八咫烏”が声を掛けて来た事。

 最近考えていた事が原因なのか、それとも今の状況が原因なのか、などなど。

 心情の方は色々と聞き出せたが、弟もそれなりに吹っ切れているようでウジウジと悩んでいる様子はなかったのは救いだ。


 「“八咫烏”の在り方だけ見れば、結果は明白というか……言葉通りなんでしょうけど。夏美、コンちゃんを呼べますか? 似た者同士話を聞いてみましょう。オイ狐、出てこい」


 『おいコラ乳娘。貴様我に対してだけやけに当たりが強いな? なんだ、喧嘩でも売ってるのか? 買うぞ?』


 「今の話を聞いて、更に貴女が俗物だって事が分かったからこその評価ですよ、甘んじて受け入れなさい」


 『どういう事じゃ?』


 狐さんや、さっき俊が語った烏の話聞いていましたか?


 「“八咫烏”は導く神。それを成す為に、道を求める者に何かしらの条件というか、ライン引きがあったと考えるのが筋です。そして俊はそれに至らなかった。至らなくなった、というべきですかね」


 「それって、お供え物というか……まぁ神様も見返りが欲しいっていうアレなのかな? それが“八咫烏”の場合は“意欲”というか、求める心……みたいなもの?」


 首を傾げている椿先生に対して、「おそらくは」とだけ返してから再び口を開いた。


 「ここからは私の推測、というか妄想に近いかもしれませんが――」


 神への捧げ物。

 それは食物だったり、調度品であったり、お金であったり。

 更には生贄と呼ばれる生きた生物であったりと様々だ。

 では何故場所や神様、そして人によって捧げる物が違うのか。

 単純に何でも良いと言うならアテが外れるが、私の考えでは神様は“想い”を食っている。

 食べ物であれば、“神様にも食べて頂きたい”。

 もしくは“美味しいモノを”なんて考えて捧げているのだろう。

 品物やお金に関しては、捧げた人間にとって“必要な物”を捧げる事で神の力を借りようとしている訳だ。

 さらに生贄。

 これはどっちかといえば呪術に近い気もするが、そんなものは言い方次第。

 結局は一番大事なモノを捧げる、その心境は計り知れないだろう。

 そして今回の“八咫烏”。

 コイツは多分、人が助けを求める“心”を食っている。

 私の場合は『生きて帰りたい』という願いを、姉の場合は『残された家族』への想いを。

 最後に弟に関しては『強くなりたい、“こっち側”に関わりたい』という願望を対価に、導かれたのだ。

 特に俊なんて、眼の前で散々色々なモノを見せつけられてきたのだ。

 その願望は、随分と大きいモノだったのだろう。


 「つまり“獣憑き”になって力を手に入れたからこそ、俊君の“願い”は薄まって停滞した。他にもっと強い想いの人が居れば、簡単にそっちに流れちゃうって事?」


 椿先生の質問を受けながら、その質問を銀狐の方へスルーパス。

 私だって、“神様”とやらに詳しい訳では無いのだ。


 『大体あっておる……我の様な“憑く”事を繰り返し、人に近づきすぎたモノは異なるかもしれぬが、烏は古典的な“守り神”じゃ。迷い人が居れば糾う。不安を食らい、感謝を食らう。今回の様に“誰か”に固着する方が稀と言えよう。そしてアレは導く神、相手の善悪などどうでも良いのだろう』


 と、言う事らしい。

 詰まる話俊に対して、“八咫烏”は役目を終えてしまった訳だ。

 取り戻すなら更なる欲望を、切り捨てるなら神を殺す覚悟が必要になってくる可能性がある。

 この際どっか遠くの関係ない人でも導いてくれとか思ったりもするが、こういう時のフラグって絶対折れないんだよね。

 厄介事になって返ってくる未来しか見えない、なんでだろう?


 「とまぁそういう訳なので、“八咫烏”はもう居ない。もしくは敵に回ったと考えた方が良さそうですね。全く、自由気ままもここまでくると害悪にしかなりませんね……簡単に言えば“八咫烏”は『先を求める欲望』を欲している。それが無くなったからこそ、私達の元を離れた。そうするとここでまた、身近に似たような問題が一つ出てきます」


 「姉さん、それって……」


 「えっと、黒家さん? 流石にソレはあったら困ると言うか……」


 俊と椿先生は言いたい事がわかったようで、眉を顰めている。

 残る一人と一匹は、はて? と言わんばかりに首を傾けているが、今はどっちなんだろう。


 「神様とやらがそこまで人を軽視している存在であるなら、どっかの狐も裏切る可能性が出てくるという事です。実際椿の家をあっさり見限り、夏美に憑いている訳ですから」


 『貴様コラ乳娘、我をあんな烏と一緒にするのか!?』


 ダンッと音を立てて、テーブルに掌を叩きつける夏美。

 今は“九尾の狐”か。

 まあ聞こえているならどっちでもいいが。


 「私達にとって“神様”も怪異も変わらない存在だという以上、確認と言質が必要という事です。コレ以上の戦力低下は、どう考えても致命傷以外の何ものでもありませんから」


 『つまり我が裏切らない、もしくはフラッと居なくならない保証が欲しいと?』


 その言葉に黙って頷けば、コンちゃんは落胆した様子で乾いた笑いを浮かべた。


 『ハッ、何を言い出すかと思えば。やはり人間というのは臆病な上、どうしようもなく――』


 「今月“は”、何を買いました?」


 『うっ!』


 話は聞いている、夏美から。

 なんでもどこかの誰かさんがやけに時間を取る趣味を見つけてしまい、更にはお金もかかるからバイトが忙しいと嘆いていた。


 「随分と夜更かししているみたいですねぇ、他人の体を使って。少しは憑いている人間の事も考えないと、共倒れになるかもしれませんねぇ」


 『ぐっ!?』


 「あぁでも、神様にとっては宿主が変わるくらい気にする程の事でもありませんか。でも都合の良い宿主が見つからなかった場合、もしくは次の宿主が夏美ほど協力的じゃなかったらどうなるんですかねぇ?」


 『うぐぐっ!』


 やけに苦しそうな声を上げながら、銀狐がぐぬぬっ! とばかりに歯ぎしりしている。

 まだ足りない、コイツだけは私達の仲間であるという確証を皆に見せて貰わなければ。

 夏美の次にコンちゃんと関わっている間柄の私はまだしも、他の皆には不安要素に他ならないのだから。


 「う~ん、コンちゃん。今は二か月に一本くらいだからまだいいけど、コレ以上増えると私もキツイかなぁって。お金的にも、体力的にも、ね?」


 一瞬だけ耳を引っ込めて夏美が困った様に笑ったかと思えば、すぐさま銀色の耳がニョキッと生えて来た。


 『こ、小娘!? い、いいいいや夏美、頼む! 我を捨てないでくれ! 続きが気になるんじゃ! どれもこれも実写かと思う程手が込んで綺麗なCGなのに、最近の遊戯は奥が深くて時間が掛かるんじゃ! 我らは体の相性も良いじゃろう!? 九尾になっても反発とか反動もないじゃろう!? ちゃんと守ってやるから“ゲーム”を我にやらせてくれ! 後生じゃから!』


 「コンちゃん……」


 「だから俗物だって言ってるんですよ……」


 涙目でテーブルをバンバンしながら必死に訴えかける、この情けないゲーム中毒者。

 実はコレ、“九尾の狐”なんです。

 びっくりだよ、これ神様なんだよ。

 どっかの烏は自分の役目に最も“合った”人間を常に求めていると言うのに、こっちの狐の娯楽は現代のゲームと来たもんだ。

 ある意味では人の喜怒哀楽、というか“物語”そのものを食い物として感じているのかもしれないが……これは酷い。

 後者だった場合生きた人間の“想い”を食っている訳では無いので、本体は強くはならないかもしれない。

 でもこの現状に“満足”はしている、という状態なのだろうか。

 早い話、夏美がせっせとゲームソフトをお供えしているおかげで、コイツはこっち側に残っているといっても過言ではない。

 その他にもあちこちで買い食いさせたり、珍しい料理を夏美に作ってもらったりと現代を満喫しているご様子。

 詰まる話この狐、普段は食って寝て遊んでいるだけなのだ。

 まあ夏美本人を気に入っている雰囲気は前々からあったので、あまり心配はしていなかったが。

 とりあえず言質は取れたのだ、ちゃんと約束は守ってもらおう。


 「という事で、狐はこっちに残る事が確定したみたいです。椿先生、良かったですね。部員達には悲報を連発する事はなさそうですよ? おい狐、お前これ以上我儘言う様だったらゲームハードその物を没収するからな」


 『いやじゃぁ! 貴様は悪魔かぁ!?』


 「う、うん……悲報が続かないのは助かるんだけど」


 どこか納得いっていない様子で、“九尾の狐”を半目で眺める椿先生。

 それもそのはずだ、未だ机をバンバンしながら「もうちょっとで今やってるRPGが終わるのじゃー!」とか半泣きだ。

 威厳も何もあったもんじゃない、この前はタピオカ飲んで喜んでたし。


 「そこの狐、煩いです。いい加減大人しくしなさい」


 『お前に何が分かる! 娯楽を奪われるというのは、生き地獄の様なモノなんじゃぞ!? お前も仮面になって何十年も蔵の中に吊るされてみるか!?』


 「ちゃんと協力するなら、今度新機種とVRゴーグル買って上げます」


 『……娘、我は何をすれば良い? 言うが良い、全面的に協力してやる』


 すんっと真面目な顔に戻って姿勢を正す神様。

 崇拝していた方々が居るなら、この絵面を見せてやりたいね。

 コイツ、マジで現代人に片足突っ込んでるわ。

 おかしいな、私達コレと同じ様な存在に煩わされているんだよね?

 狐が特別なだけで、他の妖怪とか神様も現代娯楽で堕ちたりしないよね?


 「とりあえず今後の方針を……と言いたい所ですが、“八咫烏”を取り戻すか倒すか、それを僕が決めていない時点で話が進みませんよね。すみません、もう少し考えます」


 とりあえず真面目な空気に戻そうとした俊だったが、言っている間に結論が出てしまったのか、申し訳なさそうに頭を下げた。

 まあ今後の方針といっても、やはりソコに繋がってくるだろう。

 状況によっては、八咫烏と金輪際関わらないって可能性もある訳だし。

 とはいえ俊にとっては“怪異”と関わる為の唯一の足掛かりなのだ。

 そう易々と諦める事は出来ないだろう。

 なんて事を考えていれば、コンちゃんが不思議そうに首を傾げながら口を開いた。


 『お主はまだ烏に未練があるのか? “神降ろし”がしたいのであれば、もっと都合の良い神を捜せば良いであろうに。長らく付き合うのであれば、もう少しまともなモノを捜す事を勧めるぞ? というか、お主ほどの者であるなら引く手も多かろうに』


 「と、言いますと?」


 コイツは何を言っているのだろう? なんて表情で狐と俊がお互いに首を傾げておられる。

 頼むからもう少し分かりやすく説明してくれ、こっちは君たちの常識を知らないんだ。

 とかなんとか思いながらコンちゃんを睨めば、やけにワクワクした様子でキラキラした眼を向けられてしまった。


 「ちゃんと買って上げますから……知っている事を教えてください」


 『では、しかたないのぉ!』


 ちょっとイラッと来る程のドヤ顔で、コンちゃんは腕を組んで話し始めた。


 『お前さん、何か勘違いしておる様じゃな。確かにお前には才能が無い。“見る”、“聞く”、“感じる”、“触れる”。そういった直接的な才能は皆無じゃ』


 「うっ……」


 直接的というか、遠回りしないコンちゃんの言葉に弟は奥歯を噛みしめて悔しそうな顔を浮かべる。

 だが――


 『じゃが、何を恥じておる。“巫女”やら“陰陽師”やら、その他諸々名乗っていた者達の殆どが才能の欠片もない有象無象じゃ。我に言わせれば“こっち”の知識が少しあるだけの青二才が知った様な口をきいているに過ぎん。そんな虚言でさえ世には蔓延り、奴らは霊能力者などと語られている。むしろお主達の方が“こちら側”と深く関わっている程じゃぞ? とはいえ奴らもただの凡人という訳では無い、共通する突起した能力があった。何か分かるか?』


 「共通する能力、ですか?」


 ふむ、とばかりに顎に手を置く俊に対して、狐は楽しそうに眼を細めた。

 余り時間は無いので、手早く済ませて欲しい所なんだが……なんて事を考えながら爪先で机を叩くと、コンちゃんは焦った様に声を上げた。


 『正解は生命力と精神じゃ。誰も彼も、怪異と大なり小なり関わりながら名を売るくらいには生き延びている。亡者と繋がりを持つ、その結果がどうなるかはお前達とて良く知っておろう? そして彼らは“そう言ったモノ”に関りながらも、随分と生き延び、そして名を売った。それは他の者どもより気力、体力。そしてなにより己を信じる“心”が強かった証じゃ』


 「えぇっと、つまり僕に陰陽師になれと?」


 戸惑いながら声を上げる俊に対して、九尾の狐は静かに目を細めた。


 『それはお主の自由じゃ。お主の人生、好きに生きたら良い。じゃが、お主に霊を殴れる“拳”が有ったらどうする? 化け物を蹴散らせる“足”があったら?』


 「ソレを使って殴ります、蹴ります。そして皆を守ります」


 即答する俊に対して、銀狐は目元を緩める。


 『ならば、まずはその“条件”を満たす方法を考えればいい。お前には力がある、心もある。であれば、足りないのは才能と発想だけじゃ』


 「っ、それがあればこんな苦労は!」


 『囀るな若造。答えを急ぐな、生き急ぐな。だから青いと言っておるのじゃ。得る為の手段を選べ、方法を考えろ。そして自らの周りを見よ。条件は揃っておるぞ?』


 ピシャリと言葉を封じられた俊が、私達にゆっくりと視線を巡らせる。

 その瞳はやがて一人に向かって止まり、驚愕の眼差しを向けた。

 弟の視線の先に居るのは。


 「えっ? 私?」


 慌てふためく、椿先生の姿が。

 多分、本人としては自分が指名されるなんて微塵も思っていなかったのだろう。


 『椿の家は今でも深く、そしてここに居る者達よりも昔から“異能”や“怪異”と関わっておる。そして、“アレら”に対抗できる人間を育てる知識もある。才能が無いからと言って、いきなり切り捨てたりはしないだろうさ。お主には気概があり、情報があり、経験がある。最後の欠片を埋めるのなら、椿の元で修行してみるのも一興、と思っての』


 「え、あの、でも私、お祖母ちゃんみたいには……」


 『お前で無く祖母の方の話をしておる』


 「ですよね……」


 なにやら項垂れた椿先生を横目に話は進んでいくが……俊が陰陽師?

 というか、今の時代にそんな職業で大丈夫なんだろうか? なんて心配もあったりする訳だが。

 私が言うまでもなく、俊は心を決めてしまった様だ。

 それでも多少戸惑いはあるらしく、表情とは違って不安げな言葉を口にする。


 「僕に出来るでしょうか? 見えないし、聞こえないし、感じられない僕なんかに」


 『それを育てるのが現代に生きる陰陽師の仕事じゃ。そして何より、お主は“実物”を見えていた経験があり、耳にし、感じ、そして殴り飛ばした経験まである。ならば本職の元で修行して、認めてもらえば良い。さすれば“神降ろし”の儀式の一つや二つ、やってくれるとは思うんじゃがのぉ……多分』


 そんな事をいいながら、コンちゃんは俊に向かって優しい微笑みを返した。

 色々心配はするし、多々困惑する場面もあったが。

 今の弟の表情を見る限り、心は決まったらしい。

 コレばかりは、感謝しないと。

 とはいえ最後に『多分』ってつけるの止めろ。


 『まぁアレじゃ、それでも駄目だった場合“獣憑き”は諦めるんじゃな。そこまでいったら才能どころか運もない』


 またハッキリ言っちゃったよこの狐。

 わっはっはと笑う狐に反して、弟の顔は強張っていくのが分かる。

 しかしながら、それもあり得る話なのだ。

 誰しもがそう簡単に力を手に入れられる訳じゃない。

 いくら努力しようと、その努力が実らない事なんてざらにあるだろう。


 『神なんぞ星の数ほど転がっておる、焦る事はない。何度も繰り返し、全てを試し、それでも駄目だった時は……』


 「ダメだった時は?」


 『他のツテを頼って、別の形で関わればよかろう』


 「……と、いいますと?」


 コンちゃんの言葉に、弟は更に首を傾げる。

 今の表情を見る限り、多分他の陰陽師というか……椿の家の様な括りで考えているのだろう。

 だがしかし、コンちゃんが言っているのはそう言う事じゃない。

 こればかりは、私にだってわかる。


 『お前はもう少し自分の頭で考えられんのか? ……はぁ。乳娘、これも我が説明してやらんと駄目か?』


 どこか疲れた様子でジト目を向けてくるコンちゃん。

 いや、うん、なんというかお疲れさまでした。


 「いえ、神降ろし云々の話だけで結構です。まさかそんなにも気軽に出来るモノだとは思っていませんでしたから、私としても新発見でした」


 『馬鹿者、気軽という訳では無いわ。肉体精神共に強く無ければ“神降ろし”の儀式は出来ん。もし儀式が可能だったとしても、“ハズレ”が腐るほど居るという事じゃ。だからこそ気軽には出来ん』


 「ちなみにハズレというのは、“八咫烏”の様な? もしくは“烏天狗”の様なのも来たりするんですか?」


 だとすると、神降ろしとやらも余りお勧めできる手段では無くなってくるのだが……。


 『いや、あぁいう類は我が強いから呼ばれても行かぬだろう。たまに性格の悪いのが悪戯に人に憑いたりもするが……そうではない。言っただろう、神なんぞ腐るほど居る。例えば……やかんの付喪神なんて来たらどうする? お主は受け入れるか?』


 「や、やかん……」


 再び俊に向き直るが、明らかに視線を逸らしたまま固まっている。

 そうだよね、やかんの神様降ろしても仕方ないよね。

 本当に来ちゃった場合、チェンジって出来るのだろうか?


 『まぁそう言う訳だ。修行して認められるまでに時間が掛かり、そして“神降ろし”をしてもすぐに相棒が決まるとは思わん事だ。やかんで戦うなら話は別だがな』


 まあ何が言いたいのかと言えば、すぐに結果が出るモノでは無いから焦るな、と。

 更に言えば、今回私達が関わっている“呪術師”の件には関われない可能性が高いという話な訳だ。

 “八咫烏”が居なくなった以上、その辺りは致し方ないのだろう。


 「その話は分かりました。また“獣憑き”などになるには一朝一夕では難しい、と。でもそれ以外のツテって何ですか!? 東坂縁の件もあるんです、僕は一刻も早く戦える様にならないと!」


 なんて俊が焦った声を上げると、コンちゃんは再びこちらに視線を向けて来た。

 はいはい、後は引き継ぎますよ……。


 「俊、堕落狐も言っていましたが、もう少し自分で考えなさい。“条件は揃っている”、そう言われたでしょう?」


 『誰が堕落狐じゃ』


 私の一言に、弟は再び視線を泳がせながら思考し始めた。

 また周りの顔を伺っている様だが、そこに答えは無いのだ弟よ。


 「人とは本来、身体能力で不可能な事を“道具”を用いて可能にしてきました。貴方は今、誰の家に居るんですか?」


 ここまで言えば流石に分かったのか、ハッと息を飲み込んだ弟。

 やっぱりどこかの誰かさんの影響で、自分が武器を使うっていうイメージが全く湧かなかったんだろうね。

 自分の体にしか頼らないその癖、お姉ちゃんは心配だよ。


 「“神降ろし”、もとい陰陽師になるには時間が掛かる。将来的にそうなりたいというのなら止めはしませんが、現状貴方が求めているのは“今目の前にある障害”に対してのモノでしょう? だったら、相談先は決まったんじゃありませんか? “草加”の家は、今何の家業をしているのでしたっけ?」


 頼った所で、そんな都合の良い品物があるかどうかわからない。

 しかし、すぐに前線に復帰するとなれば……多分コレしかない。

 “異能”もなし、道具も無しで戦うには分の悪い相手なのだ。

 生きた人間を取り押さえる、という意味では今現状でも十分かもしれないが、相手が何もせずに捕まってくれるとは到底思えない。

 そして前回の様に、都合よく神様とやらが居合わせるとも限らないのだ。

 ならば、出来る事はやっておくに限るだろう。


 ――――


 なんやかんや話は終わり、今日の議題はもう残ってない……と思う。

 というか俊君の持ち込んだ情報しか進展は無いので、コレ以上対策を練りようがないというか。

 椿先生は俊君の状態と、“八咫烏”の現状を部員に報告する為にスマホ片手に部屋を出て行ってしまった。

 巡はと言えば「この時間にいきなり電話するのは失礼だ」と言い出して、明日草加先生のお母さんに送るメッセージ作りに必死になっている。

 そして残されたのは、私と目の前に座る俊君。

 何となく、気まずい空気が流れている様な……。


 「あ、あのさっ」


 「え、はい。なんでしょう?」


 気まずいと感じていたのは私だけだったようで、俊君は普通にお茶を啜っていた。

 えっと、アレ?

 まぁいいか、もうさっさと本題に入ってしまおう。


 「お祭りに、その。誘ってくれたじゃない? 皆で行くものだと思って、普通にOKしちゃったけど、さ……」


 気まずい、というか非常に恥ずかしい。

 スマホをポチポチいじっていた筈の巡が、チラチラとこちらに視線向けて来てるし。

 仕方ないじゃん! 俊君と二人で話す機会なんてほとんどないんだから!


 「あぁ、はい。ソレがどうかしました?」


 特にコレと言って反応を見せない俊君。

 あの、もう少しリアクションを貰えませんかね?

 私だけテンパってるんですけど。


 「あの、もしかして二人で行きたいとか……そう言う事なのかなぁって……今日聞いた話だと、皆お祭りの予定立てて無かったみたいで……」


 半ばやけくそになり、アハハーとか間抜けな笑いを洩らしながら彼に向き直れば。


 「あぁ、はいそうですね。合流も考えましたが、最初は二人きりの方が良いかと思いまして」


 「えぇっと、あの……」


 コレは、そういうお誘いだったって事でいいんですかね。

 合コンとかそういうのは、随分と大学で誘われていたが……ここまでドストレートに誘ってくる人は居なかった。

 なので、こういう場合なんて答えればいいのか。

 別に俊君の事は嫌いじゃないから、二人で出かけても抵抗は無いと思う。

 でもそういうお誘いとなると、どうなのだろうか?

 好きか嫌いかで答えるなら、好ましいとは思っている。

 しかし“そういう意味”での好きかと聞かれると、ちょっと経験不足の私には答えが出せないのだ。

 なので、こうも真っすぐに迫られると……正直思考が止まる。


 「あ、あの、さ。それってつまり……デー……」


 「夏美さんには普段からお世話になりっぱなしですからね、こういう時くらいしかお礼が出来ないと思って。なんでも奢りますから、思いっきり楽しんで下さい! 多分皆と一緒だと、一人だけ奢られるのとか遠慮しそうだったんで……ご迷惑でしたか?」


 「……はぁぁ」


 隣からなんか、盛大なため息が聞こえた。

 視線を移せば、もはや興味無いですって顔の巡がスマホをいじっている。

 うん、なんだろう。

 そうだね、やっぱり俊君だったね。


 「あーえっと、御馳走になります?」


 「はいっ! その為にバイトのシフトも多めに入れたので、遠慮せず言ってください!」


 こうしてお祭りの日の予定は、最初俊君と回る事になった。

 まあ、いいか。

 本人も皆と合流する気では居るみたいだし。

 とはいえやはり、これはデートという事になるのだろうか?

 でも本人にはそれっぽい意識も無さそうだしなぁ……。

 更に言えば、色々問題があったけど吹っ切れた俊君に「それじゃデートみたいだから遠慮します」とか言いづらいのも確かだ。

 何とかなるでしょ、多分いつも通りでしょ。

 だって相手は俊君だし。

 異性として見る前に、仲間意識の方がお互い強いだろうし。

 こうなりゃ楽しまなきゃ損というモノだ。


 「それじゃ、お祭りも近いし予定決めちゃおっか!」


 「はいっ!」


 二人して、再び笑顔に戻った。

 そんな私達を見て、若干一名再びため息を溢している奴もいる訳だが。


 「どっちもどっち、ですねぇ……」


 『ほんとにのぉ……』


 何故かコンちゃんも私の中で呆れた声を洩らしているが、今は放っておこう。

 今までの人生、お祭りというものにほとんど参加したことがない。

 過去の私で言えば“怪異”が見える所には近づかなかったし、夜出歩く事になる上、祭りというのは大概色んなモノが集まってくるのだ。

 なので、その習慣が抜けず何となく参加を見送っていたのだが……。


 「浴衣着たいなぁ……縁日の料理っていうのも興味ある」


 「良いと思います、それなら僕も甚平とか着て行った方が良いですかね? 料理に関しては……雰囲気を味わうモノと思って、あまり期待しないように」


 私だってそれなりに、“そういうイベント事”に興味はあるのだ。

 だから今回のお誘いは、私にとっても嬉しい出来事だったりする。

 だったら徹底的に楽しもうではないか。

 なんて、ワイワイとお祭りの予定を立てる私達。

 その隣からは、再び大きなため息が聞こえて来たのであった。


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